第14話 『バタフライ』エフェクト

 俺とジャンゴは再び六歩ほど間隔を開ける。お互いの攻撃の当たらないイーブンな状況。ヒュルリと風が地面を這って、名もなき草を揺らす。


 俺はアネゴにエレナを預けて、身を軽くした。背中にこもった空気が風に乗せられ、スゥーと流れてゆく感覚が気持ちいい。


「アストさん……」ユイちゃんは杖を落とし、祈るように指を絡める。


 黄色い声援はない。アネゴはエレナを背負って、ネガティブちゃんは心配そうに俺を見つめている。

 ジャンゴ以外のB組生徒は武器をしまい、戦闘態勢を解除。ここからは俺たちの戦いであるという空気が作られる。


「空か、あそこの池だな……」上手く誘導できれば一発で終わる。


ジャンゴには聞こえない程度の声で呟く。


 俺にとっての問題はどこで『ファイア』を使用するか。当然ながらこの場でぶっ放してはいけない。ソースは経験。

 

 最低でも十、いや二十歩ほどの周囲に誰もいない空間をつくりたい。もちろんB組の生徒と仲間を巻き込まないためだ。


「ワン、ツー! そっちがこないならオレっちから仕掛けちゃうよーん!」


ジャンゴは俺の思考に挟まるように先制攻撃。


ヒュンヒュン!


 短剣が二本宙を舞う。俺に向かって飛んでくるそれはジャンゴが放った。刀身は青色に光り、エレメントは『水』であることが分かる。


 俺は難なく回避。ピシャリと水が頬を叩いた程度だ。追撃に備える。


 しかしジャンゴは後方ステップ。目線がサングラスに遮られ、次の思惑を想定し辛い。これでは対応が後手に回ってしまう。


「ワン、ツー、スリー!」ジャンゴは高く飛び上がった。


垂直に飛んで位置エネルギーの確保。それ以外にメリットは分からない。


「ワン、ツー、スリー、フォー!チェクメイトだー!」


 ジャンゴは懐から短剣を大量に投げつける。刀身が黄色に光る短剣。雨あられ、着弾まで秒読み。おかしい、八百長は?


──ああそうか。


 おそらくエレメントは電気。先程の攻撃が脳内で再生される。わざと水にエレメントを上書きした理由。


水の布石と論理。コイツ、戦闘の発想力とセンスが凄まじいな。


──絶望の雨が降る。


青い空、白い雲、黄色い声援ではなく黄色い雨。


俺は目を凝らして短剣と短剣の隙間を探す。


安置を見つけなければ。


 しかし、太陽はそれを拒む。日光と同化した短剣は俺を包むよう。張り巡らされる攻撃は俺を逃がさない。


──手も足も出ないんだな。


 噛み締める敗北と、心を抉る悔しさは、俺に戦いとはなんたるかを指し示す。

この瞬間に弱者と強者が出来上がり、食物連鎖を作り出す。


 回避が上手なだけ。ヒールも出来ない俺は、この攻撃を受け入れてしまうと脱落だろう。脱落の条件は一定以下の意識レベルで、これを過ぎると病院に飛ばされる。


──「バーカ」


 耳元で囁かれる。優しく透き通った声。フワリと俺の鼻腔を擽るエレナの香りが、俺に希望の影を与えるのだ。


「ザコ相手に大変そうね」彼女は俺の前に立ち、堂々とした背中で安心を語る。


 強い魔力を纏い、右手には剣を持っている。そして剣を半円を描くように振った。迫力に相応しい炎が空を彩る。


──パラパラパラ 


 しかし派手な音は鳴らない。しかしエレナの剣撃は空中を走り、短剣を全てオシャカにしてしまった。降ってくるのはなんの変哲も無くなってしまったオモチャと同等の代物だ。


「ああっ! オレっちのとっておきがー!」ジャンゴは頭を抱えている。


スタッとジャンゴは着地をして、現状を知ってしまった。


「正直、俺も気の毒に思うよ」俺はジャンゴとエレナから距離を置く。


 楽しく狩りをしていたら、ドラゴンに出会ってしまった時のような絶望感。エレナのプレッシャーは背中ごしからでも鳥肌が立つくらい強大で、俺がトーナメントで対戦をした時以上の大きさだ。


「とっておき? こんなのほら、そこを飛んでるバタフライくらいの感覚よ」


俺はそれに殺されかけたんですけどねお嬢さん。


「ワン、ツー!」ジャンゴはまた飛び上がる。


しかしエレナと対峙しているからか、攻撃に対する余裕が無い。


はっきり分かる雑な選択。


──飛んで火に入るバタフライ


頭に浮かんだことわざ。それはジャンゴの今をよく表していた。


「ワン、ツー、スリー、フォー!どおりゃあー!」さっきと同じ攻撃。


 サングラスを通しても感じる焦りと恐怖。どうやったって勝てない相手を前にして、ジャンゴの精神はもう限界だ。


「バカ、学習しなさいよ」エレナは一閃するのみ。


短剣はまたしてもパラパラと落ちてくるだけ。さっきと異なるのは──


 トシャっと空からジャンゴが降ってくる。しかし全身が同時に地面と接触した。グッタリと力は抜けており……ジャンゴは脱落だ。


「ふぅ。まぁこんなの肩慣らしよねー」エレナは剣を肩に乗せて一息つく。


 区切りを付けたように纏っていたプレッシャーもなくなり、普通の女の子に戻る。そよ風がエレナのツインテールを揺らし、青い空の元を飾る。


「エレナさん、助けてくれてありがとう」俺はなんとなくそう言った。


「アンタ名前は? 私を前にして名乗らないなんてあり得ないわよ」


 あれ? 自己紹介まだだったっけ? ……そうか。エレナは俺のことを覚えて無いんだったな。


「回復学部のアスト・ユージニアです」


「エレナ・ブラックバーンよ。やっぱり攻撃学部でもないのね。これにコリたら後方支援に徹してちょうだい」エレナはやれやれといった様子で話す。


「はぁ」とため息ついた彼女は俺に呆れているようだ。


「……それって嫌味?」


「アンタはヒーラーでしょ? あいつと戦うなんて百年早いのよ」


「あれは男と男の勝負だったんだよ。勝つとか負けるとかそういうのじゃなくて……」


「だ・か・ら! 私達の邪魔すんなっ!」エレナは俺に向かって指差す。


 エレナは噛み付くように言い張る。さっきの戦闘ほどのプレッシャーは感じない。所詮は同じ人間、言葉を交えて言い合うくらいは対等だ。


「でもエレナはずっと気絶してた! その間の時間を稼いだのは俺だろ!?」


「あの程度のカウンターで私が気絶? バッカじゃないの!? アンタがいやらしく私の太腿を触ってたのだって覚えてるわよ!」


「ばっ、それっ……」視線が俺に突き刺さる。主に女性陣の目。


 ガンスと防御学部の奴らも仲良く俺を睨んでいる。そこだけ一致団結はおかしくない?


「あーんなに触ってて言い逃れるなんて出来ないわよ! ほら! ここに跡がついてる!」


 そんなわけ無いだろ? だってエレナのダメージは俺に行くはずなんだ。俺はエレナが見せてきた太腿を確認する。


「あれ? エレナの方についてる……」


「何? もう決定でしょ? 二度とアタッカーの真似事なんてしないで!」


 優しさと辛さの半身浴。


「いや、エレナもヒーラーを目指してるって言ってたよな? 俺に同じこと言えんの?」


 エレナが蘇生される前、彼女はヒーラーを目指していた。たしかに俺は聞いたんだ『回復学を教えてほしい』と彼女の口から。

 初対面でパーソナルを知っているのは気持ち悪いかもしれない。だけどこれを言わずに引き下がる方が嫌われるよりももっとイヤだ。


「……アンタ何言ってんの? 私は永遠にアタッカーよ」


「は?」


バタフライは俺の周りをチョロチョロと羽ばたいていた。

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