第56話 本当の俺

──改造・修正


「少しくらいは痛みが欲しいな……」俺は攻撃された箇所を見て嘆く。


 ユイナの攻撃は、俺自身が認識しない限り痛みを伴わない。彼女の洗練された剣技には、俺の体が傷ついたことに反応できないのだ。


 この作用が厄介。ユイナの攻撃後、いちいち傷を確認するという工程を挟まねばならんのです。


「ここも、ここも……。なんで気付けないかなぁ?」


まただ、いつの間にか出血している。


──改造・修正


 俺は切られた指や腹部を繋ぎ止める。繋ぎ止めるだけ、回復ではない。改造とヒールとの決定的な違いはこの点で、改造は応急処置にしか使えない。


「苦戦してますねー。そんなアストさんを見てると、私、ゾクゾクしちゃいます……。あははっ!!」無邪気に笑うユイナ。


 彼女、降りしきる刃には未だに当たらず、それでいて斬撃を何度も繰り出す。攻撃の軌道は見えず、彼女の刀身はいつも静止している。

 

 攻撃学の始祖は、やはり戦闘センスがずば抜けているのだ。ジャンゴやエレナの比にならない。


しかしこの女、いかにして倒すべきか……。


──黒点・壱


下手な魔法も百打ちゃ当たる。


 とにかく今は闇雲にでも攻撃し続けるんだ。そして、ユイナに回避行動を優先させる。時間を稼いで、ワンチャンスを俺のモノにする。


「あははっ! ざんねんです! 私、もうそこには居ませんよー!」


 なるほど……。未来が見えると、回避すらしなくていいのか……。ユイナさん、さすがに理不尽過ぎでは?


 ユイナは魔法が飛ばされる以前から行動しており、既に俺の懐で刀を握りしめている。未来が見える彼女には造作もないこと。


──シーン


 ユイナの剣技に音は無い。空を切り裂く音、肉を切り裂く音、その全てがどこかに飛んでゆく。


「……いてぇ」しかし真正面からの攻撃、痛みは伴っていた。


 俺の視界では、天地が逆さになっている。だが、飛んでいるのは体でなく、俺の頭のみ。


いわゆる斬首。


俺は首だけの状態となり、なんとも言えない虚しさが残る。


「凄いです! 首をスッパーンて飛ばしてもダメなんですね! アストさんって最高じゃないですか!」


 ユイナは妙に興奮している。彼女が制服のボタンを緩めていることからも明らかであった。暑いのだろう。


トシャリ……。


 視界の端、胴体が崩れ落ちる様。意識、保たれてはいる。俺は宙を舞って、ユイナに捕まった。


「アストさん、辛くないですか?」ユイナは俺に尋ねる。


 彼女の胸の中は温かく、彼女の心音は俺をマッサージしてくれる。俺にとっての救いは、せいぜいこれくらい。


「……辛いって言うか、早く死にたいな。なぁ、早く、俺を、殺してくれ」俺はポツポツと言葉を捻り出して紡ぐ。


 痛くて、動くことも出来なくて、死ぬことしか受け入れられない。それでも死なない俺。


あぁ、嫌になってくる。


「うーん、殺すのは、結構難しいですね。アストが恋をしないと、アストさんの命は無くなりません」


「恋って、なんだっけか。接吻か?それとも、性交か?」


「アストさん、それならしてるじゃないですか? でも死なないってことは、アストさんはまだ、恋をしていないんです」


なんだよ、だからなんだってんだよ。


 ユイナは、聖書を信者に説く、シスターの様だった。俺の言葉に耳を傾けて、心地よい反応を返す。


……これが、愛情?


首より下のない俺ではあるが、それは今まで生きてきて初めての感覚だった。


「なんで、なんで、恋をしないと死ねないんだ……」


「それが普通、人間の営みだからですよ」ユイナは俺に微笑みかけた。


彼女の笑顔は太陽と重なり、俺は直視できなかった。そんな彼女は可愛かった。


「俺だけ、恋を知らない。この身体でも、この痛みに耐えて──」


「アストさんだけじゃないですよ、恋をしてない人」ユイナは俺の言葉に被せると、さらに続けた。「カトレアさんとかそうですよ?」


「カトレア先輩……」


「ほらあの人、アストさんと冒険者やってた時に、アマテラスに殺されかけてたじゃないですか」そう言って、ユイナは何処かに歩き出した。


「私、全部知ってるんです。カトレアさんが死ななかった理由は、恋をしてないからって……」


ユイナは学園長の所へと向かっていた。それほど離れていない。


俺の降りしきる刃は、既に消えていた。


そうか、お前は諦めてないんだな。


あぁ、分かってる。もういいさ、俺も気が済んだ。


だから、だから、この世から、全ての魔法を消してくれ……。


「……おやおや、始祖様が随分と弱ってるねぇ」学園長が、首だけの俺を見てニコニコと笑っている。「いいや、アストと言えばいいかい?」


──改造・ヒール


回復学の始祖は消えた。なら、俺がなり変われるのさ。


そう、全ての学問を統合した存在、改造学であるが故に。


「……もう、全部なくさなきゃいけない」


 アストの首に、彼の胴体がくっつく。接着面は美しく、完全に修復されている。


それは、正真正銘のヒール。


「私の前では、無駄なんじゃないかなぁ? お前の行いは、全て精算されるんだからねぇ」


「学園長、あれはアストさんです」ユイナは震えた声で言う。「……始祖じゃないです」


俺の正面にユイナと学園長。二人とも戦闘体制をとっていた。


「俺はアスト・ユージニア。あの日から変わらない、俺はヒーラーだ」


俺は胸に右手を当てる。そこは心臓部。


俺の全魔力を右手に注ぎ込み、最後の戦へと駆け出す。


──ヒール


──ヒール


──ヒール


………………


オーバー:リミット


攻撃方法なんて決まってる。


俺は学園長めがけて突進し、右手に魔力を込めた。


「おやおや、私に攻撃かい?それなら──」


「学園長ダメです!因果応報は通用しません!早く回避を!」ユイナは因果応報を発動しようとする学園長に言い放つ。



指示は適切だった。しかし、もう遅い。


──ヒール


 俺は学園長に尋常じゃない量のヒールを施す。だからこの攻撃は、学園長にとってプラスになり得る。


そして因果応報の能力により、学園長はヒールの分だけ傷つくのだ。


「あびゃあ!!!」学園長は絶叫し、爆散する。


飛び散る内臓は、それはそれは美しい色だった。


「……俺はこうするしかなかった。ユイナなら分かるだろ?」


 俺は血の雨の下、立ち尽くしてユイナに問う。俺が彼女を見ると、彼女は笑顔でうなづいていた。


「アストさんらしいですね。その攻撃、ゼロ点ですよ」


「……ヒーラーなんて、ゼロ点しか貰えねぇよ」


「はい、私もそう思います」


俺とユイナは、ただ見つめ合うのだった。


────────

 

 焼け爛れた手足がそこら中に散乱し、パチパチと焦げた血液の匂いが辺りに充満する。全身が血の色に染まっているドラゴンは、バサリバサリと遥か上空からオレを見下ろしていた。


今日、この瞬間、俺は改造学の始祖と契約した。


「いつか殺してやるよ、クソドラゴン」


死体となっているイザベル、シシリー、オリヴィア、マリオン。


改造学の始祖は、彼女達に命と能力を与えて、俺に関する記憶を書き換えた。


それが俺の見た夢の正体。いわば幻影。


だから唯一、エレナの過去だけが事実だったのだ。


────────


この世界には、攻撃学しか存在しない。


 皆が殺すための術を学び、実践に移す。それは国家間であったり、モンスターとの戦闘であったり、様々な種類の闘争に変化していた。


──この世界は残酷だ。







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