その7
脳を半分だけ眠らせて、残り半分の脳で行動するっていう、イルカやクジラがよくやる半球催眠と同じこともできるから、一日二十四時間ぶっ通しで歩きつづけて一週間目の朝、俺は人間の統治する領域に入りこんだ。いままでの荒れ地ではない。明らかに人間の手で加工された通りがある。馬車道だな。これはありがたい。ここから先はかなり歩きやすくなる。
「もし馬車と出会ったら乗せてもらうか」
それから半日ほど歩いたが、残念なことに馬車とは出会わなかった。
代わりに出会ったのは、出現するはずのない、質の悪い害獣だった。
「キャ――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
突然のかん高い悲鳴を聞き、俺はなんだと思いながら走りだした。サリー姉ちゃん以外の人間――正確にはサリー姉ちゃんも人間じゃないんだが、とにかく人間の声を聞いたのは、こっちの世界に転生してからはじめてだったのである。
少しして、俺は開けた場所に到達した。前方に、紅蓮の肌の、ヤギみたいな顔したくせに、ゴリラみたいな上半身で、ライオンの首から下みたいな下半身の巨大な獣が立っていた。
「あ、助けて!」
さっきの悲鳴と同じ声がした。見ると、若い少女が立っている。このお嬢さんか。
「助けてとは簡単に言ってくれるな」
仕方なしに俺は駆けよった。この赤いの、レッサーデーモンだぞ。レッサーと言っても、もっと強いのに比べて弱いから人間がそう呼んでるだけで、実際は象と同じくらい力があり、虎と同じくらい獰猛だと族長は言っていた。
ただ、俺のほうがずっと強いとも親父は言っていたが。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
また敵意満面の形相でレッサーデーモンがこっちをむいた。こりゃ、話しても無駄だな。そもそも言葉が通じるかどうか。考えてる俺にむかって、レッサードラゴンがどしんどしんと地響きをあげて突っこんできた。一応、初の実戦である。俺は全身を魔力障壁で覆いながらかまえた。レッサーデーモンが俺に両手を伸ばしてくる。その爪が俺の身体に触れかけ、そこで動きが止まった。それ以上は爪が食いこんでこない。
「やっても無駄だぞ」
俺はレッサーデーモンに近づいた。それだけでレッサーデーモンが後ろに押し返される。魔力障壁が不可視の盾になってるとわからないらしく、レッサーデーモンが相変わらずの雄たけびをあげながら俺に噛みつこうとしてくる。何もしなかったら俺がやられてたな。これは正当防衛だ。自分の行為を心のなかで正当化しながら、俺は右腕を振りあげた。
「ごめんよ」
俺は右腕でレッサーデーモンの顔を横むきに殴り飛ばした。頭蓋骨粉砕。そのままレッサーデーモンの首が肩からちぎれて飛んで行った。
次の瞬間、レッサーデーモンの全身が黒い煙のようになって霧散した。アストラルボディがどうとかってレベルの存在だから、魔界に逃げ帰ったんだろう。多少は傷ついても、死んではいないはずだ。――と、俺は思うことにした。
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