楓佳、15歳。

ありんこ

第1話 あ、スローの力。

俺の名前は楓佳。フウカって読む。男にしては随分珍しい名前かな。ただの中学三年生。だったのに。




PM20:00

彼は今都会を歩いている。カバンを持ち疲れたような顔をしている、恐らく仕事から帰るサラリーマンや、カバンにクルクル巻いたポスターを刺していて、メガネを付けているチェック柄のいかにもオタクのような人。楽しそうに話をしながら厚底ブーツで慣れたように道を歩くギャル。沢山の人で溢れてる。


サラリーマン、どんな経緯で奥さんと付き合って、どこで子供を作ったのか。あるいは作るのか。

オタク、学校では嫌われているのだろうか。推しと出会ったのはいつだろうか。

ギャル、楽しそうに話をしているが、もしかしたら嫌いな人の陰口なのか。


楓佳は都会に散歩に来ていた。色んな事が辛くて逃げていた。むせかえるほど人で溢れかえるこの都会は、楓佳の悩みをどうでもよくさせてくれるようなスポットだった。

楓佳は途中で裏路地に吸い込まれるように入っていった。

ざわめきは一気に消え、換気扇の虚しい音が鳴り響く。

都会というものは、人が多くて、綺麗なビルが並んでいる反面、裏路地のように、どろどろとしていて、暗く、少し怖い一面を持っている。


人間のようにな。


裏路地は向こうが見えない。いや、見ようとしてないだけで実際ある。

手入れがされてなく使い古された蛍光灯が道を照らしていて、狭い路地裏には水道管がむき出しになってたり、ゴミ袋が散乱している。


楓佳がそんな様子で歩いていると。

数メートル先の曲がり角からいかにもヤンキーな奴らが歩いてきた。

首にジャラジャラのネックレスを付けたモヒカン、けたたましい色のTシャツを着たオールバック。スケボー片手に持っているニット帽の坊主。3人組だ。

その3人は曲がる時こちらに気づいてしまった。

「お、兄ちゃん、1人?」

楓佳は怖くて何も声が出なかった。逃げようとすれば間に合っただろうに...


「何?1人なの?」

気持ち悪い声でスケボウズが言い放つ。


「あーちょっとこっち来いよ。」

今度はジャラジャラがポッケに片手を突っ込みながらもう片方のてで後ろを指さした。


事前に練習したかのように妙に息が揃ってるヤンキーだなと楓佳は思った。

同時にどうしようもなく怖い時はくだらない事が思いつくのだろうと思った。

楓佳は逃げよう逃げようと考えていても体が一切動かないまま、ヤンキーについて行ってしまった。

ヤンキー共は3人で楓佳を囲んだ。

「俺らさ、さっきキャバクラで女持ち帰れなくてイライラしてんだよね。」

ジャラジャラが言う。


何となく死を悟った。


「だからお前で鬱憤晴らさせて貰うんだわ」

オールバックがジャラジャラの言ってた理由をどうもご丁寧に説明してくれる。


セリフが尽きたスケボウズが楓佳の腹をぶん殴った。痛い。恐怖のせいで相乗効果がかかって痛さ2倍のお得なサービス付き。冗談じゃない。

楓佳は痛みでうずくまった。ヤンキーどもの「うぇーい笑」みたいな声が聞こえる。どうして俺はこんな目に会うんだ。親には怒られるし、道でコケるし、静電気をめちゃくちゃ食らう。

スケボウズが髪を掴んで俺の事を無理やり立たせてもう1発顔面を殴ろうとして、ああ、また痛い思いするのか。と思った時だった。

スケボウズのパンチが明らか様に遅い。駐車する時の車ぐらいのスピードになっている。

楓佳は一瞬ジョルノのGEみたいに、感覚が暴走しておかしくなったのかと思った。そりゃそうだ。こんな事現実で起こるはずがない。

だが、パンチがゆっくりなので考える時間はいくらでもあった。


あ、これはもしかして、「走馬灯」って奴か。だからこんなにスローに見えるんだな。まあ、死にたくないから避けるんだけど。


楓佳はパンチを避けて、スケボウズの横に立った。

必死そうな顔して壁を殴ろうとしている姿は実に滑稽であった。


スケボウズの拳が壁をぶん殴った。拳が壁に当たり、鈍い音が遅れて聞こえた。

「(音が遅れて聞こえるって事は...まさかこの力本物...!!!!)」


楓佳はたった今、自分だけ遅くなった時の中で動ける力を身に付けたことを確信した。

「(動け...!)」

楓佳は心の中で強く念じると、スケボウズの叫び声が聞こえた。

「いってええええ!!!!!」

「お、おい、こいつやべぇよ!逃げるぞ!!」

「覚えてろ!!!」

相変わらず息のあったコンビネーション。コントでもやればいいのにと思った。

覚えてろなんて言う人本当に居るんだな。とも思った。

楓佳はこの力を確認するために、そこら辺にあったゴミ袋を掴んで、上に思いっきり放り投げた。

「(止まれ...!じゃなくて、遅くなれ...!)」

ゴミ袋が超ゆっくりで落ちてきた。そしてスロー動画でも見たかのように音が遅れて聞こえた。

「こ、これで俺は無敵、無敵じゃあ!!!!」

楓佳ははしゃぎながら、堂々と胸を張って帰路についた。

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楓佳、15歳。 ありんこ @ariarideruchi

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