第55話 一樹の陰、一河の流れも、他生の縁

──黒点・壱


──リフレクト・事象反転


アストの黒点は、シシリーの脇腹ではなく、彼自身の脇腹に張り付く。


「……既視感あるなぁ」俺はすぐさま右手に魔力を込めて、シシリーにもう一度触る。


──改造・展開


──リフレクト・事象反転


これでようやく黒点を排除できる。


俺は開いた脇腹を切り落とし、ユウに投げつける。


「うわっと! あぶねえなぁ!」ユウは俺の脇腹を受け取るや否や投げ捨てる。


だがまぁ、遅いって話さ。


「なんだこれ!」


──黒点・発散


ユウの手を中心にブラックホールが出来上がる。それらは収束せずに発散し、対象を飲み込むまで無限に膨張し続ける。


これが改造。自然の摂理すらも掌の上。黒点は俺が考案し、かなり気に入っている魔法だ。


「じゃあな、お前はいい奴だぜ。せいぜい、にいちゃんと仲良く逝くんだな」


「くそっ! 離れろ! 離れろ!」ユウは腕をブンブンと振り回して、黒点を振り払おうとする。


「くそっ! クソがぁ! 防御学を、防御学をー!」


シュルシュル……


──シン


無音、静寂が訪れる。依然として刃は降り止まず、それでいて悲しい空気が一帯を包む。


「あの子、アストが殺したの?」エレナは攻撃を止め、揺れる瞳で質問した。


「殺したって言うか、違うとこに飛ばした。多分今頃は、他の宇宙で漂ってるぜ」


「……」数名の少女達は全員黙りこくっている。


さっきまでの威勢は何処へやら、今はユラユラと降りしきる刃に傷つけられていることすら気づいていない。


「どうした? 早く続きしないと、それとも降参?」


正直なところ、彼女達に興味はない。俺の目的はアマテラスと学園長なので、これらは無駄な殺戮にカテゴライズされてしまう。


「それならいいんだ。俺も戦いたくないしな。ほら、早く帰って寝て──」


「アストー! 番いに!」


空から羽の生えた美女降臨。彼女の全身は切り刻まれているが、即座にヒールをかけているのがよくわかる。


「アマテラス、結構久しぶりじゃないの? その姿いいね、似合ってる」


「そっ、それじゃあ!」笑顔でアマテラスは両手を広げて向かってくる。


「でも残念、思想が違った」


──改造・展開


「あれ? ヒールが……」


「そういう技なんだ、ごめん」


──黒点・壱


シュルシュル……


──シン


これでこの世界の回復学と防御学はなくなり、あとは攻撃学を残すだけとなった。


「アストさん、流石です……」


ザワザワと心の何かが蠢く。


繚乱の戦地、一人の少女は刃の落ちないところを歩き続ける。


それはまるで、未来予知をしているかの如く。


攻撃学の始祖、ユイナ・クリフォードは悠々と刀に手をかけ、一閃した。


無音、ただそよ風が俺の頬を撫でただけ。だがどうだろう、視界がずれて、地面がどんどん近づいてくる。


──改造・修正


周囲の刃を使って俺の体にし、なんとか体勢を整える。


「ユイナ、これが最初で最後なのか?」


「はい、アストさんを殺すことが、私達の本能のようなので」


──ファイア!


手始めにファイアから、それに黒点を交えた攻撃を構想し、ユイナの対応を待つ。俺はファイアの軌道とユイナを見つめる。


「一樹の陰で、私とアストさんは結ばれました」


案の定ユイナはファイアを切り落とし、その裏にある黒点に気づかない。


「あのテストの日か? 結ばれたって、なんも知らない俺とだろ?」


「一河の流れ、それをアストさんに教えました」


「……分かんねえよ」黒点がユイナの腕に付着する。


──黒点・壱


ユイナは一瞬、黒点に驚いたがすぐに行動する。


「私達は、他生の縁で結ばれていました」ユイナは躊躇なく腕を切り落とした。


回復学のないこの世界において、自傷行為など自害に等しい。


「おいおいユイナ、話終わる前に死んじゃうって」そう言いつつも、俺はユイナに刃を仕向ける。


 彼女の周囲には、動いただけで出血死してしまう量の刃。それに加えて、彼女は自身で左腕を切り落としている。


「死ぬ可能性は……無いと思います。私は死なない未来を選択してるので」


 ユイナは周囲に飛んでいる刃を、身体に傷を負いながら全て切り捨てる。飛沫をあげる彼女の血液と共に、ユイナの表情が呆けてゆく。


「そうか? 今にも死にそうだぞ?」


「ふふっ、この未来が最適解ですから大丈夫です……」


 ユイナはそう言って口角を上げた。すると突然、俺の左腕が切り落とされる。俺は驚いてユイナの方を見ると、彼女の左腕が戻っていた。


「なんでっ──」


──因果応報


「ユイナ、よくやったよ。お前が傷ついたおかげで、私の因果応報が発動した……」俺の目の前に、魔法を構えた学園長が降りてきた。


 学園長は右手に魔力を集中させていた。そして俺の腹に右手をつけ、ゼロ距離からのファイアを繰り出した。


「そういう小細工、クルスさん好きですもんねー」


──ファイア


──改造・魔法


──ファイア→魔力上昇魔法


 俺はすぐさま改造を使用し、ファイアを適当な補助魔法へと変換する。しかしクルス学園長は俺の改造に気付いた。だが止まらない。


「ふぅ、魔力回復……」俺はクルスからいただいた魔力をそのまま流用し、特大の黒点を右手に創り出す。


「ユイナー、私の未来、どこがいいか教えておくれぇ」


「……そこから一歩半左にずれてください。あと、背筋を伸ばして」


学園長はユイナの言った通りに行動して、俺の黒点に備えていた。


「回避……すらできないのかいな」俺は容赦なく黒点をクルスに投げつけた。


──黒点・壱


「あ? なんであたらねぇ?」俺は黒点が地面に衝突してしまい頭を捻った。


 着弾点が大きくずれている。俺の感覚と、実際の映像との相違。少し考えて俺は結論に至った。


「……右目、潰れてらぁ」


 いつからか、俺の右目が切られて使用不可に。だから実際の映像と感覚にズレが生じていたのだ。


──改造・修正


 ……と、右目を修復したいのだが、今度は右手首がない。断面は綺麗になっているし、何処かで切り落とされたか。


「あぁ、ユイナの刀か……」俺はユイナの刀に付着している血で察した。


 コイツ、音もなく刀を振っている。しかも俺の身体が気づかないから、痛みすら現れない。


「私、アストさんを切り刻むの好きです。もっとシテもいいですよね?」


そう言って笑顔を見せるユイナは、エレナの百倍恐ろしかった。

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