テツオのインターン

 月日の経つのははやいもので、すったもんだの進学をしたのがついこの間のように感じる長男テツオがもう3年。そろそろと就職に向けて動き出した。7月には東京のベンチャー系の会社説明会、8月には関西の学生団体のインターンに行ってそれなりの刺激を受けてきたようだ。一方、親の方はその都度交通費をたかられ、また、初めて聞く会社やその組織がどんなところなのか、こっそりしっかりネットで調べるというスケールの小さい構図。自立した人間に育てることが親の役割の一つとすれば、就職先に関しては、もう口を出すつもりはない、・・・・つもりはないが、言いたいことはある。

 東京の会社説明会では無人島でのインターンに参加するための選考会がありその2次審査まで進んだ。周りはいわゆる一流大学の学生ばかりで自己紹介になれば「一応、慶応です」とか「一応、お茶の水です」と、なぜか“一応”を付けるのが謙遜のポーズ兼自己アピールらしく、テツオみたいな“一応”を付け足すことがはばかられる地方の四流大学の学生はいなかったらしい。そしてそのキャリアも「アルバイトをしていた○○(外資系有名コーヒーショップ)で混雑解消につながる自分の提案が採用され全国の店舗のマニュアルに掲載されました」とか「学生団体に所属してベトナムで6週間のインターンシップを履修してきました」とか、ど田舎のカラオケ屋でレトルトの唐揚げや毒々しいカクテルを作れるようになった、と言うのとは次元が違う。

 また、新聞紙タワーと言って、新聞紙4枚を使ってチーム(4人)対抗、高いタワーを建てることを競う(大手の入社試験の定番で協調性、積極性、創造力が観察される)選抜では同じチームの一流大学の2人の学生が熱くしつこく自分の意見を主張し、テツオは横でただセロテープを持ってウロウロするしかなかったらしい。

 ベンチャーだからなのか、東京だからなのか、この“オレが・オレが”という人種が意外と多いことを目の当たりにして就職は絶対都会に進出、という考えが少し萎えた気配。 

 京都でのインターンは学生団体による携帯電話の契約セールス。他社からの乗り換えや、現在の契約をより便利な(高い)ものに更新してもらうどぶ板営業で“将来のビジネスリーダーとして活躍できる人材”(ホームページより)に育つことが求められる。めずらしく、セールスで契約を取るために大事なことは?と聞いてきた(こんな風に頼られるのは初めて!嬉しい!)ので本棚から【史上最※1  強のセールス―「日本一売る男」が明かす奇跡のテクニック&ノウハウ】を貸してやった。

 テツオの大学からは6人が参加、事前にロールプレイング(セールストークの疑似体験・話法の練習)を暗記させられ、それを動画で先方に送りチェックされ、京都に着くと挨拶が済み次第ロールプレイング、さらに夜にはチームリーダーが訪ねてきて、「できるまで!」というエンドレスのロールプレイングが深夜2時まで。這う這うの体でたどり着いた団体が提供してくれた事務所兼用マンション(宿泊先)は。行ってみると布団はない、ガスは契約してない、お湯は出ないという都会の中の難民キャンプ(4日目ぐらいから少し改善されたらしい)。翌朝は5時30分起床なので意志の弱い男5人(6人の内1名は女子)は徹夜をすることにする。

 2日目は先輩と同行セールス。目星を付けたマンション、アパートのインターホンを片っ端から塗りつぶしていく。さらにオートロックがないアパートは返事がなくても電力メーターが回っていて新聞受けに手を突っ込み冷房がついていることが確認できれば「すいませーん、いらっしゃいますよねぇ。ちょっとお話ししたいことがあるんですが~」と言って居留守も使わせない徹底ぶり。その後先輩が外れ、一人で回ることになると、朝9時と夜21時には決められた場所からスマホで出勤証拠を伝え、1日400軒を訪問、それを10日間続け、富山から出陣した学生は3人になっていた。

 そして、約4000件訪問して取れた契約が、何と!・・・・・・・・・0件。それでもテツオはどちらも富山にいるだけでは決して出会えない人や体験だったと少し興奮気味に話す。

 9月上旬、初めて親子3人で居酒屋に入る。この夏の労いと今更ながらの成人を祝って・・・・・と言うのは建前でテツオから就活の状況と手応えが聞きたくてたまらない嫁ヨシエ。そこで聞き出したのが、先に書いた様子。事前に

「たぶん、話を聞いているうちに突っ込みたくなることもあるやろうけど我慢せんにゃ。そうせんと、その先なんも喋ってくれんぞ」

と念を押していたので何とかこれだけのことを聞くことができた。さあ、ヨシエの迎撃が始まる。

「うん、わかったけどその先に何があるが? 凄い人に出会ったりや沢山の汗をかいたがは分る。でも、それだけ刺激受けたがなら、その後の生活態度に変化があるはずやよね? このままではダメや!と思ったら、本や新聞を読むとか、ボランティアに参加するとか、アルバイト先を変えるとか、資格とるとか、自分を高める課題を書き出して実行せんにゃただ行ってきただけやないけ。はい頑張りました、でもそのあとガハハ、オホホいうて周りに流されるように夏休みの間適当にバイトしながら眠たいだけ寝て遊びたいだけ遊んどったら前となん変わらん。その辺がアンタ相変わらず自分に甘いがいちゃ! 単位も卒業できるギリギリをとればいいってもんでないやろ?資格を取るための授業とか外部講習とか他にせんなんことあるがでない?もっと本読まれ!新聞に目え通され!勉強しられ!」 

「はぁ~○○のじいちゃん(ヨシエの実家)とおんなじ・・・・・俺の顔を見るたびに二言目には本読め、新聞読め。本っ当に○○家の血ぃやわ」

「何け!お母さんなんか間違ごとること言うとるけ! めんどくさいことを後回しにしたりわざとスルーするがは卑怯でないけ。だいたいアンタ小さい時からその辺ズルいがいちゃ。そのくせお母さん何か言うたら“わかっとる、ウザイ” しか言わんないけ!」 

「まあまあ、そんな一方的に言うてもしゃーないやないか。でもテツオ、学生団体の人も言うとったがいろ?携帯のセールスだけやっとったらいいというもんでもない、その一方で、社会に通用する専門知識や基礎学力は独自に習得せえ、と。人に選ばれる人間、わかりやすく言えば企業が本当に欲しがる即戦力になる人間いうたら、そんなに簡単にすぐになれるもんでないよ。昔流行った “面接の達人” いう本を読めば何とかなるもんでもないし、面接官にはそのあたり全部見抜かれるいうて大学の先輩も言うとったがいろ?もしオレが面接官やったら時事ネタから質問して政治・経済・外交・文化とか、どれだけついてこれるかまず最初にチェック入れるわ。薄っぺらい奴はそこでもうオロオロにしてやって、その後の質問も真っ白になって一巻の終わり。面接時間も短縮できるし。いわゆる良い会社ほどその選抜が厳しいとすれば、やっぱり本や新聞読んだりして世の中の仕組みや流れを知っとった方が有利やし、それにプラスしてテツオがインターンで経験したような現場力とか、それこそ毎日のトイレや部屋の掃除、早寝早起きでもいいから自分を律する姿勢があれば自然とにじみ出る自信や可能性が伝わるがでない?そのあたり、よう考えてみんか?」 

「うん。わかった。・・・ほら、こんな風に言うてくれればオレも素直に聞けるがいちゃ。お母さんとか○○のじいちゃんとか、ただ、ギャーって同じことを繰り返すだけやないけ」

「ハァーーっ?!!!! なんけ、それ!アホらして聞いとられんわ!だいたいアンタ、京都で汗かいたスーツをクリーニングに出したいがいけど仕事終わった時間には店が開いとらんとか近くにないとか言うとったがどうなったが? えっ? 帰ってきてからもまだ出してない? クリーニング一つ出せんもんが、何が就職やこっちゃ!そんな要領やから4000件も回って1件も契約取れんがやないけ。お母さんやったらそんなロールプレイングなんかせんでも知恵絞って自分なりの方法編み出して絶対契約取っとるわ! それにこないだも・・・・・・・#‘#%Q’&’’!”#$x~¥%$!z&’’&L#・・・・・・」

 弓がたわむように我慢してタメてタメていた分だけその勢いは止まらない。同時にそれぞれの飲酒も加速、決して高くない庶民的な店なのに会計が3人で19,400円! 帰りの電車の中、

「・・・・ほんま、テツオ なぁ~ん変わっとらん! だいたいアンタもアンタやちゃ、何を回りくどい例え話語っとるが! そんなもんアイツに聞かしてもフンフン言うとるがその時だけやないけ! なん変わるこっちゃ! ほんまっ、聞いとってダヨーなるわ!」

・・・・・はい、おっしゃる通り。まだ知るわけもないが、テツオ、自分も含め後輩や部下を指導するのにいちいち丁寧な動機づけをしてくれる人間やそれが風土となっている会社なんてまず無いと思った方がいいよ。すぐやれ、とにかくやれ、できるまでやれ、言い訳するな!が当たり前。そんな社会に突入していくのなら、ヨシエのような頭ごなしを自分の動機付けに変換する能力が必要だし、それを手に入れるためにも自助努力が当たり前という価値観が必要。

 その後のテツオは相変わらず “適当にバイトしながら眠たいだけ寝て遊びたいだけ遊ぶ” 夏休み。京都に出発する前に貸した本も結局読んでないという。         

 ヨシエは間違ったことは言ってない。       

 正しかったのはヨシエ。


                                 2015年9月


※1 【史上最強のセールス―「日本一売る男」が明かす奇跡のテクニック&ノウハウ】

伊藤光雄著  こう書房

モリタが若い時、仕事で行き詰った時購入。

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