第2話『ふたりの距離を感じ取って』

 一緒に学校へ行って、学校が終わったら日が暮れるまで一緒に遊ぶ。日が暮れたらそれぞれの家に帰って夜を過ごす。次の日の朝もまた同じように一緒に学校へ行く。このり返しだった。

 私のとなりにはいつもフェネルがいた。学校の休み時間も、お昼を食べる時も。学校から帰るときも、学校から帰った後も。日がしずむまでずっと隣にいた。


 フェネルが風邪かぜを引いて一緒いっしょに遊べない時は、他の友達と遊んだ。だけれど……。


 何かがちがった。


 もちろん友達と一緒に遊ぶのは楽しい。楽しいんだけれど何かが違う。色々遊んで、楽しんで。それが終わったら別れて自分の家に帰る。それはフェネルと変わらない。何をして遊ぶのかもフェネルと変わらない。でも、ひとつだけ違うことがあった。


 他の友達と並んで、歩くことがなかった。


 私はいつも友達の少しだけ後ろを歩いてた。その友達にだって友達が居るわけで、その友達の友達は私よりも仲がいいことが多かった。だから、そのふたりからはなれないように、私はふたりの少しだけ後ろをついていった。


 だけれどフェネルは違う。一緒に移動するときも、集落にある無数の階段を上り下りするときも、フェネルはいつも隣にいた。フェネルだけは私の隣に居てくれた。フェネルが他の友達と一緒に居ても、私の隣に居てくれた。


 それに、フェネルと一緒に居ると不思議と何でも楽しかった。


 いつもはこわくてやりたくないはずのことも、できなくていやだったことも。フェネルと一緒なら楽しくて、できてしまうことが多かった。

 私がほうきに乗って空を飛べるようになったもの、フェネルと一緒に練習したからだったりする。今ではもう、飛び方を忘れてしまっているけれど……。


 そんなフェネルと学校を卒業しても毎日を一緒に過ごす。次の日も、その次の日も。一緒に過ごす。


 フェネルはずっと、私の隣に居る。


 そんな日々が続くと信じていた。……信じていたかった。


 でもそれは長く続くことはなかった。私たちが13歳になる年のスノニュー2番目の月の初めに、それはどこかに消えてなくなった。

 フェネルから『私、魔法まほう学校に行くんだぁ』と告げられたのだ。


 そう告げられた瞬間しゅんかん。まるでガラスを高いところから落としたように、当たり前だと思っていた私のえがく未来は粉々にくだけ散った。その破片を洗い流すように、なみだあふれた。フェネルは泣いている私になぐさめの言葉をくれた。


『私も、さみしいよぉ。親にも反対されたしねぇ』

『なんで……? 反対されたのに、寂しいと思ってるのに。なんでそこに行くの?』

『……そりゃあ、きっと楽しいことが待っているような気がするからだよぉ』


 フェネルはいつもそうだ。楽しいと思っていることをやりたがろうとする。突っ込んでいこうとする。そして、誰が止めてもやってしまう。私が止めたとしても、それは変わらない。フェネルの意志は強くて簡単には変えられるものではない。それを私はとてもよく知っている。


『もう、戻ってこないの……?』


 フェネルが遠くに行ってしまう未来は変えられないし、何を言っても変わらない。


『……絶対、戻ってくるよぉ。いつになるかは、わからないけどねぇ』


 ――いつかは戻ってくる。


 親の反対を押し切ってまで、その選択せんたくつらぬいたフェネルの言葉を信じて。私が一番仲のいい、フェネルの言葉を信じて。私とフェネルは、今まで一緒に重ねていた日常に、それぞれの日常を重ね始めた。




 フェネルがいなくなってからの1か月は、心にぽっかりと穴が空いてしまったような喪失感そうしつかんが、日々の生活を支配していた。『いつかは戻ってくる』その言葉を支えにして、新しい日々を積み重ねていった。積み重なる日常は、少しずつその穴はめていって、私の心は少しずつ平穏へいおんを取り戻していった。


 流れゆく日々の中で、新しい日常の中で。私の日常から消えてしまったフェネルという存在は、新しい日常に上書きされて少しずつうすくなっていった。


 一緒に重ねたはずの、昔の日常も薄れていった。


『いつかは戻ってくる』その言葉だけを強く残して。石に刻んだように私の心から消えない文字として。


 でも、その頃の私は何も気にしていなかった。……いや、違う。その時の私は、平穏を取り戻すことで精いっぱいだった。


 平穏さえ取り戻せればよかった。


 実際にそれで、フェネルが居ないことだけが違うかつての日常が戻ってきた。毎朝6時前に螺旋らせん階段を上ってほこらに行って、6時になったら預言の儀式ぎしきをする。その仕事を終えたら階段を下りて集落で過ごす。フローハンメルに繰り出して植物採取をしたり、他の人の仕事を手伝ったり。私はそれで十分に楽しい生活だと信じていた。そう信じて日々を過ごした。


 1年前に、フェネルが戻ってくるまでは……。


  ○  ○  ○


 1年前のシェロン4番目の月。18歳になったフェネルがフォレスフォードに戻ってきた。5年前、私と約束した通りに。北の大陸ロシェルチル大陸の魔法学校で4年間学んで、その後に世界を旅して、最近シノノメという場所に店を開いた私の知らないフェネルが戻ってきた。


 フォレスフォードに戻ってきたフェネルは真っ先に私に会いに来てくれた。今日のように箒で空を飛んできて。


 最初は驚いた。だけれど、同時に安心した。フェネルの面影おもかげはそのままだったから。5年の時を経ただけのフェネルに見えたから。


 その時も今日と同じように一緒に螺旋階段を下りた。その時からだ、この違和感いわかんを感じているのは。1度も会うことがなかった5年のせいか、それともまた違う別の何かか。


 5年前と何かが違う。何が違うのかわからなかったけれど……。


 私が知っているのは12歳までのフェネル。18歳のフェネルがそれと同じ訳ないか。多分、それが違和感の正体なんだろう。そうやって納得した。納得できてしまった。


  ○  ○  ○


 1年前に思った違和感の正体は、きっと間違いだったんだろう。1年前からかかえていた違和感が今日、本当の姿を現した。


 この時からフェネルは私の隣に居なかったんだ。ずっと隣に居ると思っていた私は、隣に居ないフェネルに気付けなかったんだ。もう一緒に階段の同じ段をむことはないのかな。……もう一度、一緒の段を踏みたいな。


 そう思った私はもう一度後ろを見る。そこには明確に、1段分の隙間すきまがある。


 空いた隙間は、どうやって埋めればいいんだろう……?




「おぉー。そういえばこんな場所、あったねぇ」


 フェネルの一言で私は我に返る。前を見ると休憩きゅうけい場所へのドアが姿を現していた。樹冠じゅかんの祠から3、40段はあるはずなのだけれど、考え事をしていたから一瞬いっしゅんのように感じる。


 2人で休憩場所に入るのはいつりだろう? 多分、あの時。1年前の、あの時以来だわ。


 部屋に入ると、フェネルはテーブルに箒を立てけ、ランタンを置いて窓の前にじん取る。まどからは大樹海の景色が良く見える。別段、面白くもないだろう景色にくぎ付けになっているフェネル。ちょっと変だなぁと思いながらも、私はお湯をかしに窓と反対にある簡易的な調理場に立つ。


 かまどに火を入れて魔法で出した水を火にかける。水が沸騰ふっとうするまでは時間があるから、自分が飲むために運び込んでいる紅茶こうちゃの箱を取り出してテーブルに置きに行く。


 テーブルの上には部屋の光に照らされたランタンが置かれている。それが大切に使われているのはすぐにわかる。よごれや傷は見当たらず、2カ月程経った今でもおくった時のような真新しさを維持いじしている。


 その持ち主の方を見ると、相変わらず窓に張り付いたまま大樹海をながめている。私は紅茶の箱をテーブルに置いて調理場に戻る。そして水の様子を確認しつつ、考える。


 色々と考えて贈ったランタンだけれど、私とフェネルの間に距離が縮まったわけじゃない。大切にしているのはわかるけれど、私はそれ以上のものを求めているのかもしれない。……いや、求めている。


「どうしたら、そこに行けるの……?」


 小さな願望と疑問が入り混じった言葉がこぼれる。


 フェネルの近くにあるランタンがうらやましい。まるで、昔の私がいた場所にランタンが居るみたい。


 私は水泡が生まれ始めた鍋の水を見ながらランタンを作った時のことを思い出す。フェネルに近づくためのヒントが、かくされているかもしれないから。

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