見くびってもらっては困る

 まだテツオ(長男・大4)が保育園の頃、嫁ヨシエが発達生涯ではないかと病院に連れて行ったことがある。その時、医師は何の問診もせず、テツオの顔を見ただけで「病んでいるのはお母さんの方です」と即断したそうだ。

 実はモリタも小学生の時、“このままではいけない!”と思い学校にもやもやしている部分を相談しに行ったことがある。その時も先生は「テツオ君? いい子ですよ。お父さん、気にし過ぎではないですか」と言われた。

 そしてそんなテツオは中学生の時、成人式に開封される自分宛てのタイムカプセルに「規則正しい生活をしてください」 と書き、拡大コピーされたそのB4の紙は現在茶の間の壁にしっかり貼ってある。

 卒論の提出期限を緩く解釈していたため卒業できなかったテツオ。3月に親子3人で膝を突き合わせ、現状とこれからのことを確認した。

 当然だが、内定は取り消し。

 向学心がないくせに大学は卒業したいということで2単位の取得のため就学を半期延長。大学には週2日の登校なのでアパートは解約して自宅から鉄道で通学。半期の学費、住居と自宅での食事は親が提供するが、自身でこしらえた借金とローンの返済、さらに月々の通信費や、定期代、就職活動にかかる経費、そして県外での就職を希望するなら1年後の引っ越し代も今から準備していこう。そのためにも不安定な歩合制のバイトではなく、通学経路上にある職場できっちり時間給で稼ぐことを提案。その上で、最優先事項は大学の卒業と一人の成人として自立に繋がるプロセスを積み上げていくということ。万が一単位が取れなかった場合はその時点で大学を辞めて働いてもらうということで3人は承知した。

 テツオが選んだバイトは通学経路とは逆方向にあるスーパーの倉庫で、夜9時から朝6時までトラックで運び込まれる荷物の整理。寒い4月や雨の日はバイト先までの4キロメートルを可愛い孫のためにモリタの父が車で送り迎えをしてくれる高待遇。さらに通学でも最寄りの駅まで車を出してくれる。それなのに予告した列車に乗れなかったり、乗っても寝過ごして10回の内8回は予定通りにならない。

 別の日には、モリタの父に “9時の列車に乗りたいから8時30分に起こして” と頼みながら起こしに行くと10時に変更、もう1度起こしに行くと11時に変更というありさま。朝7時から夕方まで寝っぱなしという日もあれば、週に3日くらいは友人宅に外泊してあれだけ反対した完全歩合給のバイトをしてくる。

 住居を提供したばかりに醜態を目の当たりにすることになる上、当然、食事も不規則になりヨシエのストレスは増える一方。このように周りをかき回しながらも、実に繋がる計画がないので緩く広げた指の隙間から砂が落ちるように何も掴みきれていない。

 規則正しい生活を大事とするのは、タイムカプセルにも書いたテツオ自身のはず。何度も生活のリズムと働く環境を改めるように説得を試みたが、何に固執しているのか何かに洗脳されているのか改めようとはしない。  

 結果どうなったか・・・・たった2単位をとることができず、それでも大学を卒業するということは諦めきれず、辞めて働くという約束を反故にしてあと半年続けるという。

 それも、どうしても卒業したいなら、普通、「心を入れ替えます。規則正しい生活をします。アルバイトも無理と無駄のない会社に変更します。ですから、今回だけは容赦して下さい」というのが本来の筋ではなかろうか?  

それをあのバカは 

「大学続ける。  だから? それで? 約束? 別にどうでもいいし。 親子の関係なんかもうとっくに崩壊しとるし、 いつでも縁を切ってもらっていいし 」 

とほざきやがった。 ・・・・呆れて・・・・呆れて・・・・情けなくて・・・・。

 そこまで言うなら考えがある。後期の授業料も含め援助は一切しない。その上で借りたお金は滞りなく返済していただく。『銭金(※1  ぜにかね)は他人』 と古典落語も語っている。自分だけでどこまで自身の面倒を見ることができるのか見せてもらおう。

 これだけしくじってもその行動を社会に通用させることができないのがテツオで、就活で内定を取りに行きながらも後期の履修届を提出していないことが発覚。さらにその数週間後、内定式で東京に出かけたらしいが、お金がないので帰れない。貸して欲しいとヨシエに電話してくる。どの口が喋っとる!と断るとヨシエの実家に無心。ということは授業料の調達も追いついていないはず。訊ねると歩合制のアルバイト先から給料の前借をするそう。

 アイロンやエアコンを点けっぱなしにして出かけたことも2度や3度ではない。口酸っぱく注意しても徹底できず、自転車は施錠しなかったことから3回盗まれた。こんなヤツに内定を出した会社って??

 ちょっとした会社なら保証人を要求してくるが家族、身内は断固拒否!お客様から集金したお金をどこに置き忘れるか知れたものじゃないし、火の始末ができるかどうかも怖い。もちろん、アパートの保証人も。そして何が何でも3月には家を追い出す。

 約束が成立しないというのは人間としていかがなものか。そして、このような啖呵を切るということが自身のハードルを上げ、自分で自分の首を絞め、さらには追い込まれた環境を作っていることに気付いているのかいないのか・・・。それとも、もしかして、オレに殴られたい? ガチンコで向き合えと?

「お前なあ、自分で何言うとるかわかっとる?」 

「別にお父さんにわかってもらわんでもいいし。だいたいオレがこんなんになった原因の一部はアンタらの俺への接し方にあると思うし。 今さら謝ってほしいと言うつもりもないけど、一度だって俺を認めてくれたことなんかないやろ。 殴って気が済むならどれだけでも殴れば? もしオレが邪魔なら夜中に刺し殺しにくればいいないか! 自分たちの思うようにならなんだら全部否定。 それってどうよ! そんなら何でオレを作った? ホンマ、こんながなら生まれてこんほうがよっぽどよかったわ。 大体、ウチって絶対変やろ? でも自分たちは絶対間違っとらんと思とるやろ? こんなウチに誰が居りたいこっちゃ!」 

と涙を流しながら積年の憤りをさらけ出しこちらを睨みつけてくる。 

「お前の言いたいことはわかった」 

「何が “わかった” やこっちゃ、全然わかっとらんくせに。大体いつもそう、必ず最後に “でも・・・” いうてオレの言う事なんか全然聞いてくれたことなんかないやろ? 絶対否定するやろ!」

ドラマみたいな展開だが、見くびってもらっては困る。 

「こんな家(親)なら生まれたくなかった」

という台詞は、モリタ自身が何度も抱いていたことだし、世の中の子供という子どもに与えられる定番の試練だ。

「そやな、否定するな・・・。あれだけこの半年で取ろうというとった単位が取れなかったのも、自転車に鍵をかける習慣が身につかないのも、JRに乗ることができなくてその度に爺ちゃんに迷惑かけるのも、全部、オレ達が口酸っぱく言い過ぎたからできんゆうことか? 逆にどんな風に接したら良かったが? 理想的な父ちゃん教えてくれ。ヤマトの父ちゃんか? それともケイスケ君のお父さんか?」 

「そんなもん、知るか!」

「そうやろ・・・。オレもわからんわ。間違いのない子育てをできる人間がおったら教えてほしいわ。繰り返すけどオレもヨシエも間違っていることを承知の上でテツオに接したことなんかないわ。ただ、未熟やから結果として間違っとったこともあるかもしれん。それに対して、もしお前が “謝れ” というなら、そうゆうテツオはどれだけ完璧な人間よ? オレのことなんかどう思おうといいがいちゃ。好き嫌いは勿論、尊敬してほしいとも認めてほしいとも思ったことなんかないわ。軽蔑も結構。オレをみて、“こんな人間にだけはなるまい”、と思うなら反面教師として立派な子育てしとることになるがでないが? 超えていけばいいだけやないか。 なんでお前を作ったかって? そんなもん、生き物の自然な刷り込みに決まっとるないか」 

「はあ? 何それ!そんなもん全然答えになっとらんやろ」 

「そうか? 魚なんか1年後に数千匹とか数万匹に1匹しか生き残れなくても子孫を残す営みがあるやろ。それこそ人間に比べたら桁違いに厳しい環境ながに、『生まれてきても子供が可哀想やからオレ作らんわ』 いうて喋っとるが聞いたことない。たまたま人間はいろんな知識を手に入れて、さらに余計な情報まで仕入れて、生む権利とか、作らない自由とか言うとるけど、本来そんなことを口に出す方が歪やと思わん? 自然に逆らうことになるがでないが? お前がオレを忌み嫌っとるように、ここまでだらしないテツオが近くにおるだけでオレらは不快とストレスで押しつぶされそうになるけど、でも、今のところ “作らんにゃよかった” とは思わんな、オウム※2  ISみ※3  たいな領域に行かん限りは。 もし、どうしてもオレのことが許せんゆうがやったら、他の人に聞いてみい! インターネットの掲示板でも知恵袋でも『ボクのお父さんはこれこれこんな酷いことをボクにしてきました。だからボクは大学の単位を取ることができませんでした。こんなお父さんをやっつけるにはどうしたらいいですか?』 いうて書き込んでみい」 

「なんでオレがそんなことをせんなん?そっちこそ『こんなおかしな子供に育ってしまいました。どうしたらいいですか?』いうて書き込めばいいないか」 

「アホか!なんでそんな恥をわざわざ娑婆にさらさんなん? わけわからんわ!!」

 世の中には生まれつき将来に制限がある方々がおられる。

 例えば、自営業者、あるいはお寺や神社の家系。中には跡を継がない方もいらっしゃるだろうが、それでもその重荷は私達と比べ物にならないくらい大きいと思われる。太宰府※4  天満宮に生まれたからには受験で失敗するわけにはいかない。また、出雲大社に生まれれば結婚しない自由はないはず。さらに申し上げれば、天皇家にお生まれになった方々の背負っておられるものを想像してみよ!

 あの秋篠宮殿下が小さいころどんな悪戯をされたのかわからないが、陛下が※5  池に投げ入れたことがあるとか。

 チャラいパーマをかけ、ピアスが7つ、それだけでもアホ丸出しなのに、その口が「オレのことをもっとわかって欲しい」と喋ること自体、分をを知れ!

 対話と※6  圧力。どこかで聞いたフレーズがだが、スケールの違いはあれ、着地点を作るということはこんなにも難しい。

 蛙の子は蛙、親の浅学非才は百も承知。その上でモリタとヨシエがテツオに期待するのはあくまで自立。 それが独立、さらには孤立になろうとしている。 

 普通に 、本当に普通でいいが。 身の丈に合った仕事と生活の基盤を作ってほしい。 なんでそれがわからんが?  

 この歪みは生まれつきの屑かそれとも病気? どうして医者も学校の先生も見抜けなんだがかね?


                                2017年11月


※1 『銭金(ぜにかね)は他人』

モリタがこのことわざを知ったのは立川談志師匠の落語、『文七元結』より


※2 オウム

オウム真理教

麻原彰晃を教祖とするかつて存在した日本の新宗教団体。無差別テロや洗脳などをやってのけ、とても危険な体質を持っていた。


※3 IS

過激派組織IS=イスラミック・ステート。自ら信じるイスラム理想社会の実現のために、戦闘、殺人、テロ、誘拐などの犯罪をいとわない武装組織。


※4 太宰府天満宮に生まれたからには受験で失敗するわけにはいかない。

さだまさしのコンサートトークで聞いた。宮司さん自身がさだまさしに行った言葉のようだ。


※5 陛下

ここでいう陛下は平成天皇のこと


※6 対話と圧力

このころは、拉致問題を巡る北朝鮮への対応でよく使われていた。


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嫁 ヨシエ (オリジナル地元言葉 バージョン) 森田 仁九郎 (もりた じんくろう) @jinkuro

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