その3
「冷静になってから気がついたんだけど、いくら女神になったって言っても、ずっと上の先輩が何人もいるわけじゃない? だから私なんて、女神のなかでも一番下っ端。それに、女神だから偉そうにしてられるのかって言ったら、そうでもなくてさ。転生関係の職務に空きがあったって話になって、こっちにまわされて」
いやなことでも思いだしたのか、サリー姉ちゃんが、ち、と舌打ちした。女神になっても性格は小百合姉ちゃんのままらしい。
「それで、死んだ人間の相手をする相談窓口って言ったらいいのかな。こんなことやってるわけ」
「そうなんだ」
女神の世界も楽じゃないらしい。俺が同情してるって気づいたのか、サリー姉ちゃんが咳払いをした。
「私のことはどうでもいいのよ。なっちゃったものは仕方がないし、一応は仕事もあるんだから、ニートよりはましでしょうしね。ただ、転生関係であなたがきて、しかも私が担当をするとは思わなかったわ。あなたもガチャ引いたわね」
「べつに引きたいと思ったわけじゃないんだけど」
「そんなこと言うもんじゃないわよ。あなた、かなりラッキーなんだから。本当なら前世の記憶はすべて消去して、新しい命を歩くはずなのに、それを忘れないで人生やり直しができるなんて、滅多にないことだし。選ばれたんだから喜んでおきなさい」
「あそ」
「それで、何か希望はある?」
あらためてサリー姉ちゃんが訊いてきた。
「元は親戚だったんだし、なるべく優遇してあげるから。本当なら叶えられる希望は一個だけなんだけど、三個くらいいいわよ」
なんだか、ずいぶんありがたいことを言ってきてくれた。
「そりゃ嬉しいけど、いいのか?」
「このへんは担当者の裁量次第ってことになってるからね。上が何か言ってくるかもしれないけど、一個は普通に希望をかなえました。残りふたつは偶然にも転生した環境と相手の願いが一致しました。なんて返事しておけばいいし」
「ふうん」
たぶん、普段から上の神様たちにいろいろ言われてストレスが溜まってるんだな、と俺は思った。サリー姉ちゃんが笑顔で腕を組む。
「それに、前世でも、あなただけは私を笑ったりも馬鹿にしたりもしなかったからね。これはお礼だと思っておきなさい」
「そりゃどうも」
俺は過去の自分に感謝したくなった。善行は積んでおくもんだな。
で、俺は少し考えた。
「それじゃ――」
「先に言っておくけど、神になりたい、はやめておきなさいよ。雑務を押しつけられて面倒だから」
俺が言う前に釘を刺されてしまった。となると、何がいいんだろう。あらためて考えこむ。――サリー姉ちゃんの外見と服装、職業から、転生する先がどういう時代でどういう世界なのかはだいたいの想像がついた。貧乏人に生まれ変わったらかなり苦労するはずである。というか、そんなのに生まれ変わりたくないし。
「そうだな」
俺はサリー姉ちゃんを見すえた。
「まず、飢え死にしない立場がいいな」
「ふむふむ。それはなんとかなると思うわ。次は?」
「とりあえず長生きしたい」
俺は十七歳だった。それでまた死ぬなんて冗談じゃないし。俺の前でサリー姉ちゃんがうなずく。
「それもなんとかしておくわ。三個目は?」
「えーと」
どうするかな、と俺は思った。
「じゃ、健康な身体とか、強い身体とか、そういうのがいい。長生きできても病弱だったらおもしろくないし、飢え死にしない立場でも、何かあって暗殺者に狙われて怯えながら生きるなんてストレスがたまるし」
「なるほどね、わかったわ」
サリー姉ちゃんがほほ笑んだ。
「じゃあ、何か妥当な転生先があったら、そこにまわしておくから」
「そりゃどうも」
「それから、転生したあとも、ときどき遊びに行くからね。私、天界と物質界を瞬間移動で自由に行き来できるし。ちゃんとアフターケアもしてあげるんだから感謝なさい」
「それについても礼を言っておくよ」
「じゃあね」
この言葉を最後に、俺の視界が白く輝いた。
次に目が覚めたとき、俺はどこかの山脈に住むドラゴンになっていた。もちろんドラゴンだからと言って無から生まれたわけではない。俺はドラゴン族の末っ子になっていたのである。確かに強い身体に違いはなかった。
「そういえば人間に生まれ変わりたいって言ってなかったっけ」
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