第3話 「今日から俺が先生です」

俺はエレナと別れたのちに、去っていった学園長の後を追った。


「よかった。やっぱりお婆さんだ」なんて失礼な言葉も飛び出ます。


 学園長はまだ病院に沿って作られている道を右に曲がった並木通りをトコトコ歩いている。あの人は追いついた俺に気づいたらしく、振り返ることなくヒョイヒョイと手招きをした。


「すみません、お待たせしました」俺は学園長に並ぶ。


学園長は「待ってないよ」とやんわり返し、こんなことを聞いてきた。


「お前、何で『攻撃学部』に願書を出したんだい?」学園長は正面を見て歩きながら話す。


 学園長は右手で杖をついており、孫と世間話をしているような口ぶりだ。並木通りの先には、エレナと試合をしたスタジアムが見えている。


「願書を出した理由ですか……」


 「理由は──」と答えようとする瞬間、あの日の惨劇が流れ込んでくる。すると本能的にかは分からないが、なぜか『敵討ちとは言いたくない』と思ってしまう。


「──強くなりたいから。俺が強くないと、皆んな死ぬからです」


 『皆んな死ぬから』スラっと出てくる物騒なワードは、俺の過去から引きずって来たものだ。言葉を選んでも、内包されている痛みは変わらない。俺の発言は、そういう真意すら表に引き摺り出すのだ。


何も出来ずに仲間の腑が飛び散る光景なんて、二度と見たくない。


「意外と素直な子なんだねぇ……。そうか、お前は弱いのか」


「……ずっと誰かに守られて生きてましたから」俺は空を仰ぎ見る。


 時にリーダーの背後、時に騎士の影、時に魔法使いの裏。パーティの前線に立つのはいつも俺以外。


早く気づけば良かったのに。誰か言ってくれれば良かったのに。


──俺は何も出来ないって。


しかし学園長は太陽を見上げて言う。優しい、優しい声で言う。


「お前は自分を過小評価しすぎだよ。お前レベルのヒーラーはそうそういない。だからこそ私はお前を入学させたのさ」


ああ。よく言われるよ。誰だってそう思うだろう?


「回復の力は『マイナスをゼロにする』だけです。幾ら努力したって、一点も貰えないんです。無意味なんです」


 俺は空なんて見てられなくなった。そして薄らとあった雲はやがて、太陽を覆う。


たしかに昔は癒すことが美しいと思っていた。


 特に10歳の頃はSランクパーティからスカウトを受けたので、その考えが染み付いていたと思う。ヒーラーとしての俺は最強なんだって。


 広がる曇天は、心にかかっているモヤのよう。さっきまで晴れていたのにさ……。


「そうかい?私はそんなこと無いと思うけどねぇ?」


学園長の間伸びした声が並木通りに薄く広がって行く。


「だってそうだろう?」と学園長は続ける。


「お前が、ヒーラーがいなかったら、みーんなすぐ死んじまうよ。私だって、何度も命を救われた。ゼロ点が皆んなを救うのさ」


 学園長は、俺を見てそう言った。シワシワで、細い瞳からは感謝の心が垣間見える。いつも皆んなはそういう目で俺たちを見てくる。別にそれが嫌だって話ではないんだけど、その顔を見ると悲しくなるんだ。


「俺はその顔を、その瞳を守れないです。痛みで歪んだ顔を元に戻すことは出来ても、その笑顔を継続させる力がありません」


「だーいぶ捻くれた子だ。さっきまで素直だったのに……」


「ハハッ。それが現実なんですよ。元に戻った喜びよりも、失った悲しみの方が何倍も苦しいですから。だから強くないといけないんです」


「強くねぇ……」学園長はため息をつくように呟いた。


 コツン、コツンと杖をつく音。俺は自然とその音に合わせて歩く速度を調整していた。


「弱者は、もがいて強くなるしかないんです」俺は足元を見て、現実を言った。


 その道しか残っていない。あの時、あのドラゴンに淘汰された俺はよーく知っている。


 目の前で仲間が焼かれ続ける様を見せられ、それでもなお、勝つために回復する。苦しむ仲間の命を、残酷にも繋げていく。


ヒーラーとして、あんなに惨めなことはない。


「……私はね、お前を強くすることは出来ない。けど、お前を攻撃学部に移籍させるための、試練なら与えられる」


学園長はゆっくり、俺を諭すように、魅力的なことを話す。


「移籍? そんな事可能なんですか?」


 学部の移籍、それは復讐のスタートラインに立てるということ。そして、俺が回復学部でどこに進めばいいかを定める指針。


 パァッと雲と雲の隙間から太陽が顔を覗かせる。差し込んでくる一筋の光は、俺の行く道を照らしているようだ。


「事例としては少ないけどね、過去に移籍した生徒はいる。その前にお前に見てほしいものがあって、そのためにここまで連れてきたんだよ」


学園長はゆっくりと話す。


「ここ、ですか」


 目の前にそびえるのは、かつてエレナと試合をしたスタジアムだった。


 外見は装飾の少ないドーム状の建物で、くすんだ白色が膨れ上がってスタジアムの屋根として機能している。


学園長はスタジアムの正面から、自動ドアを経由して入って行く。


俺もその後を追った。


 スタジアム内に入っても学園長は歩くスピードを緩めない。スタスタとカウンターを抜け、観客席へと入ってゆく。


 スタジアム内はギラギラと照明がついていた。観客席から見える芝生に数名の生徒が集まっているからだろう。


4名の女子生徒がいる。


彼女らはそれぞれ制服を着ており、全員が杖を持って集まっていた。それはヒーラーがよく使う、大きな杖。振り回すことさえ困難で、全長は俺の背の高さくらいの杖だ。


「学園長、あの人たちは何を?」俺は席に座ってから尋ねる。


「あの子たちは攻撃学部の生徒なんだけどね。ヒーラーになるために集まっているのさ」学園長も腰を下ろす。


 まさに俺みたいな願望があるのか。しかし俺とは反対にヒーラーを目指しているらしい。


 彼女たちも俺と同じ挫折を経験したのだろうか。タンクとして、アタッカーとして生きても回復が必要に。結局はないものねだりで、自分の足りないところを補いたいだけなのかもな。


「……ヒーラーになりたいんですね」


「ああそうだよ。でもね、彼女たちには決定的に足りていない『モノ』がある。何か分かるかい?」


「魔力・・・とかですか?それとも技術?」


「いいや」と首を振った学園長は、あの子たちに優しい笑顔を向けている。


 お婆ちゃんが孫に何か教えてくれるようだ。俺は孫じゃないけど、学園長の言い方がそういう風だった。学園長は、座ったまま両手を杖に乗せて話し出す。


「彼女たちを教え、導く人間。教師がいないのさ」


 『もの』ではなく『者』


 そうか皆んな誰かに教えられて強くなるんだよな。俺はエレナに剣術の指導を頼んだことを思い出す。俺も教師が欲しかったのか。


「それでね」と学園長は俺の方を見て話す。


「お前が彼女たちを教え、導いてほしいのさ。彼女たちの教師として。どうだい?」


その言葉を聞き、俺は顎に手を当てて少し考える。


 俺が教師? 正直、メリットもないし、教師をやれる自信もなかった。


「……報酬とかって用意してます?」


「あるよ」俺の言葉を聞いた学園長は服をゴソゴソと漁る。

 

 右胸ポケット(そこにはペンしかない)、ズボンの後ろポケットと探して、結局は服の内側から紙が出てきた。


「ここにハンコを押してやる」


 学園長が見せて来た紙には、『学部移籍』の文字の隣に『推薦書』と書かれている。


「ほう?コイツが表す意味とはズバリ?」


「学部移籍には、教師1名と一定以上の成績を保持している生徒5名。計6名の署名が必要なのさ」


「そして」と学園長はフィールドにいる女子生徒たちを指差す。


「彼女たちはここに署名することが出来る、『数少ない』生徒さ」


『数少ない』の部分を強調して学園長は言った。


 つまり、学園長が先生枠。あそこにいる女子生徒4名が生徒枠。ひい、ふう、みい……。ダメだ、1人足りない。


学園長はまだ続ける。


「そしてさらに、『エレナ・ブラックバーン』。さっきお前と仲睦まじくしておったお嬢さんもここに署名できる」


 トントン拍子で話が転がり込んでくる。都合の良すぎる展開と、用意周到は紙一重。おそらくは後者であろうこの状況は、学園長の掌の上ということだ。


「どうだ? お前にとってかなりいい報酬だと思うのだが・・・」


 完全にココロを掴まれる。しかも教えるのは得意な回復学? ここまで好条件が揃うこともまずない。


「アストよ、こんなチャンスは二度とないぞ? 後で後悔しても私は知らんからな?」


婆さんの戦略は実に多彩。精神的な部分を的確に揺さぶってくる。


「やります! あの子たちを導きます!」俺は安易に判断を下した。


「ようし、いい子だ。素直な方がアタシャ好きだよ。ほら、ここにサインしてくれ」


 婆さんがまた服の内側から紙を取り出す。そして入念なことに、胸ポケットにはペンが刺さっており、それも手渡してくる。


「……こうでいいですか?」


俺はしっかりと『アスト・ユージニア』とその紙に書き残す。


「バッチリだよ。じゃあ今から頼むね」


ん?


どうしてアンタは杖を持ち上げるんだい? そして何で俺に向けるんだい?


──ドロップ・二人称


パン!


 俺は今、何故か空を飛んでいる。天と地が逆転し、さっきまで座っていた椅子が逆さまになって瞳に写されている。

 スローモーションに流れる時間の中でよぎったのは、川の向こうで手招きしているかつての仲間たち。


久しぶ──



 俺は気がついたら、芝生の上で寝転んでいた。目が覚めると、周りに4人の美少女。


「あーっ起きたよ! キミ、大丈夫?」


 黄色いゆるふわロングの少女が1番最初に声をかけてきた。快活な少女は初対面から距離感が近く、人見知りという言葉を知らないらしい。


「全く、学園長も手荒ね」


 肩まで伸びたセンターパートの少女は愚痴っている。凛々しく冷えている言葉尻にも、人間としての温かさが残っているいい子だ。


「イッテェ。俺、頭から落ちたの?」俺ゆっくりと体を起こして周りを見渡す。


途中で「大丈夫?」と黄色い髪の子が背中をさすってくれた。


「わっ、私のヒール、大丈夫ですか? もっ、もし貴方に何かあったら……」


 緑色のショートボブの子がオドオドして聞いてくる。俺は全身を触って確かめる。異常は特になかった。


「ありがとうございます。なんとも無いですね」


「よかったぁ」と彼女は胸を撫で下ろした。


「『ヒーラー』として当然だよー。ね? マリオン?」


ホワホワと話しているのは桃色の髪をしたセミロングの少女。


……これで全員かな?


 俺はスタッとその場に立つ。ちょうど4人全員が俺に注目しているし、声も出しやすくなったな。


俺には全員が視界に入っている。


左から少女たちの髪の色は、黄色、青色、緑色、桃色。


それでは第一声。


「今日から俺が先生です」

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