その6

「よし」


 少し考え、俺は飛んでみた。岩石の上まで舞い上がる。岩石の上に鳥が止まったりしていないことを確認してから、俺は右腕を振りあげた。


「ふん!」


 俺は右拳を岩石に叩き落とした。直後にけたたましい音を立てて岩石に大穴があく。そのまま派手にひび割れ、岩石が半分に割れた。ずずーんと音を立てて割れた半分が地面に転がる。


「なるほどな」


 人間の姿でも空を飛ぶのに不自由はないし、これくらいのパワーはだせるか。何か面倒ごとに巻き込まれても、本来の姿で大暴れする必要はなさそうである。


「おーすごいすごい」


 地面に降り立った俺に、俺の横でサリー姉ちゃんがパチパチと拍手した。


「パワフルね。大したもんだわ」


「王都に行ったら、何か力仕事をして働いてみるよ」


「あ、王都に行く予定なんだ?」


「一番人間が多いからな。いろいろ学べることもあるだろう」


 俺が王都までドラゴンの姿で飛んで行かなかったのは、そんなことやったら大騒ぎになるのが簡単に想像できたからである。となると、あとは地味に徒歩しかない。


「それで、名前はどうするの?」


 つづいてサリー姉ちゃんが訊いてきた。言われて気づいたが、ドラゴンのときの俺の名前は使えない。人間に発音できないからである。前世の名前――は、あくまでも前世の名前だ。こっちの世界でひきずってても意味がない。


「そうだな」


 少し考えてから、俺はサリー姉ちゃんのほうをむきながら背後の山を指さした。


「俺たちが住んでいたあの山って、このへんの人間はなんて呼んでるんだ?」


「カタースタート山脈だけど?」


 カースト制度とカタストロフをくっつけて、カスタードクリームを乗っけたみたいな名前がきた。


「そうか。じゃ、これから俺の名前はロン・カタースタートだ」


「ふうん」


 俺の言葉に、横をゆるやかに飛んでいたサリー姉ちゃんが小首をかしげた。


「ロンってロナルドのニックネーム?」


「中国語の、ドラゴンって意味だよ」


「あ、九龍のロンか」


「アクセントは適当だけどな」


 日本語でリュウだのタツだのと名乗るのは、さすがに少し抵抗があったのである。ロンなら、こっちの世界でも普通の名前で通るだろう。そのまま歩く俺を見ながら、おもしろそうにサリー姉ちゃんが話をつづけた。


「じゃ、私、これからはしばらくロンと」


 と言いかけて黙ってしまった。なんだと思って目をむけると、サリー姉ちゃんが不愉快そうな顔をしている。


「どうしたんだ?」


「いま、天界から連絡がきたのよ」


 先輩の神様たちが放つ緊急信号みたいなものを感知したらしい。サリー姉ちゃんが顔をしかめたままこっちを見た。


「ごめん、またしばらく天界に戻るから。なんか問題が起こったみたいで」


「あ、そう。じゃ、また」


 俺が手を振ると同時に、サリー姉ちゃんの姿が見えなくなった。瞬間移動で天界に帰ったらしい。


「さてと。ここから先はひとり旅か」


 とりあえず、俺はひたすら王都を目指して歩くことにした。

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