第一章
その1
第一章
1
で、それから特に問題はなく十年がたった。サリー姉ちゃんは宣言通り、一ヶ月に一度くらいのペースで、定期的に天界から俺に会いにきてくれている。最初はドラゴン族の族長や両親も怪訝な顔でサリー姉ちゃんを見ていたが、そのうち慣れてきたらしく、親密に話をするようになった。
ただ、今日は特別だった。
「そういうわけで、この子の前世は人間で、しかも、そのことを覚えているんです」
今日は、俺の素性を一族に説明する日だったのである。前々からサリー姉ちゃんと、いつか話すって約束をしてはいたのだ。やはり緊張するが。湖畔に集まったドラゴンたちが、驚いたようにサリー姉ちゃんの話を聞いている。
「いままで黙っていたのは、このことを先に知っていると、この子の育て方に何か悪い影響がでてしまうかもしれないと思いまして、それで説明するのを先延ばしにしていたのです」
「なるほど、そういうことでしたか」
俺の向かいに立っていた族長が納得した顔で言いながら、俺にちらっと眼をむけた。
「このちび助が生まれたときから、なんでか女神さんが以前より頻繁にいらっしゃるようになって、ちび助と仲良く話をしてるから、どういうことかと思ってたら」
「前々から、少し変わった子だとは思っていたんですけどね」
これはお袋の言葉である。親父もすぐ隣で俺を見ていた。ちなみにこの時点で、俺の身長は十メートル、両親は五十メートル超え、族長は百六十メートルあった。どう逆立ちしたって俺は族長にも両親にも勝てない。「前世が人間のドラゴンなんて認められるか!」なんてことにはならないでくれよ、と思いながら俺は族長たちの反応を見ていたが、ありがたいことにそんな物騒な方向へ話は転がらなかった。
「話はわかりましたが、これからも、このちび助は儂らの一族として扱いますので」
「五百年ぶりに生まれた子宝ですからな」
族長と親父が言い、うんうんとうなずいた。陽光を反射し、全身の鱗が黄金に輝く。俺はゴールデンドラゴンという種族だった。俺は前世がアジア人で黄色い肌だったから、これも分相応だろう。――と、最初は俺も思っていたのである。あとでゴールデンドラゴンが、数あるドラゴンのなかでも最強、最上位種族だと知ったときはかなり驚いたが。
ちなみに昔から神々とは親交が深くて、友好条約も結んでいるらしい。
「そう言ってくれてほっとしました」
俺の横でサリー姉ちゃんが笑顔になった。
「では、これからも、ゴールデンドラゴンの皆様と、私ども天界の間での友好関係は結ばれたままということで」
「あのう」
サリー姉ちゃんにつづいて俺も口を開いた。サリー姉ちゃんが不思議そうに俺のほうをむく。ここから先は、サリー姉ちゃんにも話していない。俺が前から心に決めていたことだった。
「それで俺、実は人間の世界に行きたいんだ」
「ほう?」
と、族長が興味深そうな声をあげた。
「え?」
こっちはサリー姉ちゃんである。
「それはどうしてなのだ?」
「なんだってまた?」
ふたりして訊いてきた。仕方がないので、自分を指さす。
「だって俺、人間だった前世のことを覚えてるから、人間が恋しくてさ。また人間の生活を送ってみたいんだよ」
これが社畜のおっさんとかひきこもりの転生だったら人生を真面目にやり直したいなんて言うところだろうが、俺は普通の学生だったし、学生生活に何か不満があるわけでもなかった。ただ、純粋に人間社会へ行きたかったのである。
「そういうものなのか」
親父が前足を人間の腕みたいに組みながら俺を眺めた。
「おまえがそう言うんだったら、そりゃ、しょうがない話だが」
「でも、おまえが人間の世界に行ったら、みんな怖がるんじゃないかしら」
お袋が、ちょっと心配そうに言ってくる。そりゃ、人間は怖がるだろう。
「だから俺、人間の姿になりたいんだけど」
「なるほど」
これは族長の言葉だった。少し考えこむ。
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