第4話 自己紹介には事故がつきもの
スタジアムに設置されている時刻を見ると、ちょうどちょうど1時になっていた。
俺はついさっき、客席にいる婆さんにスタジアムの芝生まで飛ばされて気絶。その後集まっていた4人の女子生徒にヒールをかけてもらい助けられ、今は彼女たちに俺の自己紹介をしている最中だ。
「えーっとですね。名前はアスト・ユージニア、学園の1回生、回復学部です」
彼女たちの瞳から感じる情報は、それぞれ異なっていた。
懐疑、困惑、無垢、歓喜、まぁ1番よく分かるのは、1人を除いて歓迎されていないことですね。俺も同じ立場ならそうなってると思うし。
まず優先すべきは、彼女たちの警戒を解くことだ。
「本日はですね」と言って俺はさらに続ける。
「俺は学園長の命令により、回復学を教えに来ました」
シーンと静まり返る。ただ全員が首をかしげているだけだった。
たっぷり10秒ほど続く沈黙。正直帰りたいです。
俺が消えてしまうほんの少し手前で、ようやく沈黙が破られた。
「おお!」と、黄色い髪の子がドタドタと俺に近づいてくる。
「キミが先生やってくれるの!?」
「うわぁ、あおぅ、そぅでぇすぅ」
彼女はがっしりと俺の肩を掴み、ブンブンと揺らす。頭がグワングワンと揺れて正常に話せない。なんだろう、彼女の握力は異常な気がする。
「えっ?ほんと!?やったー!」
「うぉう、あろぅ、うぉう……」
ちょっと、みんな見てないで助けてくださいよ。逃げられないし、なんかこのまま首が折れそうなんです。グラグラしていて視界のピントはあっていないが多分、俺は冷めた目で見られてる。
「ねぇねぇ、キミあの試合の子でしょ!?私感動しちゃてさぁ!私もヒーラーになれるの?てかなりたいよ!」
「うぉう……うぉ」
ヒーラーになれるとかよりも大切なことがあると思います。目の前の人にヒールが必要になりそうですよ。
俺はずっとユラユラと肩を揺らされ、意識が遠のく。
「あのっ……オリヴィアちゃん、ユージニアくんが苦しそうに……」
オドオドと緑色の髪をした子が助け舟を出してくれた。
ショートボブの彼女は弱々しくも、確かに助けてくれそうだ。少し彼女は近づいて、俺の様子を伺う。
「え?ホントだごめん!アスト大丈夫!?」
「ゆっ、ユージニアくん。だっ、大丈夫?意識ある?」
「意識、あ、ります。気遣い、ありがとうございます」
ああ。ようやく黄色い子が肩から手を離してくれた。初対面で気絶させられるかと思いましたよ。俺はぼやけた視界がゆっくりと元に戻っているのを感じる。
「意識あるの? よかったぁ……。ごめんね、つい嬉しくなっちゃって」
黄色い子はニコニコして俺の頭を撫でてくれる。
俺が至極の幸せに浸っていると、緑色の髪をした子が近づいて来る。彼女は俺の右側に立ち、両手はモゾモゾと後ろで組んでいる。
「じっ、自己紹介しましゅ! ……します」
あっ噛んだ。小動物を見ている感じですね。彼女は続ける。
「わっ私の名は、マリオン・リーパーと申します。きっ気軽に、マリオンって言われると喜ぶ……攻撃学部、2回生……よっ、よろしくな!」
なんか所々違和感があるけど、自己紹介はしている。マリオン先輩はその後に手を差し出し、いわゆる、握手をしたいらしい。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「ひゃい……」と言って、マリオン先輩は固まってしまった。
驚いて俺は手を離すが、なぜか彼女は俺と握手をした形まま凍っている。パントマイムをしているようにコンマ数ミリも動かない。
「アハハッなにそれ!? マリオンいつもよりガチガチじゃん!」
すぐそばから笑い声と共に少女が駆け寄ってきた。
「はーい次は私!」と言って黄色い子が手を上げている。
「オリヴィア・ゴアです! マリオンと同じく攻撃学部の2回生で……あと、趣味はこう見えて筋トレです!」
オリヴィアさんは力こぶをつくるポーズをして、ニコッと笑っている。八重歯が特徴的な、快活少女。そのイメージで顔と名前を記憶する。
「オリヴィアさんは筋トレがご趣味なんですね・・・」
「うん!どう?ビックリしたでしょ?」
「予想どお──そりゃあもう、危うく腰を抜かしそうになりましたよ」
『予想通り』俺はその言葉を飲み込んだ。相手は女の子、些細な言動で関係が悪化する。
オリヴィアさんの笑顔が長く続きますように。俺は心から祈った。
「じゃあ残った2人もおいで! アストに自己紹介してよ!」
「え? ちょっとオリヴィアちゃん?」と桃色の髪の毛の少女は狼狽える。
「……いや」と青髪の少女は拒否をする。
しかしお構いなしといった様子で二人を引っ張って来るオリヴィア先輩。趣味が筋トレという事実をしっかりと補強する。
「いいからいいから!先生に挨拶しようよ!」
オリヴィアはるんるんと後ろで静観している2人を俺の前まで連れてきた。
1人は桃色の髪の毛で、セミロングの少女。全身から漂う歳上オーラは、自然と彼女の背を高く見せてくる。実際には俺より少し低い程度だ。
もう1人はセンターパートの青髪の少女。圧倒的に冷ややかな目をしている。クールと言えば良い表現、睨まれていると言えば悪い表現。
この人なんか怖いです。
強引に引っ張ってこられた2人を目の前に、俺はなんて言おうか検討中だ。できれば向こうから話していただけると助かります。
「それじゃあ」と桃色の髪をした子がひょっこりと手をあげ、口を開く。
内心でホッと一息ついた。
「私はイザベル・ウィンターです。皆んなより少しお姉さんで、攻撃学部3回生。趣味は読書をすることで、特に、この前読んだ心理攻撃学の──」
「はーいストップ!」そう言ってオリヴィアが静止する。
「イザベル先輩、その話はまた今度です。話し出したらキリがないでしょ?」
本が好きなのは俺とよく似ている。特に、心理攻撃学の話は是非とも聞きたいくらいだ。
「あら、そう? じゃあアストくんまた今度よろしくね?」
「はい! よろしくお願いします!」
少し大きくなった声で、嬉しさを表面に出した俺。イザベル先輩にも伝わったのか、頬が少し緩んだ。
「アスト、イザベル先輩の話は……。ううん、なんでもない!」
ちょっとオリヴィアさん、何で俺に向かって合掌してるんですか。マリオンさんも。……その数珠は何処から持ってきたんだよ。
「あとは……」と俺は青い髪の少女を見る。ヒッ!
──なんかずっと睨まれてますね。
あれはダメだ。ダメだよ。明らかに敵だと思われてる。友好関係なんて絶対に結べない視線。明らかな敵対意識と閉ざされた心の具現化にしか見えないよ。
しかし、「私は」とその子が意外にも話そうとする。
「シシリ・クリフォード。攻撃学部2回生で、その、アストさんの……大ファンです」彼女は頬を赤く染めている。
たっぷり十秒、静寂が広がった。恐る恐る俺が口を開くまでの空白である。
「ファン? 俺のですか?」
「はい、アスト・ユージニアさんですよね? その、私、ずっとファンでした」
一瞬、俺の耳がぶっ壊れたのかと。
ひどい罵詈雑言を頭の中で列挙して、衝撃に備えていたからなおさら。別の角度からの衝撃ですよ。と言うか俺の周りの連中がもっと驚いてますね。
「ええー!? え? シシリーちゃんホント!?」
「しょ、衝撃の事実……」
「ファンって、どうしてですか?」
「・・・秘密」
シシリーさんはキュと口を結び、後ろを向いてしまった。
「うーん、全然記憶にないなぁ」
俺を含め、周囲もろともポカーンとしている。
──ドゴォン! ……ドシャー
突然スタジアムの壁に穴が開き、同時に誰かが落ちてくる。
いや、誰かと表現するには無理があるか?
『何か』の落下点を見ると、そこの芝生は赤く染まっていて、降ってきたのは下半身だった。履いているスカートから判別出来るのは、この学園の生徒であることだけ。
「おいおい、マジかよ」俺はその場に走って、とある事実に戸惑った。
生き埋めではない。てっきりこの人が頭から落ちて、上半身だけが芝生に埋もれていると思っていた。
しかし下半身と地面の切れ目、臓物がしっかりと確認できてしまった。
つまりこの人は、上下に体を真っ二つにされたということ。俺のヒールでもギリギリ間に合うかどうか。
「……ダメもとでやってみるか」俺は下半身の横に膝をつく。
──ヒール・二人称
しかしながら何も起こらない。この場合考えられるのは3つ。
『欠損した部位が近くにない』
『対象が既に死亡している』
『俺の魔力が足りない』
「1番目か2番目だな、今日一回も魔力なんて使ってないし……」
俺が思考と独り言を繰り返していると、オリヴィア、マリオン、イザベル、シシリーの四人の先輩も剣を持って来た。
「その人……。ねぇアスト、助けてあげて?」オリヴィアの目からハイライトが消えている。
「生死の状況が分からないです。この人が生きていればまだなんとか……」
「助けて。絶対に死なせないで」シシリー先輩の言葉が刺される。
叫ぶでもなく、怒るでもない。淡々と話す彼女は、どんなものより恐ろしかった。
「ハハハッ!」スタジアムに開いた穴から声がした。
集まった全員がその方向を見る。
そこには男が立っていた。日光に照らされ、造形は詳しく判断出来ない。だが、男が右手に掴んでいるものは理解できた。
逆光の中照らされた、哀れな被害者。
それはついさっきまで会っていた少女、しかしその一部。
──エレナの上半身であった。
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