加齢なる日々

 7月6日(月)、2週間ぶりの休みを取ることを、前日、嫁ヨシエに話したら、

「えっ?アンタ、展示会やから追い込みかける、って言うとらんだ?」 

「うん、でも、展示会は7月20日までのロングランやから」 

「それで?」 

「いや、2週間ぶりに休もうかな、と・・・」 

「楽な会社やね~。ホントに大丈夫ながけ? 休みなんか取っとってピアノ“よそ”に取られることないが? 追い込みかける言うとってもその程度け」

・・・と言われても、会社以外にも片づけなければならない仕事はある。家が兼業農家なので、田んぼの除草がたまっている。除草剤の散布には最低2日間、雨が降らないことが条件。天気予報からみても、この日しかない。朝食を食べ終わるなり向かったが想定外のところに厄介な草が生えていることが発覚、放っておけば8月の炎天下、毎日田んぼに這いつくばることになる。急遽、昼ご飯を返上して対象を拡大、終わったのが15時。あちゃー! 晩ご飯の買い物に行かなければ。

 1週間ほど前、図書館から借りてきた本を読み終えたヨシエから

「アンタ、これ読まれ。熟読しられ。悟られ。アンタやお義父さんに必要なことが全部書いてあるわ」

と押し付けられたのが“加齢なる日々”~定年おじさんの放課後~小川有里著。まえがきには、「オジサンは健康で時間もたっぷりあります。これからは自分のことは自分でやってください。家事も分担しましょう。どれとどれを担当しますか?(略)妻に逆らわないこと。妻の機嫌を損ねないこと。妻に頼まれたことに『ノー』と言わないこと。それがお家安泰、ちゃんとした食事にありつけること、つまり男の老後安泰のコツ(略)まだ悟りを開いてない放課後のおじさんたち。なるべく早く夫婦関係の軌道修正につとめてくださいますように」とある。

 十分承知している。だからこそ3年前には、毎朝の玄関とトイレ掃除を自主的に始めた。平日に休む時も、特別の予定がなければ晩ご飯のおかずはできる限り作るようにしている。それでもヨシエの期待には全然応えることができていないらしい。

 今回は献立も昨晩のうちにお伺いをたててある。

「ハンバーグでもいいけ? それともカレーにしようかな。ベーコンある? 水菜とベーコンとシメジのサラダでも作ろうかな」

「ベーコンは使いさしがチルドに入っとる。カレーならじゃがいもと玉ねぎは納屋にあるから。こんにゃく、あさって賞味期限が2枚。でも、献立考える前に、まず、畑を回って何と何があるか見んにゃ!ウチにあるもんで作るが。何でも買えばいいってもんでないが! きゅうり! なすび! パセリ! どんどん使わんなんが! わかる?」

「・・・はい・・・」

有名なレシピサイトから選んだのは

「オイマヨかつおのピリ辛コンニャク炒め」 

「鶏むね肉ときゅうりのさっぱり梅肉和え」 

「なすとベーコンのさっぱり蒸し」 

「砂肝のネギ塩焼き」 

「なすとツナのピリ辛みそ炒め」 

そうだ、ちょっと献立に無理があるかもしれないが、こないだ買った辛口の白ワインも冷やしておこう! スーパーでの買い物は砂肝と鶏むね肉だけでおさまりそう。

 正直言って、モリタの調理は遅い。ヨシエなら30分でできることが2時間くらいかかる。最後の1品を作っているところに、仕事の後、スポーツクラブで汗をかき、おなかをすかしてヨシエが帰ってきた。

「まだけ! 今日1日何しとったが!」 

「いや、もっと早く仕上がるはずやったがいけど、田んぼの除草に思ったより時間がかかって・・・。これでも、昼食べんと頑張ったがいけど・・・」 

「おるよね。昼抜くことで仕事した気になる人って。どっちかというと、自分に酔うタイプ。本当は段取り悪いだけながに・・・。・・・なぁ~ん、アンタのことでないちゃ。世の中にはそんな人がおる、いう話やないけ」

と言いながら、フライパンとか洗い物を手伝ってくれた・・・刹那、

「なんけ!このツナ缶ふたつ!」 

「いや、なすとツナのピリ辛に・・・・・レシピにツナ缶ふたつって書いてあったから・・・」 

「はぁ~? バッカじゃないが! アンタ! ツナ缶、今いくらするか知っとるがけ! 最近全然安売りしとらんがいよ!アタシなんかもったいなくて1缶を2回に分けて使っとるくらいながに、・・・・それを、・・・それを、2缶もいっぺんに!・・・はぁ~~だから言うとるやろ、料理はレシピ通りに作るもんでないって!ホントに何万回言えばわかるがかねぇ!」

 ・・・・・・やってしまった。

 でも、今日の献立は結構いける。特に砂肝が居酒屋メニューで好評。逆鱗に触れた、なすとツナのピリ辛も悪くないと思う・・・・・・どうけ? 

「はぁ~、無駄にうまいし、・・・。アタシやったらツナ缶一つでこれより美味しいモン作れるわ!・・・・・・・・・・ダメ・・・・どんなに美味くても悔しくて涙がでてくる・・・・」

目頭を押さえ、太い溜息・・・そしてワインをあおる。

 ビール、ワインが空き、焼酎も少々。なんだかんだと言いながら出来上がってきたヨシエが先に風呂に入る。のんびり録画してあったテレビを観ていると、ヨシエが戻る~そのダラダラ感が気に障ったか、

「アンタ風呂最後やからね。洗濯物はネットに入れてタイマー! 上がるときはバブル洗浄して窓開けてきて! それくらい毎日言われんでもやってね! ホントは私がしてもいいがいけど、こんなことでも言わんにゃアンタら全然歩み寄ってくれんないけ。もしアタシがおらんようになったらどーするが。この家ゴミ屋敷やよ。だいたい風呂の掃除も私がせんなんいう決まりはどこにもないがいよ。アンタら当たり前に思とるやろ!」 

 我が家の勢力図が変わる瞬間がある。突然の口永良※1  部島での噴火のように、世界や日本を揺るがすわけではないが当事者にとってみれば、警戒レベル5 全島民避難! この日を境に風呂掃除は阿吽の呼吸でモリタがすることになる。

・・・・・・・何がいけなかったのか?・・・・ヨシエに引き金を引かせてしまった要因を考えることは、紛争、戦争のない世界を考えることに通じる。・・・・・・テレビを見ているときのマヌケ面がむかつく、口当たりの良すぎるワイン、ツナ缶を2缶使ってしまったから? いや、その前に、おなかをすかして帰ってきた時に料理が仕上がっていればこんなことには・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

違う・・・・休むんじゃなかった・・・・・・・・・7月20日までは会社に出続けよう・・・・・。


                                 2015年7月


※1 突然の口永良部島

(くちのえらぶじま)

2015年(5月29日 - 新岳で爆発的噴火。噴煙高さ9000m以上。火砕流が海岸まで到達、噴火警戒レベル5。

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