第9話 ルナリアの願い

 日がだいぶ傾いてきたところで、薬草摘みは終了した。つい夢中になって、予定の時間をすっかり過ぎてしまった。でも、おかげでなかなかの量が採集できた。


 昼間来た道を戻り、家に着いた頃には、辺りはすっかり薄暗くなっていた。


「ミハイルさん、今日は一緒に連れて行ってくださって、ありがとうございました!」


「こちらこそ、今日は手伝ってくれてありがとう。お礼というのもなんだけど、これを君に……」


 ミハイルは、ローブの中から一輪の白い花を取り出して、ルナリアに差し出した。


「これは……月麗花? もしかして、さっきの池で……?」


 白く可憐な花を咲かせる月麗花は、月の魔力を宿して人の願いを叶えるという伝説のある、珍しい花だ。


「君の願いが叶うように。……それと、君によく似合うと思って」


「……!」


 ミハイルからの思いがけない言葉に、ルナリアはどきどきと胸が高鳴るのを感じた。かあっと顔が熱くなって、何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。


 今まで、豪華な花束を数え切れないほど贈られてきたのに、たった一輪の月麗花にこれほど心が震えるのはなぜだろう。こんなにも特別に思えるのはなぜだろう。


「……ありがとう、ございます。お部屋に、飾りますね……」


 やっと絞り出した言葉は小さく途切れ途切れで、幼子のような返事だった。

 見つめ合う二人を、銀色に輝く月が静かに照らしていた。



◇◇◇◇◇



 月明かりの下、窓辺に飾った月麗花を見つめながら、ルナリアはほうっと溜息をつく。


(本当は気付いてる。ミハイルさんへの気持ち……。でも、駄目だわ……)


 ルナリアに芽生えた、ミハイルへの想い。初めての恋心。


 きっと、このままどんどん大きく育ってしまう。でも、認めてはいけない。蓋をしなければならない。


 だって、ルナリアは元の世界に帰るのだから。ミハイルと生きていくことはできないのだから。


(大丈夫。気持ちを押し込めて平静を装うのは、貴族の嗜みでしょう?)


 この想いを表に出してはいけない。叶えようとしてはならない。


 頭では分かっているのに、何故こんなに胸が苦しくなるのだろう。


 白く輝く月麗花をそっと撫でる。


(私の願いは何? 元の世界に戻ること? それとも──)

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