第54話 百花繚乱、最終決戦

「……朝か?」俺は窓から入ってくる朝日に目を細める。


ボヤけた脳内。昨日の出来事など覚えてないし、せいぜい変な薬を飲んだくらいだな。


資料室には誰もいない。


「カトレア先輩? ちょっと、だれに刺されたんですか?」


誰もいないと思われた資料室、俺が座っている椅子の横、カトレア先輩は血を流して倒れていた。彼女は浅い呼吸を繰り返し、腹部を抑えている。


「私は、アストに愛されてない……。だから、ここに、傷が……」


カトレア先輩から流れ出ている液体に、俺はなぜか懐かしさを感じた。液体から香ってくるのは、かつてのドラゴンと対峙した時の香りと同じもの。


「傷なら、俺に見せて下さいよ」俺は興奮を抑えて淡々と話す。


「はあっ、はあっ……」カトレア先輩は一言も発さず、そのかわり腹部に置いていた手をどける。


俺は椅子を降りて彼女に近づき、そっと傷口に手を入れ込む。


「あがっ、いだいいだい!! ゔゔゔっ!」カトレア先輩は痛みで体をよじるが、俺の手は依然として彼女の内臓を掻き回していた。


この辺りにあった筈だ。カトレアに俺の能力を渡した時、たしかこの辺に手を添えたが……。


「あったあった。これよ」俺はカトレアの内部にあったアレを掴み、一気に引き抜く。


「いががぁ!!」カトレアの絶叫は資料室に響き渡り、俺の鼓膜を艶やかに揺らす。聞き心地は最高だった。


彼女は背筋をピンと伸ばして、足先までフルフルと震えている。痛みを耐えているのだが、快楽を受け取る時と同じ体勢だった。


俺はカトレアの体内をグチャグチャと探し回り、やっと例のアレを見つけた。


これこれ、過去を塗り替える能力……。ったく、自分の物みたいに貼り付けるから、取り出す時に痛くなるんだよ。


「カトレア、これで終わりです。もう痛くしないので」


──改造・修正


彼女の腹の傷はすぐに治った。それはまるでヒールみたいに素早く、正確に彼女の傷を癒す。


「……私の過去はどうなるの?」カトレアはボソリと呟く。


「さあ? 知りませんよ、そんなこと」


彼女は『努力した過去』を自身で創り出してあの地位まで昇り詰めた。今ではそんな過去はなんて空想に過ぎず、彼女は今しか経験していない。


俺は立ち上がって窓の外を見つめる。ギラギラと輝く太陽が眩しい。


「でも、5分前から世界が始まって、水槽に浮かんでたら面白いですよね。パラレルワールドの存在は、シノミヤ・アカツキが証明しました。もしかしたら宇宙が複数あるのかも」


「……私に関係ない」


「そうでしょうか?」俺は振り向いてカトレアを見下ろす。「俺の見ている世界と、カトレアが見ている世界とでは違いが生じています」


「現に、」と言って俺は話を続ける。


「カトレアの世界では俺の能力が分からない。だけど、俺はそのことを知っている。俺とカトレアとで、二つの世界が出来上がっていますよね」


「アストは改造学の始祖。……世界は同じ」


カトレアは未だに肩で息をしており、床にへばりついている。だが俺の思想と対立していることは伝えたいようで、瞳の奥は死んでいない。


「最低限の知識をありがとうございます。だけど、カトレアの改造学と俺の改造学、ニュアンスが少しだけ違うんですよね」


「ニュアンス……」カトレアはしっくりこないらしい。俺は補足した。


「駄洒落ですよ、解像と改造。……レンズと創造」


もはや天災の時は訪れていた。俺の思想と思考は始祖に相応しいものへと至っており、俺は常に自分を捉えている。


「アスト、目覚めたんだ」カトレアはゆっくりと上半身を起こす。


「ええ。だから今から、ババアに能力を返してもらうんです。『因果応報の能力』を……」


「回収してどうするの? 世界征服?」


「そんなのつまらないですよね。……俺はただ、この世界から学問を消し去りたいんですよ」


────────


「皆んな、私のためにありがとうねぇ。それに、ユウもアマテラスもいいのかい?」


同日同刻。学園のグラウンドには、沢山の生徒と始祖が集まっていた。もちろんそのA組に属する少女も同伴している。


学園長の周りには、マリオン、エレナ、シシリー、オリヴィアの姿が。ついでにユイナやユウ、アマテラスの姿もあった。


イザベルやアカツキの姿はない。


全員が神妙な面持ちで集まっているため、普段のような軽口などは不相応である。


「今日は私の人生史上最悪な日だよ。なんせ改造学の始祖様がお目覚めになったんだからねぇ」


輪の中心、学園長は杖に体重を預けて全員を見渡す。


「さあ、戦闘開始だよ」


ガシャガシャガジヤ!!


学園長がそう言った瞬間、校舎が変形して、空には大量の刃が舞っている。


そして校舎の跡地、そこにはアスト・ユージニアが立っている。


「私の能力はアイツには通用しない。悪いけど、私は後方支援だけで戦わせてもらうよ? なぁに、お前達は好きに動いたらいいさ」


強いんだろ?と学園長は心の中でつぶやいて杖を振りかざす。


「──ライトニング!!」


ピシャアン!!


上空に黒煙が立ち昇ったかと思えば、そこから大量の落雷。全てが自動的にアストを追うようになっている。


「マリオン先輩! 私たちも攻撃するわよ!」


「わっ、分かりましたー!!」


エレナとマリオンは一足先に集団を抜けて、アストの領域へと足を踏み入れていた。彼女達は本能的にアストに対して殺人を行いたいのだ。 


「馬鹿アスト! 今日も私が犯してあげるから、さっさと元に戻りなさいよ!」


エレナは躊躇なくアストへと踏み込み、一撃を振り込む。


しかしガツンと当たったのは彼の周囲に舞っている刃。アストにはかすりもしない。


「俺はいつも通りだぜ? むしろ、元に戻ったんだよなぁ!!」


エレナが着地する周辺には、すでに刃の花弁が舞っている。下から上、竜巻を彷彿とさせる繚乱の舞がエレナを包み込んだ。


「弱いわ! こんなの紙切れ同然よ! 天下のエレナ様はこの程度の攻撃じゃあ怯みもしないわよ!」


「そうかい、おおっと!マリオン先輩も元気っすねえ!」


突如、マリオンの大鎌はアストの首を捉えかけるが寸前で回避される。その結果、大ぶりな攻撃をしていたマリオンの回避行動が遅れてしまった。


「まっ、まずい……」マリオンは周囲の刃を目視した途端、大鎌を手放す。


「──ファイア!あれら? そのな大胆なことあるかい?」アストはマリオンのいた場所にファイアを放つが、当然空振り。


ピシャン、と彼の頬に血液がかかった。


「あ? あー切れてる」アストが気がつくと右手首から先が消失。


切り口は乱雑で、ちぎり取ったようだった。


アストは視線をエレナとマリオンから外し、右手首の在処をなんとなく探した。


「おりゃあ!!」エレナの攻撃をヒラリとかわすと、空から落雷。


それは刃を一瞬で棒状に固め、避雷針を作って回避する。


──改造・工作


「おっけい、これで終わりっと……」アストは自身の手首を刃で作り出し、右手とした。刃の元となっているのは校舎であるから、この方法で無限に回復が可能である。


「ああ、オリヴィア先輩なのね、さっきの攻撃」


アストが右手首を直した途端、左手首を掴まれた。彼は今度は警戒していたため、即座に掴んだ手を振り払う。


アストの視界にオリヴィアの黄色い髪が見えたので、彼は人物を特定した。


アスト周辺のこの空間、実は少し動いただけでも刃に切り刻まれる。しかし彼女達は平然とやって来るのだった。


まぁ、行動の制限はできてるから、無意味ってわけじゃないけどね。


アストはそう考えながら、刃を自身の背後、頭上に集中して配置する。


すると彼の視界には、エレナとオリヴィアとマリオンが捉えられ、人数差を埋めることに成功していた。


パキパキパキ……


しかし背後、謎の音と共に何かが襲ってくる。幸い、漂ってくる冷気である程度の情報を得ていた。


「……邪魔」シシリーは刃をものともせずに切り掛かる。


「凍らすのは反則でしょ……」アストは瞬時にかがみ込み、シシリーの攻撃を透かす。


彼女が通ってきた後には、凍らされて粉々になった刃が大量に、ちょうど足跡のように続いていた。


「──ファイア!」


「無駄、私の氷は絶対零度、火球は消滅する」


シシリーの瞳にハイライトはない。彼女もまた、俺を本能的に殺しにきている。


「いや、火球だったらな?」俺はシシリーの懐に潜り込み、今なお空中に漂う火球を手に取る。


──改造・魔法


──黒点・壱


「あっ……」シシリーの顔から血の気が引いた。


「まずは一人目、ご苦労様です……」


黒点はシシリーの脇腹に付着。その瞬間に彼女の死は確定した。


「バーカ! 俺がいるっつうの!!」


──リフレクト・事象反転

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