その3

 それから、とりあえず三年ほどがんばってみた。ありがたいことに時間だけは腐るほどあったし。俺が長生きしたいってサリー姉ちゃんに願いでて、それでドラゴンに転生したんだから当然なんだが。族長なんて、


「儂が若いころ、でかい流れ星が落ちて世界が冬になるのを見たことがあるぞ」


 こんなことを言ってたから、最低でも六千六百万年近以上は生きている計算になる。ちなみに、そのときは派手に土砂が舞い上がって昼でも夜みたいに暗くて楽しくないから地球を抜けだして、しばらく金星で日光浴をしていたそうだ。星の位置はこの世界も前の世界も変わらないらしい。


「あ、完璧だわ。どこから見ても普通の人間ね」


 魔力で人間の姿になった俺を見て、サリー姉ちゃんが笑顔で拍手してきた。最初は「人間の形をしてるけど、身長五メートルくらいあるわよ」、「リザードマンみたいになってる」、「ドラゴニュートだったらそれでいいかもしれないけど」なんて言われてたんだが、やればできるもんだ。無理矢理身体を圧縮してるからちょっと息苦しかったが、それも慣れたし。


 それはいいけど、裸ってのはどうも恥ずかしい。


「ただ、前世と同じ顔のままってのはどうもね」


 ドラゴンのときは裸でも平気なんだがな、と思いながらそのへんの葉っぱで股間を隠す俺に、サリー姉ちゃんが近づいてきた。


「わかると思うけど、このあたりにアジア人はほとんどいないから。前世のままの顔だと、たぶん変な目で見られるし」


 言いながらサリー姉ちゃんが右手を伸ばした。俺の額に触れる。


「そうね」


 サリー姉ちゃんが言うと同時に、俺の顔がちょっと熱くなった。すぐにサリー姉ちゃんが手を離す。


「うん、そうそう、こういうのがいいわ」


「はあ」


 訳がわからずに返事をしながら、俺は近くの小川まで行ってみた。のぞきこんでみる。――金髪で青い目の、なかなかのイケメンが映っていた。こりゃサリー姉ちゃんの趣味だな。


 まあ、金髪美形はサリー姉ちゃんも同じだし、この世界では、これがスタンダードなんだろう。


「あとは人間の言葉も学習しなくちゃね」


 服はどうするかな、なんて思っている俺に、つづけてサリー姉ちゃんが言ってきた。


「え、ちょっと待ってくれ。いまの俺の言葉って」


「ドラゴンの言葉に決まってるでしょう。私だって、そういう言葉で話してるし。人間の世界に行ったら、それじゃ通用しないからね」


「そうか。じゃ、これからはそっち方面もがんばってみるよ」


 というわけで、俺のトレーニングには人間の言葉を覚える勉強の時間が追加された。講師はたまにくるサリー姉ちゃんではなくて、やっぱり俺の一族の族長である。


「冷静に考えたら、確かに人間の言葉を教えてなかったな」


 族長が笑いながら言ってきた。


「じゃあ、これからふたりきりのときはずっと人間の言葉で話をするとしよう。習うより慣れろだ」


「人間の姿になることもそうでしたが、族長様のご好意には心から感謝いたします」


 俺はなるべく礼儀正しく頭を下げた。


 人間の言葉と文字は英語に似ていたが、やっぱり覚えるのに三年かかった。もちろん魔力をあげる修行も欠かしてはいない。おかげで俺は空を飛ぶ速度も上昇した。翼をはためかす必要はない。俺たちは翼で羽ばたくのではなく、魔力で空を飛んでいたのである。冷静に考えたら、俺たちみたいなのが羽ばたいて空を飛ぶなんて、まともな航空力学じゃ説明のできない現象なんだから、これも当然の話だった。

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