第17話 5月3日 デートと敵(6)

 DMを送って、一息つく。まあすぐ返事は来ないよなあと思いつつ、スマホの画面を見ていると1分ほど経った。


「返事、来ましたか?」


 優理が俺のスマホをのぞき込む。

 即レスしてこなければ、半日放置もあり得るだろう。

 そもそも、ファンのようなDMをすぐゴミ箱に捨てるようなサバサバしたタイプや交流はしないと決めているような人物なら、永遠に返信が無いだろう。

 そんな、ある意味真っ当な人の可能性がある。でも、モールのレストランで聞いた話がなくなるわけではない。

 アイツらがなりすましだったりすると話がややこしくなる。


「むぅー今日は来ないのでしょうか?」

「そうだね。何かあったら連絡するよ。優理は暇な時間にでも【花咲ゆたか】を調べてもらうと嬉しい」

「はい! 頑張ります」


 ぐっと両手の拳を握る優理はとても楽しそうだ。

 俺がスマホをしまおうとするとき、優理が何か気付いた様子で言った。


「そういえば、たつやさんの妹さん、千照ちあきさんを心配されているのですよね。家族登録したらスマホの機能で現在位置が見れますよ? 私のいる場所はお父さんに把握されてます」

「え? そんな機能がるの? アプリじゃなくて?」

「アプリじゃなくて最初からできるみたいです。だから、こっそり家族登録されると、その機能が動いていることに気付かないかもしれません」


 へえ、そんな機能あるのか。ある意味怖い気がするけど、家族ならまあ大丈夫か。


「たつやさんも同じメーカーですし、千照さんも同じなら使えます」

「同じだよ」

「じゃあ、登録した方がいいと思います。悪い人が呼び出したら——」


 そう言って目を伏せる優理。想像しているのかもしれない。悪い人に呼び出されて出かける意味を。


「そうだね。でも、嫌がるんじゃないのかなぁ? 特に俺に知られたくないこともあるんじゃないの?」

「そうなんですか? 私はたつやさんに場所知られても平気ですよ?」

「優理はお父さんから厳しい指導を受けていたからね。今でもお父さんに居場所知られて平気?」

「は、はあ。たぶん」


 それが当たり前になってるんだな。


「例えば、さっきモールで遊んでたけど、そこにお父さんが来たら……」

「その時は、あっ……やっぱり嫌かもですね。『その男は誰だ? 今から私と話をしよう』と言ってたつやさんを連れて行きそうです」


 優理がモノマネをするように、父親のセリフを言う。優理が言うとかわいくて怖くないけど、一緒にいるだけで連れて行かれるのか。

 優理を悪い子にするしかない。


「予想以上にヤバいねお父さん……そうならないために、じゃあ、外しちゃう?」

「……外しちゃいますね」


 俺から提案しておきながら、いいんだろうか? 嬉しそうに解除の操作をしている優理を見ながら、少し罪悪感を覚える俺だった。

 多分、優理のお父さんにとってはすごくいい子だったろうけど、俺が変えてしまっている。


「たつやさん、どうかしましたか?」

「ううん。この機能を教えてありがとう。さっそく今晩、千照のスマホに設定するよ」

「はい。ちなみに、たつやさんは私の居場所知りたいですか?」

「うーん、どうかな」


 と曖昧な返事をすると、しゅんとする優理。知られたいのか?


「や、やっぱ知りたいかも。でもムリだよね。俺と優理は家族じゃないわけだし」

「そうですね……だから、たつやさんと家族になれたらいいなって思っちゃいました」

「家族? というと、俺と千照みたいな兄妹ってこと?」

「いえ、そうじゃありません、よぅ」


 俺の察しが悪かったのか、ぷう、と頬を膨らませる優理。


「というと?」

「う、うう……恥ずかしくなってきました……なんでもありません」


 真っ赤になって慌てる優理が可愛い。

 それはさておき、これはとても有益な情報だ。もし、千照が誘き出されても足取りを追える。

 できることは何でもしておきたい。


「でもこの情報は助かるよ。ありがとう」

「はいっ!」


 このタイミングで、俺のスマホが振動する。

 ん……これは——。


「あっ、たつやさん……もしかして!?」

「うん、【花咲ゆたか】から返事が来た。えーっと?」


 俺と優理でスマホをのぞき込む。


『真白さん、ご連絡ありがとうございます。真白さんはこの近くに住んでいる、中学生の女の子ですよね? もしそうでしたら、とてもかわいいと思いますので仲良くなりたいです。彼氏さんいるのかな?』


 うーん。この微妙な不快感は何だ? イライラするぞ。

 猫推しのヘッダーに対しても言及がなく、あったのは女子中学生であること、そして彼氏の有無の質問だけ。


「これって……うう……少し気持ち悪いですね」


 案の定、優理も俺と同じような印象らしい。


「でも……動画を見てファンになった人は返事しちゃうのかな?」

「どうなのでしょうか? 私はちょっとイヤです」


 優理が言うくらいならよっぽどだな。それに、この感じ……やっぱりモールで千照のことを話していたのはこいつだと思って良いのかもしれない。

 俺は返信の文章を考え、そして優理が修正する。


「付き合ったことがないと付け加えるのはどうでしょう?」

「なるほど、経験無いことをアピールするんだね」

「い、いえ、私が付き合ったことないので、それだけです」


 別に優理に設定を合わせる必要がないけど、入れておこう。

 その結果、出来た返事がこれだ。


『お返事ありがとうございます! はい、中学生で女子です。彼氏もいないですし付き合ったこともありません』


 送信すると、すぐに返事が来る。

 速いな。めっちゃ食いついてきた。


『すごく興味が出たよ。もっと真白ちゃんのこと知りたいので、もしよかったら顔が分かる写真あるかな?』


 これを見た瞬間、優理は「うわあ」と渋い顔をした。俺も同感だ。

 ひょっとしたら、こういうテンプレートを用意しているのかもしれない。騙されてしまう警戒心の薄い子は、こんなのでも騙されるのだろう。

 さて、どうするか。でも優理が顔バレするのはまずいな。


「うーん、断って警戒されてもいけないよな。かといって優理の顔を送るのもなあ。危ないし」

「そうですね。私の顔じゃ興味がなくなってしまうかもしれませんし」


 いやいや。ほとんどの男は優理のような可愛い子が連絡してきたら速攻OKすると思う。

 優理の発言は可愛いことに自覚がないからだろう。優理が言っても嫌味に感じないのは、純粋無垢さが原因なのだろうか。


「優理の顔写真なんか送られて来たら、絶対会おうって言うと思う。優理はさ、ほんとうに誰が見ても可愛いんだから気をつけないと」


 言ってから、あっと思ったけどもう遅い。

 一般論として客観的にな意見のつもりだけど。


「え? あ、あの、私が可愛い……ですか?」


 俺の意見として言ったと受け止めてしまったようだ。

 真っ赤になる優理を見て、俺もつられて赤くなる。


「う、うん。だからさ、色々気をつけないとね」

「そ、そうですね……嬉しいです」


 互いに恥ずかしさを抑える。チラリと優理を見ると、口元がふにゃふにゃになっている。

 とはいえ、どうするか。一旦返事は保留して、それぞれで考えることにした。


 気付けば、もう外が暗くなっている。そろそろ帰る時間だ。


「そろそろ帰ろうかな。今日はすごく楽しかったよ、優理」

「もうこんな時間なのですね。私も本当に楽しかったです。ありがとうございました。あの、明後日は忙しいですか?」

「いや、予定は特に無いけど——」

「じゃ、じゃあ! またクロに会いに来てくれると嬉しいです」


 俺の声を食い気味に遮り、優理はもじもじしながら上目づかいで見てくる。その様子が可愛くてつい頬が緩んだ。

 あざとさが無い。そんな素直な姿に惹かれてしまう。

 もちろん断る理由など無いし、俺は二つ返事でいいよ、と答えたのだった。


「あ、そうだ。忘れるところだった。これ……」


 俺は、二つのキーホルダーを取りだし、黒猫をかたどった方を優理に渡す。俺は白い猫だ。

 なんとなく気まぐれで買ったものだけど、喜んでくれるだろうか?


「もしよかったら、これ使ってもらえると」

「えっ……これ私が頂けるのですか? その白い猫ちゃんは?」

「ああ、こっちは俺が使おうと思って。お揃いだけど……いい?」


 そう言うと、ぱっと表情が明るくなる優理。目がキラキラしていて眩しいくらいだ。

「はいっ! 大事にしますね!」


 とても喜んでくれたようで嬉しかった。


「じゃあ、またね、優理」

「はい、たつやさん。後でメッセージ送りますねっ」

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