その5
2
「とりあえず、着るのはこれでどうだ?」
里をでる日、族長が俺の前に人間の服と靴を持ってきた。
「ほら、人間の姿で裸はまずかろう?」
「ありがとうございます」
俺は礼を言って受けとった。なんだか豪華な感じの服である。
「あの、これはどういう」
「昔、魔界大戦ってのがあってな。いまは休戦協定を結んどるから魔王軍もおとなしくしとるが、あのころはごちゃごちゃやっとったんじゃ。儂らもずいぶんと数を減らされたし」
俺の質問より先に族長が説明をはじめた。
「で、魔王軍の手でアンデッドになったスケルトンの兵隊がここまできたことがあってな。あのときは適当に片付けたんだが。その服は、その兵隊のなかの偉そうな奴が着てたもんだ」
「はあ」
するとこれは死人の服か。
「川の水で洗って陰干ししておいたから、不愉快な匂いはせんと思うぞ」
「大丈夫です。特に臭いってことはありません」
「そりゃよかった。――それにしてもなあ」
俺を見降ろしながら、族長が少し心配そうに言ってきた。
「おまえにも社会勉強は必要だし、儂らにも子離れは必要なんだが、いざそのときとなると、やはり寂しいもんだ」
族長が首を伸ばして俺に顔を近づけた。
「服以外に、何か欲しいものはあるか?」
「えーと」
少しだけ考えてみたが、何も思いつかなかった。そういえば両親の寝どこにも金貨とか宝石とか剣とか盾とか鎧とか、過去にどこかで行き倒れたらしい冒険者の遺品が転がっていたが――キラキラ綺麗だから集めたんだそうだ――あれをもらうのはやめておこう。これから人間の世界へ行くんだから、自分で働いて稼がないと。
「これだけで十分です」
族長に言ってから、俺は両親を見た。やっぱり心配そうな感じで俺を見ている。
「ファイアーブレスだけじゃなく、プラズマブレスの吐き方も教えたし、人間の国を十個ぶっ潰しても息切れしないくらいには体力もつけさせた。手足がちぎれても瞬間再生できる程度の魔力もある。だから、まあ、滅多なことはないと思うが、それでも不安にはなるな」
親父が俺を見降ろしながら言ってきた。お袋が隣でうなずく。
「ここが懐かしくなったらすぐに帰ってきていいんだぞ」
「それに、あなたはまだ身体も大きくないんだし、あまり遠くへは行かないようにね」
「ありがとうございます」
俺は素直にうなずいておいた。いまの俺は、たとえ地球の反対側にいてもここまで戻ってくるのに一時間かからないんだが、それはいいとするか。
「じゃ、行ってきます」
俺は族長と両親から背をむけ、ドラゴンの里をでた。
「で、これからどうするの?」
山のふもとまで降りてから人間の姿になり、服を着て靴を履いて歩きだした俺に、後ろから聞き覚えのある声がした。振りむくとサリー姉ちゃんがいる。
「きてたのか」
「家族のお別れだから、水差しちゃいけないと思って遠くから見てたのよ」
嬉しいことを言ってくれる。よく見たらサリー姉ちゃんはふわふわ宙を浮いていた。いま俺が歩いているのは、人間の統治が行き届いてない、デコボコの荒れ地だからな。
「それにしても、このサイズで歩いてると、いろいろ邪魔に見えてくるもんだな」
俺は歩く先にそびえる岩石に近づいてみた。地殻変動で冷えたマグマの塊が地上に隆起したものらしい。修学旅行で見た奈良の大仏くらいある。五十メートル超えの親父に比べたら三分の一くらいだったが、人間の感覚で言ったらでかいほうだった。
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