第13話 最終奥義
翌朝になり、新右衛門が起きると既に卜伝は支度をしており、頭に白い鉢巻を巻いていた。
(先生、俺と本気で立ち会う気なのか……)
新右衛門は卜伝の本気の表情を見て、自分の体の中に緊張感が走るのがわかった。
卜伝と新右衛門が湖に向かうと、鬼道丸、椿、スミレの三人が待っており、少し大きめの船で湖の真ん中に浮かぶ孤島に向かった。
「新右衛門よ! 島に着いたら試合開始だ! そこからは本気で来なさい! お前が少しでも手を抜いたら私は躊躇なくお前を殺す!」
卜伝はそう言うと、新右衛門に真剣を渡した。
「先生、これは真剣……。これでは殺し合いになってしまう……」
「お前は木刀稽古でもするつもりで来たのか? これは最終奥義の伝授と言っただろ! 覚悟を決めろ!」
新右衛門は卜伝を尊敬していただけに殺し合いだけは避けたいと思っていたが、卜伝の本気の気迫を感じ覚悟を決めた。
湖の孤島に船が着くと、新右衛門は先に船から降りて、島の中央部まで進み、刀を抜いて素振りを始めた。
(卜伝先生が降りて来たら、決闘が始まる……)
新右衛門は緊張しながら、卜伝が降りてくるのを待っていたが、船は島を離れて、帰って行ってしまう。
「卜伝先生! これは一体!」
「新右衛門よ! これが最終奥義だ! 我が流は無手勝流、刀を抜くのは未熟な証拠である! 新右衛門、戦わずして勝つ、これこそ究極の奥義である! しかと伝授したぞ!」
卜伝は茫然とする新右衛門を見て、大きな声で笑い、船に乗って帰って行ってしまった。
「まんまと嵌められたわ! 確かにこれでは勝てぬ! 塚原卜伝、正に古今無双の剣豪なり!」
新右衛門はその場に大の字に倒れ、大声で笑い、大声で泣いた。
10日間の師弟関係であったが、新右衛門は卜伝から本当に大事なモノを伝授されたのであった……。
「先生、これでよかったのですか?」
「鬼道丸、もうまもなく私は死ぬ。可愛い愛弟子と悲しい別れはしたくないのだ。それよりもお前は新右衛門に本当のことを伝えなくてよいのか?」
「あれはいずれ元の世界に帰る身、余計なことを考えさせない方がよい」
「ふ、強情な奴め……」
この言葉を最後に塚原卜伝はこの世界での人生に幕を閉じた。
塚原卜伝、真剣の試合19回、戦場の働き37回、討ち取った敵は212人、数々の真剣勝負を行い生涯無敗の剣豪であった。
そんな卜伝も命のやり取りという剣の道に悩み苦しみ、晩年は『剣は人を殺める道具にあらず、人を活かす道なり』と平和を貫いた真の剣豪であった。
卜伝が授けた最終奥義は新右衛門に確かに受け継がれたのであった……。
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