第16話 5月3日 デートと敵(5)

「いくら俺でも、アソコが映った写真送ったらダメでしょ。俺は見てもいいの?」


 そう言って、俺はカメラを起動したスマホを優理に渡すフリをする。


「……あッ……想像してみたら——」


 実際に自分で撮影し、アソコの映った写真を俺に送りつけることを想像したのだろう。

 優理はさらに顔が赤くなり、耳の先まで真っ赤になった。


「すごく恥ずかしい……です。でもどうしてか、一緒にお風呂入ってタオルだけだったので……できるかなって思いました」


 認識が甘いので、分からせるしかない。俺は心を鬼にする。


「ていうかその時見えてたよ?」

「えっ!?」


 優理は限界を超えたのか、両手で顔を覆った。

 もちろん、見えたというのはウソだ。


「み、見えたのですか……? 見苦しいものをお見せして……恥ずかしい……です」


 湯気がでそうなくらい真っ赤になっている優理。

 もし本当に見えたなら、見苦しいなんてとんでもない。

 ただでさえ前屈みになっていたのに、そんなの見たら鼻血やいろんなものが噴出していたと思う。


「ごめん。嘘ついた。見えてないよ。でも、そういうことだよ? 写真は残るからもっと恥ずかしくなるかも」

「ああ、よかったです……そうですね。気をつけます」


 わからせが完了した。

 落ち着いたはずの優理が渋い顔をして俺に尋ねる。


「千照さんは、そういう恥ずかしい写真をこの人に送ってしまったのですか?」

「いや、俺が気付いたから全部削除した。大丈夫、送ってない」

「本当に良かったです。心配しちゃいました」


 優理は安堵した表情を見せる。

 妹のことを気にかけてくれるのは嬉しいな。


「それでさ、今日、ご飯食べたところでそういう話をしていたやつがいたんだ。千照の話をして、写真の話をしていた」

「私が眠っているときですか? そんなことがあったのですね。でも、写真を消してたのなら大丈夫ですね」


 本当にそうだろうか?

 まだ裏があるような気がする。だから……。


「いや、もう少し【花咲ゆたか】やその関係者を調べたい。千照を守りたい。優理、協力して貰えないかな?」

「私がですか? 私にできるのでしょうか?」

「大丈夫。俺が作戦を考えるし、危ないことはさせないから」


 俺は頭を下げた。すると、


「頭を上げてください。分かりました。頑張りますっ」


 そう言って微笑んでくれた。その表情に力強さを感じる。


「千照さんにまだ不安があるのですよね。たつやさんと、千照さんの力になれたらって思うので、できるかぎり力になりたいと思います」

「ありがとう。二人で頑張ろう」


 俺は素直に感謝の言葉を告げた。すると、


「は、はい……二人で、ですねっ」


 照れたのかぱたぱたと顔を手で仰ぐ優理。少し微笑んでいて嬉しそうにも見えた。

 俺は作戦を伝えることにする。


「俺はネカマをしようと思う」

「ネカマ、って何ですか?」

「俺みたいな男が、女の子のフリをすることだよ。ネット上でね」

「えっ、タツヤさん、女の子になっちゃうんですか?」


 頭に?マークを沢山浮かべて俺に聞く優理。


「違うよ。いや違わないけど……そうじゃなくて、具体的に言った方が分かりやすいな」


 俺は優理にパソコンを触りながら伝えた。

 まず、SNSにアカウントを作る。女子中学生という設定だ。そのアカウントを俺が操作して【花咲ゆたか】に近づく。


「それがネカマなんですね」

「うん」


 俺は純粋無垢な優理に悪いことを教えている。

 良いのかなぁ? 俺が優理を染めていく感じがする。

 俺は優理を見て説明を続けた。


 ネカマアカウントに【花咲ゆたか】から写真を寄越せとか連絡があれば、会いに行きますと提案する。まともな奴なら断るだろうし、ろくな奴じゃなければノコノコとやって来る可能性が高い。

 誘き出されたやつを隠れて配信し晒せば良い。

 顔が出てしまえば、二度と悪さは出来ないだろう。


「えっと、だいたい分かったのですが、そういうことをしても良いのでしょうか?」

「本当は良くないね。複アカとか、裏アカとか嫌われる要素があるし。ネカマは性別に嘘を付いているし、その嘘を使って【花咲ゆたか】を陥れることになる。バレたら、特定されて晒される可能性があるかも」


 そう伝えると、優理は表情を硬くする。俺は努めて優しい声色で告げる。


「何かあったら、責任は俺が取る。晒されるのも俺だ。優理はどうなっても安全だよ。もちろん、そうならないように頑張る」


 この作戦を思いついたのは、タイムリープ前の妹千照の行動が元になっている。

 あの日、呼び出されたか千照自ら何者かの所に出向き、酷い目に遭い朝帰りしたのだろう。

 連絡手段はSNSか、メッセージアプリだ。youtuber絡みなら、なおさらそうだろう。


「分かりました。私も気をつけます」

「じゃあ、ここからは俺のスマホでアカウントを作ろう」


 早速、スマホを開き、SNSアプリを立ち上げる。もちろん【花咲ゆたか】がやっているSNSだ。彼に連絡をするための手段としてネカマアカウント作る。。

 すると、ふむふむと言って優理がのぞき込む。近い……。優理って、女の子がくっついたら男がどう反応するのか分からないのだろうか?

 肩や腕は柔らかく胸にも触れそうだ。しかも、服の隙間からブラや胸がチラリと見える。


 俺は下半身が反応しないようにスマホに意識を向けた。


 アカウント名は「真白」にしとこう。単純に、クロを見て思いついただけだけど。

 プロフィールは、中学二年生ということにして……プロフは、そうだな……ヘッダーはクロにしとこう。


「優理、クロの写真を撮ってもらえないかな? ヘッダー写真にしようと思う。背景は特定されないようにしてね」


 優理がスマホの画面を向けると、クロは動かず良いショットが撮れた。


「クロちゃんはお利口さんですねぇ」


 ご褒美にチューナントカとかいう猫をダメにする餌をあげる優理。俺はその姿を斜め後ろから一枚撮る。目鼻口は少しだけ映しつつも、誰か分からないようにして。

 シャッター音が聞こえたのか、優理が振り向く。


「あっ、たつやさんもクロちゃんの写真撮るのですか?」

「ううん。ほら、これをプロフィール写真にするんだ」


 俺は優理の斜め後ろから撮った写真を見せた。念のためぼかしを入れる。斜め後ろからなのに、もうこれだけで可愛いと期待できる良い写真になった。


「これが私ですか……分からないですね」


 最後に、『はじめまして、よろしくお願いします』というメッセージと共に、登録する。


「ヨシできた」

「えっと、これは誰ですか? 私の名前じゃないですし」

「うん。これはどこにも存在しない女の子だ。このネカマアカウントを俺が操作して、【花咲ゆたか】に近づく。優理は【花咲ゆたか】を調べて欲しい。SNSとかブログがあれば調べて、怪しい動きがあれば俺に教えて欲しい」

「ドキドキしますね。たつやさんと一緒に、ちょっと悪いことをしている感じがします」


 そう言いつつも優理は嬉しそうにしている。

 ああ、俺はやっぱり優理を悪の道に染めているんじゃないのか……?

 純粋な優理を汚しているような。でも、そんな背徳感にぞくぞくする。


「優理、お願いがある。基本的には見るだけにして欲しい。メッセージとかは送らないでね。それと気がついたことがあれば、俺に言ってね」

「はい。分かりました。頑張ります」

「じゃあ始めるか」


 まずは、俺のスマホから最初のメッセージを送る。


『気になりました。話しましょう』


 俺が書いた文章を、優理に見せる。ネカマなんかやったことないので、女の子らしさを出したい。


「ねえ、こんな感じでどうだろう?」

「うーん、ちょっと変えてもいいですか? 私だったら、こうするでしょうか」


 優理は俺のスマホを操作し、文章を変更した。


『はじめまして、花咲ゆたかさん。私は真白と申します。少し前から動画を拝見してとても楽しく感じて、ファンになりました。もしよろしければ、お話ししませんか?』


 ずいぶん丁寧な文章だ。女子中学生という設定だけどイケるのかな?

 まあ俺が書いた文章よりマシか。


「じゃあ、送るね」

「はいっ」


 ワクワクするのか、テンション高めに答える優理。なんか楽しそうだな。

 気付くと、俺も口角を上げていた。どんな返事が来るのだろう?

 俺はスマホ上のボタンをタップする。


「じゃあ、送信!」

 

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