カズヤの大学受験

 “竹原ピ※1  ストル”という物騒な名前のミュージシャンがいる。カズヤ(次男・高3)が興味を持ち、2度ほど嫁ヨシエを運転手にしてライヴに行ったところ、ミイラ取りではないがヨシエも気に入り昨年11月のライヴはカズヤが「行かん」と言っても一人で行き、挙句、母親らしいというか、あれだけいつも邪険にされているのに、アーティストグッズとCDを買い、さらに、持ち込んだのか色紙にサインまでもらってきてカズヤに渡していた。珍しく柄にもなくその時カズヤは喜んでいたようだ。

 秋が深まる頃から少しは受験モードにエンジンがかかったのかな?と感じるがあくまで気配だけで“鶴の恩返し”よろしく襖の向こうで何をしているのかはわからない。年末年始も全く家族と顔を合わせず、ある日はファンヒーターの灯油カートリッジに給油している間も本を手放さないでいるかと思えば、別の日は少し開いている襖の向こうであおむけになりiPodをいじっていたり。また、帰省した弟と茶の間でテレビを見ながら話をしていると、その話声が煩かったのか何も言わず家を出て納屋に明かりがついたり。

 出願日が近づき、さすがにこれ以上は放置できなくなった頃、ヨシエが郵貯のカードを渡し、これで受験料・交通宿泊費に充当するように言い渡す。

 2月、大本命の3つの学部を受験する6連泊をヨシエが確認すると、何と新宿のカプセルホテルで予約していることが発覚。慌てて今からでも確保できるビジネスホテルをプリントアウトして提案したが

「うっせー!」「何を今さら!」

と言って聞く耳をもたず会話にもならず、とにかく置いていくから考え直せと渡した紙を目の前でクチャクチャにしてゴミ箱に捨てやがった。入れ替わりでヨシエが説得に行ったがそれでもらちがあかず、翌朝、ホントにどうしようもない、と愚痴っていたら、一晩で何があったのか、ヨシエに

「どこでもいいから普通のホテルで予約お願い」と言ってきた。・・・ほっ・・・。

 カズヤが6泊の受験に出かけ、初めて気が付いたことがある。食事の時それを切り出したらヨシエも同じことを考えていた。・・・万が一家族に何かあってもカズヤには知らせない・・・おそらく諸先輩方、あるいは比較にはならないかもしれないが、ワールドカップ・オリンピックに送り出す家族も同じ事を考えていらしたのでは。家族で意見が一致したことで迷いがなくなった。

 スキーに行くときはヨシエ※2  の車を借りる。流れているCDはいつも11月に買った竹原ピストル。しかし2月に入ってからは様子が違う。

♪ほんとは覚えてるだろ? ド派手に真っ向から立ち向かって、しかし、ド派手に真っ向からブッ倒されて。歪んで霞んで欠けた視界の先にあるそれこそが、正真正銘、挑み続けるべき明日だってことを。さあ、もう一度立ち上がろうぜ。ダウンからカウント1・2・3・4・5・6・7・8・9までは神様の類に問答無用で数えられてしまうものかもしれない。だけど、カウント10だけは自分の諦めが数えるものだ。ぼくはどんなに打ちのめされようとも絶対にカウント10を数えない。 カウント1・2・3・4・5・6・7・8・9どんなに打ちのめされようとも、絶対にカウント10を数えるな♪ 

竹原ピストル「カウント10」がずっとリピートされている。そう、11月、色紙にサインしてもらった時のメッセージが『カウント10を数えるな』。

 色紙はカズヤ宛てのものだが、今では自分の応援歌。車での移動中はそれをかけ続けて自身を奮い立たせ、決して弱みを見せまいとしているギリギリのヨシエがそこにいる。

 第一志望合否発表の日は仕事が休み。揺れてはいけないと平静を装いモリタはぐずついた天気だったがスキーに行く。車を借りると今度は同じCDから「東京一年生」という曲がリピート。信じよう、必然を手繰り寄せようとする最後のもがきとあがき。思わず、カズヤよりヨシエのために合格してほしいと祈る。が、受験は祈りで左右されるものではないし、ただひたすら当日の結果に公平なもの。その上で「そこまで試練を与えるのか」という事例はこれでもかというくらい古今東西に溢れている。

 リフト1本滑った後、発表の9時30分に合わせ電波状態の良い山麓のベンチに腰掛ける。9時37分ヨシエから着信。 

「・・・カズヤ・・・カズヤ・・・メイジ受かった・・・」 

 グズグズになりながらかけてきたヨシエはしゃくりあげながらかけてきたカズヤからの電話で合格を知った。

 この一年、親の提供するものは住居と授業料以外は受け付けず、でもモリタの父からはお金を借りまくり、受験校は相談も打診もせず自分勝手に決め、先生から提案されたスベリ止めは蹴り、好き勝手意地を張り続けて自ら作ってしまった絶体絶命の崖っぷち。

 一方、普通の母親らしい接点をことごとく拒否され、ずっと模試の結果も、また今回の受験番号も知らされず、それでも今は静観した方が良いと自分に言い聞かせながら募りに募った不満と不安。二人がそれらを凌ぐことができたのは、たった今現実となった、この昇華する一瞬をどうしても手に入れたかったから。 明治大学文学部文学科演劇学専攻合格。カズヤ、ヨシエ、頑張ったね、我慢したね、良かったね。。。

 そうそう、そして周りの人たちの支援を忘れてはならない。

 親子間の軋轢から生じるフラストレーションのはけ口は同居している父とたまに帰って来るモリタの弟が受け皿になってくれた。普段はどうしようもない父だが特にこの一年は居てくれるだけで本当に助かった。

 また、高校入学と同時に入った社会人劇団の団長は、今度私からこんな話をしてもいいですかと事前にわざわざ電話をかけてきて下さった上で “アルバイトをしながら劇団でチャンスをものにしようと考えている人間が東京には掃いて捨てるほどいる。もしそれを目指すなら大学で勉強した方がいい”と、親の世話になることが最大の屈辱と思っているカズヤを諭してくださった。おそらくリングに上がる覚悟を決めたのはその頃だ。

 そして中3の冬に死んでしまった飼っていた猫。モリタは反対したが父が家の敷地内に墓標を立て、以来3年間毎朝そこに立ち寄ってから自転車にまたがる。雪の朝、墓標の上に積もった雪を払ってから手を合わせる光景を偶然見てしまった。カズヤの心の奥を知り、そして自分以外の誰かに合格を誓ったとしたら、唯一この土の中に居る猫しか考えられない・・・・感謝。 

 余韻を感じながらゲレンデに戻ると山の向こうの雲が流れ、わずかな隙間から空の青が濃くなる兆しを見せていた。


 2月末、家族3人でカズヤのアパートを決めに行く。自分のこだわりとかあるだろうと物件の絞り込みを任せていたら、

「オレそんなもん分かるわけないないか!予算とかあるやろうし、そっちの方が経験値あるがやから良いと思う物件をオレに見せてオレが選べばいいがやろ!オレに喋らせるな!」

と言い出す始末。すったもんだがあって何とか決まった後、今度は家具・寝具を見に行く。ヨシエが提案しても

「別にぃー」「好きにすれば?」「どっちでもいいっつっとるやろ!」と悪態三昧。思わず「そんな言い方しかできんがなら大学なんか行かんでもいい!」と言いそうになる。・・・・・・はぁー・・・・・・神様、どうしてこんヤツを合格させたのですか?・・・・・・・。 

 カズヤには春が来たがモリタ家の雪解けはまだまだ先のよう。


                                 2015年3月


※1 竹原ピストル

ミュージシャン・俳優

高校・大学時代はボクシング部に所属。2017年には第68回NHK紅白歌合戦に出演。


※2 ヨシエの車

トヨタ ハイエースワゴン平成8年式

モリタが気に入り、中古で平成18年に購入、いまだに乗用車としてヨシエの足となっている。広い車内はたくさんの荷物を積んだり、シートを倒して寝ることができたり。特に長距離運転やスキーに行くときに重宝。


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