第13話 過去の屍を越えてゆけ
「オレっちが脱落させるから、皆んなは余計なことしないでねー!」ジャンゴは振り返ってB組の奴らに指示した。
俺も振り返りD組の生徒と『準備万端スタンバイOK!』な少女に声をかける。もちろん本当の理由は隠して。
「皆んな、それとユイちゃん、絶対に手出ししないでね。これはフェアな勝負だから」
「でも……」とユイちゃんは反抗してきた。
しかし俺は狼狽えず覚悟を目で伝える。更に彼女にまっすぐ心をぶつけた。
「ごめん、俺は男として負けられない闘いを申し込んだ。フェアな勝負にしないと意味ないんだ」
「ゾンビマン、オレっちとのタイマンって大丈夫?オレっち手加減とか出来ないから、『脱落』じゃあ済まないかもよー!?」
「ジャンゴも覚悟しとけよー。そのグラサン叩き割って、お前の可愛い瞳を拝んでやるからなー」
俺の狙いはまさしく『ジャンゴとのタイマン』……ではなく、エレナが起きるまで、八百長試合を長引かせることだ。
昔から修羅場をくぐり抜けてきたんだ。複数人は厳しいが、一対一なら俺にもチャンスがある。ジャンゴとの戦いならギリギリいい勝負……だと思う。
──そうだ、思い出した
子供の頃、俺が初めて使った魔法は『ヒール』ではなく『ファイア』だったよな。たしか、俺を助けたお兄さんが使ってて……あの洗練された詠唱と、心地よい一撃に俺は心を奪われたんだ。
「ふぁいあ! ふぁいあ! ……ふぁいあー!」河川敷、ガキの声が響く。
その日以来、俺は毎日『ファイア』を出そうとそこで練習をしていた。一時期、近所では『ファイアボーイ』とかあだ名をつけられるくらいには練習していた。
しかし一向に打てる気配はない。それもそのはず、俺は『触媒』を持っていなかったし、『詠唱』もしていなかったのだ。
「アスト、まずは杖を持って詠唱しないと」と、ある時教えられた。
触媒とは魔力の伝達ツール。なくても攻撃自体は可能だが、必要とされる魔力量が大幅に増加してしまう。
詠唱は、魔力の操作を覚えるための『語呂合わせ』だ。
威力の高い魔法は魔力の操作が複雑なため、基本的に『詠唱』を駆使しないと発動が出来ない。
通りすがりの魔法使いにそう教えられた俺は、その知識とともに『ファイア』の詠唱を教えてもらった。
「そう、こうして、いいね、様になってる」綺麗なお姉さんが、艶やかな声で指南してくれる。
彼女の杖は体によく馴染み、元から俺のものだったかのように魔力が浸透する。俺にとって初めての杖は、そんな質の良い杖だった。
「すごい、私の魔力が無くてもいけそう……。どう? 出してみる?」
「うん!」と俺はお姉さんに笑顔を向けた、その後かな?
お姉さんに包まれながら
──俺は『ファイア』を唱えてしまった。
いつの間にかジャンゴは目の前に立っている。しまった、過去に没頭していた。八百長といえども、ジャンゴは攻撃的だった。
「へーいゾンビマン! 大口叩く割にはぜんぜん動かないねー! もしかして、もう怖気付いたのかーい!?」
「ちょっとお前の倒し方を考えてただけさ。心配いらないよ」
意識は過去から草原にまで戻ってくる。ジャンゴの様子や周りの反応から、そこまで時間が経っていないことを察した。
「ザンネーン! オレっちは負けないからそんなの無駄でーす。もしかして時間稼ぎー? ジェントルマンじゃないなーキミは」
皮肉たっぷりな言葉に、少し頭に血が上る。それでも冷静になって、状況をとにかく把握することに専念。そもそもコイツ、あの条件を飲んだのか?
俺はジャンゴが両手に持っている短剣を見る。出会い頭から赤と青に光り輝く彼の短剣は、膨大な魔力を沸々と蓄え放出していた。
さすがはB組ってところだな。あの量の魔力を放出していながら、体力が減っている様子を見せない。長期戦が有利ってわけでもなさそうだ。
「分かったよ。時間を稼いでたのは認めるから、さっさと闘おうぜ?」
「ついに最初の脱落者が決まったみたいだねー! オレっちがグチャグチャにしてあげるよ!」
そう言ったジャンゴのサングラスはギラリと光り、狩人の幻覚さえ見えた。
正直、俺達を『ウサギ』と表現したのは正しいと思う。だけど一つ付け加えると『根絶やしウサギ』って言った方が正しいな。
*注釈
『根絶やしウサギ』ウサギの中では最も賢い種。草木の根っこまで食糧としており、作物が一番実っている時期に大量発生する。また、人間の生活サイクルを逆手に取って戦略を立てる。
農家のお爺ちゃんがトイレに行っている隙を突いて作物を喰らい尽くすなど、数々のエピソードがある。
──初めての『ファイア』は大失敗に終わった。
知らなかったが、俺は回復魔法だけでなく、攻撃魔法もイカれている。しかも重大な欠点を抱えたまま。
俺は攻撃魔法において、軌道の操作が一切出来ないんだ。
「ふぁいあ!」
魔法の威力が常にマックスで固定されている俺にとって、狙った場所に着弾させるなど不可能だった。
──ピチュン、ドゴーン!
初めての『ファイア』は俺のすぐ近くに着弾してしまい、当然そのまま爆発に巻き込まれた。
全身に負った火傷、当時の俺は本能的に『ヒール』を使って生きながらえた。しかし詠唱を行わないヒールは、使用者によって結果が変わってしまう。
ゆえに集まった野次馬は、焼け跡から出てきた、チグハグな回復を施した俺を見て『ゾンビマン』と形容したのだ。
お姉さんはいつの間にか消えていた。焼かれた肉の匂いがしなかったから、死んではいないと思う。
──俺の回想が終わると、ジャンゴが切り掛かってくるのが見えた。
「へーい! スキだらけだぜゾンビマーン!」
ジャンゴは左手の青い刀身の短剣で攻撃をしてくる。しかし剣筋は甘く、エレナを背負っている俺でも苦労することなく避ける。
これは『見せる攻撃』。本命の攻撃じゃない。いいね。
回避は得意なんだ。ヒーラーという立場は狙われることが多い。だから大抵のヒーラーは回避に重点を置きスルスル避ける。しかも俺はエレナの剣筋でもある程度の回避率。
お粗末な攻撃なんて止まって見えるぜ。
「ゾンビって言われてる割に俊敏じゃーん! それさ、腹立つからやめてくんねぇかなぁ!」
ジャンゴは両手同時に、斜めに十字を切ったような攻撃を繰り出す。
感情も乗っており、さっきよりも鋭い。
しかし、まだ見せる攻撃。
感情的に放った攻撃と思わせるブラフ、上手いな。ジャンゴは単純なように見えて、中々キレる奴らしい。
「おっと、やっぱりそうか」俺はヒョイと頭を後ろにそらす。
ジャンゴは両手の同時攻撃後、流れるような動作で右の短剣を振り、俺の首を狙っていた。
これが『本命の一撃』。一切の感情もなく放ってきた。
ジャンゴが本命の攻撃をした後。ようやくアイツの連撃は途切れる。
「ジャンゴ、今のでどれくらいヤッた?」
「避けたのはキミで2人目だよ……。初めてはその子」
ジャンゴは俺の背中を指差す。なるほど、殺した数は覚えていないようだ。
「なるほどねぇ。お前トーナメント、エレナに負けたっぽいな」
「うるせぇ」とさっきまでの様子とは違った雰囲気を彼は纏う。
「いやジャンゴ、お前すげぇよ。エレナと戦って五体満足なんだろ? 稀有な存在なんだから自信持てって」
「お前は切り刻まれてたしなー。ってことは、オレっちの方が強いってことだよな!?」
「さあ? 俺はそういう作戦だったし、強いかは知らないですよ」
このまま時間を稼いでジャンゴの魔力切れを待ってもいいが、俺も回避だけしていては面白くない。そんな試合に価値もない。
この戦いの勝者には充実した学園生活が保障されている。しかし、エレナが無双してしまっては本末転倒。俺達はバカみたいに戦って、体力を消耗しただけになってしまう。流石にダサすぎる。
「俺はジャンゴ・トラサルディだ。ゾンビマン、名前は?」ジャンゴが聞いてくる。
「アスト・ユージニア。こっから仕切り直しだぜ、ジャンゴ」
俺は右手を差し伸べ、ジャンゴと握手をする。男と男の友情は、戦いの中で生まれることもあってだな。こうやって仲間を増やすんだよ。
コイツになら、俺は魔法をぶっ放せる気がする。ライバルとして、男として、ジャンゴとは全力を出して戦いたいな。
さあさあ、子供のトラウマに踊らされる人生は終わりさ。あの時以来、俺が敬遠してきた魔法は今日解禁しますよ。
「ジャンゴ、お前に最高の魔法をプレゼントをあげようと思ってる。せいぜい頑張って避けるんだな」
「奇遇だねー。オレっちもアストにあげたい技があってさ」
俺とジャンゴの間でバチバチと火花が散り、この光景は次の攻撃で勝者が決定することを意味する。ジャンゴの扱いは容易、そして魔法を放つのに必要なのはプライドと実力。
動機なんてそんなもの。
今後の学園生活のかかった八百長大勝負、果たして勝者はいかに。
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