第3話『幼き日を思い出して』



  スノニュー2番目の月26



 何がいいかな。……お菓子かし? いやいや。食べたらなくなるものを贈っても、手元に残らないじゃん。……食べ物はやめておこう。他の物だと何が良いのかな。植物が好きだから花束とか? うーん、これもれちゃうからダメ。ドライフラワー? これもなんか違う。色味も生きている花に比べたらおとっているから嫌だ。


「…………」


 決まらないよー!


 数日前から私は、フェネルの誕生日におくるプレゼント選びに頭をなやませている。今日はスノニュー26で、フェネルの誕生日はシェロン4番目の月1。5週も先のことなのに、もうこんなことを考えてしまっている。


 ……気が早すぎるかな?


 なんでこんなことになっているのかというと、フォレスフォードを出ていってから初めてフェネルの誕生日にプレゼントを贈るからだ。最後にプレゼントを贈ったのは7年前、12歳の誕生日の時だ。実に7年ぶりにプレゼントを贈ることになる。

 19歳は、この世界では成人としてあつかわれている年齢。だから、きちんとしたプレゼントを選ばなければと思う。

 でも、私には他に誕生日プレゼントを贈る相手は親くらいしかいない。親が喜ぶものとフェネルが喜ぶものも違うだろう。そもそもフェネルと両親とでは年齢が倍以上違う。


「時間がいくらあっても足りないよ……」


 今日も結論が出ることはなかった。



  スノニュー27



 結局、昨日も結論を出すことはできなかった。いつも通りにほこらに行って天候預言をする。

 預言を終わらせてここからは自由に動けると一安心していると、思考の邪魔じゃまが入る。


 もう、こんな時に来ないでよ……。でも……むしろありがたい、のかな? いいこと、思い付ける……かも?


 「おはよぉー」


 挨拶あいさつの言葉と共に、フェネルが樹冠じゅかんの祠に侵入してきた。毎月きっちり私の預言が終わる頃を見計らってやってくる。

 

「ここから入ってこないでよ!」

「ここじゃないと、どこにいるかわかんないんだよぉ……」


 といつもの調子でお決まりとなりつつあるやり取りを交わしてから長い螺旋らせん階段を下りる。


 階段を下りる途中は、代わり映えしない景色をながめていても仕方がないからいつもフェネルと会話をしている。これだけ長い距離を無言で歩くのは気まずいと思うし何より私が嫌だ。


 今日はなおさら――嫌だ。


 仕事でフォードにやってくるようになって、祠に空中から侵入してくるようになってからはフェネルは決まって私の後ろについて階段を下りる。

 そうすると当然、前を向いて話すわけにもいかない。階段から落ちないように気を配りながら時々後ろを向いて話す。

 後ろの方を見るとフェネルはいつもの位置、私の1段上にいる。フォレスフォードにやってくるようになってからはずっとこの距離を保ちながら階段を下りている。


「最近なんか気になっている物とかある?」

「んー……。あんまり、ないかなぁ」


 それとなく探りを入れようと頑張がんばってみるけれど、フェネルからは全く手掛かりがつかめない。フェネルは全く悪くないけれど、こんな感じに綺麗きれいかわされてしまう。私はフェネルの好みが聞きたいだけなのに。でも、直接聞くわけにもいかない。サプライズの意味がなくなってしまうから。


 ……もどかしい。


 私なりに頑張ってみたけれど、フェネルが喜びそうなものの情報を聞き出すことはできなかった。すべての質問が自然に躱されてしまった。


 なにか、なにかないの? フェネルが好きなもの。……わからない。私にはわからないよ。今のフェネルが、喜ぶもの。


 私の知っているフェネルは12歳までのフェネル。シェロンに19歳になるフェネルのことを、私は知らない。6年間の空白は思っていたよりもとてつもなく大きいものなのかもしれない。


 なにかないの? なんでもいい。なんでもいいの。本当になんでもいいから……。


 もうすぐこの長いはずの螺旋階段も終わってしまう。一縷いちるの望みにけて後ろを見る。すると、フェネルが手に持っているランタンが目に入った。

 ランタンは所々錆びていたり塗装とそうげていたりして、年季が入っているのがわかる。


 ……!! これだ!


 ほぼ瞬間的に答えが舞い降りてきた。ランタン。それは、夜間飛行の必需品ひつじゅひん頑丈がんじょうで長く使ってもらえそうなもの。そして何より――なくならないもの。

 12歳のフェネルはほうきで空を飛ぶのが好きだった。それは18歳の今でも、19歳になっても変わらない。変わっていない。今もこうして毎月1度、箒に乗ってフォレスフォードにやってくるのだから。


 長い螺旋階段の終点で大きな手掛かりを得てフェネルと別れる。

 ランタンならきっと、フェネルは喜んでくれる。



  スプルーン3番目の月1



 ランタンをプレゼントしようと決まったはいいものの、そこから先に進めない。ただランタンを贈るだけでは何がか違う。なんというか、物足りない。せめて何かでかざりたい。飾りたいのだけれど……。


 もっとなにか、こう……ちゃんとしたもの。想いを込めたものがいい。


 頭を悩ませながら集落の中をぶらぶらする。天候預言の仕事が終わったら集落に降りてぶらぶらする。かれこれ数日の間、これを繰り返している。


 こうして集落を歩いていると色んな植物が目に入る。大樹海の樹々や鉢植えの花。小さな水場の植物に小さな畑の作物など大樹海と集落は植物に満ちている。

 だけれど、これだ! っていうひらめきを与えてくれるものは見つからない。


 ふと、うすい黄色のもこもこが目に入る。足を止めてそれを観察すると、黄色いもこもこは小さなバラの花の集まりとわかる。


 かわいい。


 不思議とフェネルの顔が頭に浮かぶ。薄い黄色でたくさんくっ付いて花がいている様子は、一緒に遊んでいたころの私たちみたいだ。


 花も小さくて飾りに丁度よさそうだし、何よりかわいい。


 あてもなく集落を歩くのも新しい発見があっていいのかもしれない。無機質なランタンを飾る花としてこれ以上なさそうなものを、見つけた。



  スプルーン2



 いつものように天候預言を済ませてから、昨日見つけた小さなバラの花を1輪だけんでいく。これからする注文のために。私はこの花の名前を知らないから、言葉で説明のしようがない。こういう感じしてて欲しい、というのには言葉で説明するだけよりも実物があったほうがいい。花を摘むと、ランタンに装飾そうしょくを施してもらうために集落の鍛冶屋かじやに向かう。




「すみません。ランタンに装飾を願いしたいのですが」

「いいけど、どんな飾りをつけるんだい?」

「これをいくつか付けてほしいんです」


 私は新品のランタンとさっき摘んだばかりの小さなバラの花を差し出す。

 鍛冶屋のおじさんは、しばらくその花を見つめてから口を開く。


「もちろん、お安い御用だよ。……だけどおじょうちゃん、これは誰かに贈ったりするのかい?」

「ええ、そうですけど。何か、変ですか?」

「いいや、素敵なことだと思うよ。問題なのは、この花だよ」

「この花、何かおかしかったりするんですか?」

「場合によっては、かなぁ。お嬢ちゃん、花言葉って知っているかい?」

「ええ、いくつかは知っていますけれど」

「この花の花言葉、知っているかい?」

「この花の名前がわからないから、知らないです」

「この花は、モッコウバラって言うんだ。『幼いころの幸せな時間』って意味があるんだよ」


 ……!! 最初にこの花を見た時に思ったことって、そんなに間違っていなかったんだ。


「どうしたんだい? お嬢ちゃん。固まっちゃって」

「とても丁度いいものだったので、びっくりしてしまって」

「そうかいそうかい。今回はたまたまよかったけど、人に花を贈るときは注意したほうがいいよ。特に、花が好きな人に贈ったりするんなら、尚更なおさらね」

「助言、ありがとうございます。花好きの友人がいるので助かります」


 そのあとは、装飾のイメージや使う素材を鍛冶屋のおじさんと話し合って決めていく。大切なプレゼントとはいえ私の財布には小さくはないダメージが入る。値段と見栄えを天秤てんびんにかけて慎重しんちょうに装飾を決めていく。


「2週間もあれば装飾ができるだろうから、またそれくらい経ったらここにおいで。お代は、その時にね」

「わかりました。ありがとうございます」


 一通りの注文が終わると鍛冶屋を後にする。あとは出来上がりを楽しみに待つだけ。


 フェネルにはきっと届いてくれると思う。植物が好きだからきっとこの花言葉も理解できるし気付いてくれると思う。昔のことを思い出してくれるかは……わからないけれど。



  スプルーン17



 今日は鍛冶屋に頼んだランタンを見に行くことにする。あれから丁度2週間が経過した時期だし、そろそろ出来上がっていることだろう。

 鍛冶屋に足を運ぶと、注文しに行ったときに対応してくれたおじさんがいる。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん。注文のランタンは出来上がっているよ」

「どんな感じですか?」

「今持ってくるよ」


 戻ってきた鍛冶屋のおじさんは、縦長の箱を持っている。


「これ、ですか?」

はだかのまま渡すのはしのびないから、質素なものだけど箱を用意したよ」

配慮はいりょをありがとうございます」

「こんな感じで仕上げたけど、気に入ってもらえるかな?」


 おじさんが箱からランタンを取り出す。少しずつその全貌ぜんぼうが明かされてゆくランタンを、私は食い入るように見つめる。


 注文をしたときには黒色をしていたランタンは金色に姿を変えた。黒い部分を真鍮しんちゅうにしてもらって、その上に金メッキを施してある。


 細かいところに目を移すとモッコウバラの花が何輪か咲いている。小さなその花はランタンを豪華に見せるわけでもなく、それでいて主張が薄いという訳ではない。ひかえ目な主張で見事に金のランタンと調和している。アクセントで加えらたモッコウバラの枝葉もランタンとモチーフの調和に一役買っている。


 あまり豪華な感じで目立つようなものではない。それでいて質素な感じもしない。日常の中に溶け込んでささやかないろどりを与えてくれそうなランタン。そんな、私の思い描いていた品がそこにはあった。


「わあ、凄い……!」

「気に入ってもらたようで良かった。これで完成だな」


 おじさんはランタンを箱に戻すと私に差し出す。私はそれを受け取り、代金を支払って鍛冶屋を後にする。


 家に帰ると完成したランタンに最後の仕上げをする。あらかじめ買っておいた包装紙にランタンの箱をくるんでリボンを結ぶ。最後のひと手間を加えて、フェネルに贈る誕生日プレゼントが完成した。

 ……思ったよりも早く完成してしまった。フェネルの誕生日まではまだ、2週間もの時間がある。


 2週間も時間が余っちゃったけど、足りないよりは100マシ。残りの2週間は、どうやって渡そうか考えよっと。



  スプルーン24



 天候預言を終えて階段を下りようとすると、フェネルが飛んできた。もうそんな時期かと思いつつ、いつものようにフェネルと会話をしながら螺旋階段を下りる。


「フェネル、来週って何か予定はある?」

「んー、特にはないねぇ」

「じゃあ、ここに来てくれる?」

「ヴェーラがそんなこと言うなんて珍しいねぇ。なんでだい?」


 あれ? なんでそんなに反応が薄いの? 来週って、フェネルの誕生日なのだけれど。忘れているのかな?


「なんでって、なんとなく来て欲しいからよ」

「なんとなく、ねぇ……。まぁ、ヴェーラが来て欲しいって言うのなら、いいけどねぇ」

「シェロン1、場所は……いつもの祠でいいかしら?」

「うん、いいよぉ」

「それじゃあ、約束ね」


 特に何か疑問もあるという風でもなく、フェネルは了承する。自分の誕生日を忘れているのかな。そうだとしたら、それはそれで私にとっては好都合。何も考えなくても、その日にサプライズでプレゼントを渡せるから。


 フェネルにプレゼントを贈るために、フェネルのことを考えながら過ごして1か月。ようやく当日に渡せる準備が整った。あとは当日に渡すのを待つだけ。


 ……長かったなぁ。でも、1か月ってこんなに短かかったっけ?



  シェロン1



 ついに迎えたフェネルの誕生日。約束通りにフェネルは祠にやってきた。いつものように長い螺旋階段を下りる。もちろんいつものように会話もする。内容もいつもと同じ、他愛のない普通の会話。


 私は先に階段を下りきると、魔法で空中を浮遊ふゆうさせていた箱を捕まえて透明化の魔法を解除する。180度ターンして、フェネルにサプライズを実行する。


「ハッピーバースデー!」

「ほぇ?」


 面食らった表情でフェネルが固まる。何が起こったのかわからないような表情をされても困る。だって、今日はフェネルの誕生日以外は普通の日なのだから。

 

「いや、フェネルは今日が誕生日でしょう?」

「ん? ……あぁあ! そういえば、今日だったねぇ。すっかり忘れてたよぉ」


 ここでようやく気付くのね。まあ、隠す必要が省けたからいいかな。


「これ、プレゼント。お菓子じゃないからちょっと重いわよ?」

 

 ラッピングされた箱をフェネルに渡す。


「ありがとう! おぉ!? 確かに重いねぇ」

「お菓子じゃないって言ったじゃない」

「うんうん、フェネルからプレゼントを貰えるのはいつ振りだったかなぁ?」

「あなたが12歳になった時以来よ」

「もう7年も経つんだねぇ」

「久しぶりのプレゼントよ」


 私もフェネルの反応が嬉しいし、フェネルも嬉しそう。サプライズが成功してよかった。


「これ、開けてもいいかい?」

「ええ、いいわよ」


 フェネルは箱を開封して中身のランタンを取り出す。そしてしばらく、静かにそのランタンを眺めてから口を開く。


「……なんだかなつかしいねぇ」

「えっ? このランタン、新品よ?」

「いやいや、昔を思い出してただけだよぉ? 昔は、一緒に遊んだなぁって」

「そうね。あの頃は楽しかったわねぇ」

「うんうん、そうだねぇ」


 思いを込めたメッセージ『幼いころの幸せな時間』。その言葉が、通じた気がする。


「大切にしてね」

「うん、大事にするよぉ。大切な思い出と、素敵なプレゼントをありがとねぇ」


 昔のことは、フェネルも大切な思い出と言ってくれた。きっとこれからもそれは消えてしまうことはないと思う。


 喜んでもらえてよかった。それに、昔のことを思い出してくれた……!


 私が長い間考えていたサプライズは、大成功という結果をもたらしてくれた。

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