第10話 惹かれ合う二人
過去に転移してから、二月が経った。
ミハイルへの恋心を自覚したあの日から、ルナリアは募る想いを何とか抑えて、いつも通りに振る舞っていた。
ミハイルも、相変わらずルナリアのことを色々と気遣ってはくれるが、どこか一線を引いた様子で、それ以上距離を詰めようとはしていないようだった。
「ミハイルさん、甘根草が切れそうなので、納屋から追加を持ってきますね」
薬草棚の前でしゃがみ込んで在庫を確認していたルナリアが、納屋へ行こうと立ち上ったその時。急な目眩に襲われ、ふらりとよろける。
(あ、倒れる──)
体が言うことを聞かず、そのまま倒れるのを覚悟したが、すぐにがっしりとした腕に支えられたのを感じた。
「ミハイルさん、すみません……」
助けてくれたミハイルに感謝を伝えるが、ミハイルの表情は険しい。
「……少し熱が高いな。最近急に寒くなったから、体調を崩したのかもしれない。今日はもう大丈夫だから、部屋で休むといい」
そう言って、ミハイルはそっとルナリアを抱きかかえた。
「ミ、ミハイルさん、一人で歩けます……!」
ルナリアが必死に訴えるが、ミハイルは聞く気がないらしい。そのままルナリアの部屋へと行き、ベッドの上に優しく下ろした。
「すぐに薬を持ってくるから、大人しく休んでいてくれ」
「はい……」
ミハイルに抱きかかえられた恥ずかしさで、熱がさらに上がってしまったような気がした。
それからミハイルは、解熱作用のある薬を持ってきてくれたり、濡らしたタオルでおでこを冷やしてくれたりと、甲斐甲斐しく看病してくれた。
夕食にスープを持ってきて、手ずから飲ませようとしてくれたのは、あまりにも恥ずかしくて困ってしまったけれど。
夜になると、熱も大分落ち着いてきて、ルナリアはベッドの中で
ルナリアは夢を見ていた。過去に飛ばされてから、度々見ていた悪夢だった。
暖かい場所にいたのに、急に誰かに強く腕を掴まれ、冷たく薄暗い場所に引きずり出される。
目の前では歪んだ顔をしたアレスとノーラが自分を見下ろしていて、心無い言葉を投げつけてくるのだ。
私は無実だと訴えたいのに、どんなに叫ぼうとしても声が出せない。辛くて、苦しくて、悔しくて涙が止めどなく流れる。
私は何もしていない!
どうしてこんな目にあわなければならないの!?
誰か助けて!
私を信じて!
「……リア!」
「ルナリア!」
「……ミハイル、さん? どうして……?」
「盥の水を替えようと思って来たら、君がうなされていたから……」
心配そうな顔をしたミハイルは、目を覚ましたルナリアの頬にそっと触れ、涙の跡を指で優しく拭き取った。
「……夢を見ていたんです。無実の罪で断罪されるあの日の夢を」
ミハイルが、黙って頭を撫でてくれる。
「冷たい目をした人達に囲まれて、誰も私の命など気にもかけなくて、恐ろしくて仕方なかった……!」
あの日の絶望、恐怖、怒りが蘇る。熱で弱っているせいか、昂ぶる感情が抑えられず、また涙が溢れてきた。
「誰も私を信じてくれないし、助けてくれないの……!」
幼子のように泣きじゃくるルナリアを、ミハイルは優しく、深く抱きしめた。
「私が信じる。私が君を助ける。君がこれ以上傷つかないように、私が君を守る。……君が、好きなんだ」
「ミハイル、さん…?」
「最初は親切心で、君が元の世界に戻るまで手助けしようと思っていた。でも、理不尽に過去に飛ばされても一生懸命に生きようとする君の姿にいつしか惹かれていた。手放したくないと思ってしまった。こんなことを言っても君を困らせるだけなのに、すまない」
とくとく、と少し速いこの鼓動の音は、どちらのものだろうか。
ルナリアは、ミハイルの背中に両腕を回し、そっと抱きしめた。
「私も、ミハイルさんのことが好きです。離れたくない……」
「……ルナリア、愛している」
ミハイルは、いつの間にか腕の中で眠ってしまったルナリアを、壊れ物を扱うかのように丁寧にベッドに寝かせると、額に優しく口付けた。
窓の外で、秋の虫の声がリーンリーンと響いていた。
◇◇◇◇◇
王宮のとある談話室。向かい合っているのは、金髪紫瞳の
「盗聴防止の魔術をかけています。本音で語り合いませんか、セドリック第二王子殿下」
「それは、公爵家は僕の陣営に付いてくれるということかな? ローウェル公爵家令息であり王宮筆頭魔術師カイン・ローウェル」
「セドリック殿下のお考え次第ですよ」
カインが不敵な笑顔を浮かべ、ローブの中から数枚の書類を取り出した。
「こちらをどうぞ」
「これは……! ──貴殿の望みを聞こうか」
カインはにこりと目を細めると、毅然とした態度で自らの要求を告げた。
「侯爵令嬢ルナリア・ファリスの名誉回復と、過去からの召還を求めます」
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