第13話 5月3日 デートと敵(3)

 触れそうな距離まで近づいて、優理は俺の腕を両腕で抱える。

 ヒナ以上に接近してきてますけど……?

 僅かに、胸の膨らみの柔らかさと体温が伝わる。そして何より、優理の香りを感じた。

 シャンプーとも、ボディーソープとももっと違うものもの。


 ほんのりと優理の身体の香りがして、それが分かった途端に頭がクラクラした。

 彼女自身が発するフェロモンのような甘い香りが俺を包み込んでいく。突き詰めればこれは汗の香りなのだけど、全然イヤだと感じない。


「ねえ、たつやさん?」


 上目遣いの優理の瞳が俺を捉えて離さない。吸い込まれそうになる感覚に襲われるほど、深い瞳の色をしている。

 ああ、こういう仕草を見せる優理って可愛いな。俺は改めてそう思った。


 などとかっこつけていた俺だが……このままだと色々とヤバい。


「行こっか」


 前屈みにならずに平然を装って歩き始める。やっぱり、今日最後まで持ちそうにないなぁ。


 ☆☆☆☆☆☆


 俺たちは来た道を引き返し、優理の家に向かった。


「おじゃまします」


 優理の家に着くなり、俺は緊張しながら玄関に入る。

 2回目とはいえ、緊張する。1回目はさらに、優理と一緒にお風呂に入ったというのだから信じられない。


「どうぞ上がってください」


 家には俺たちだけ。いや、クロもいるのかな?

 しんとした家の中は静かだ。うちだと千照がいたり父や母もここまでいないわけじゃない。

 やっぱり寂しいんだろうな。多分、優理が俺を誘ったのも、寂しいからじゃないだろうか。


 寂しくて、父親ガードがなくなって、そして寂しさにつけ込む奴がいたら?

 ……俺もその一人だ。須藤先輩に復讐するために、優理を利用している。

 復讐が終わったら、謝ってこの関係も終わり——とすると、なんだかとても寂しい思いがした。

 

「なーに考えているのですか?」


 外とは違い、気が緩んだのかふわっとした感じの優理の声で、俺は我に戻る。


「いや、クロどこかなって思って」

「そういえば見かけないですね。またどこか出かけたのでしょうか?」


 にゃあ。


 聞き覚えのある鳴き声がした。タイミング良すぎだよ、クロは俺の元に酔ってきて、足の周りにまとわりつく。


「じゃあ、お風呂入ろうか?」


 にゃあ。

 俺は足下にじゃれつくクロを抱き抱えた。

 視線を感じて優理の方を見ると、また可愛らしく頬を膨らませている。


 こういう感情がすぐ表に出るところも、隙の一つ。こういうところ無くしちゃったら優理の良さがなくなるんじゃないのだろうか?

 悪い奴に引っかかりさえしなければ、自然体でいたほうが可愛らしくて素敵だなぁと思う。


「またです。昨日はお風呂嫌がったのに、どうして、たつやさんだと素直になるのですか? クロちゃん?」


 ニャア!


 ちょっとクロを問い詰めるような優理も可愛いなぁ。そして、全く意に介しない様子のクロ。

 まあ、クロがこんな調子だから、優理に口実を提供して俺がここに来れたのかもしれない。


 脱衣所に二人でやってきた。

 さて、今日も服を脱いで一緒にお風呂に——。


「今日は、服そのままでも大丈夫ですね」


 優理が俺の思考を阻止するかのように言った。うん、ソウデスヨネ。

 前回は濡れたという大義名分があったけど、今はない。


 でも、このまま入るとさすがに靴下が濡れちゃうよな。

 俺は優理にクロを預け、靴下を脱いだ。


「じゃあ、優理も靴下を脱ぐでしょ? クロ預かるよ」


 そう言って優理に両手を向ける。

 しかし、つーんとクロはそっぽを向き、俺の胸に飛び込んできてくれない。

 おかしいな。こんなことは初めてだ。


「クロちゃん? んーどうしたのでしょうかねー。私がいいのですかね?」


 あっ。優理が困ったフリをしていながら、口もとはでれでれに緩んでいる。ちょっとドヤっとした感じで俺を見ている。

 今までと違ってクロは優理に懐き、甘えている。まるで俺に勝ったような気持ちになって嬉しいのかも。

 なんだろう? ニコニコしている優理はずっと見ていたくなるな。

 じゃあ、乗ってやろう。この優理ビッグウェーブに。


「あちゃークロに振られたわ。優理の方がやっぱ好きなのか?」

「ふふっ。そうなんですかー? クロちゃんは可愛いですねぇ」

「くうーっ! 悔しいっ!」

「ふふふっ。私の方が好きなんですねぇ」


 もうニッコニコである。この優理とのやり取りを永遠に続けたい。

 外ではできない、まるでバカップルの茶番だけど、めちゃ楽しい。


 しかし、このままではらちが明かない。目的はクロの入浴だ。そのためにまず靴下を脱ぐミッションがある。

 とはいえ、無理矢理引き剥がすのもなぁ。優理もご機嫌だし。


「優理の靴下どうしよう。俺が脱がせようか?」


 あっ。なんか妹に伝える感覚で言ったけど、なんか凄いこと言ってるな俺。

 引いたりしないかなと優理を見ると、ニコニコしたままだった。


「じゃあ、私椅子に座るので、お願いしますね」


 俺たちは一旦リビングに戻り、優理はソファにクロを抱いたまま腰掛けた。

 クロは相変わらず優理にべったりだ。


「じゃあこっちから」


 俺は優理の左足の前に跪く。

 そして視線を前に向けると、スカートの奥が見えそうだ。


 ヤバっ。俺はドキッとして慌てて視線を外す。

 影になって見えなかったとはいえ、太ももの付け根の方まで見えたような気がする。

 正直ドキドキした。


「あっ!」


 俺の視線に気付いたのかな? 優理は少しだけ開いていた足を閉じ、膝を合わせた。


「ごっ、ごめん」

「ううん、私こそごめんなさい。はしたないですよね……」


 少し恥ずかしそうに俯く優理。パンツのことは気にしていないようだ。


「ううん。ええと、じゃあ脱がすね」

「は、はい」


 互いに頬を赤く染めながらうなずくと、クロが笑うように「にゃあー」と鳴いた。

 視線を優理の履いている靴下に向ける。細く綺麗な足が伸びていて、ひざ下までの紺色の靴下を履いている。


 ドキドキしながら、靴下の上端に触れる。


「あ……ん」


 艶っぽい声が頭上から聞こえると同時に、俺の手がビクッと震えた。

 上を向くと、頬を真っ赤に染めて俯いたままの優理がいた。

 そんな反応されるとこっちも恥ずかしいんだけど、と思いつつも、ゆっくりと指に力を入れて、靴下を下ろしていく。


 白く細い足首が露わになっていき、最後まで脱がす。足の指先まで綺麗だ。

 次に右足も同じように脱がしていく。次第に肌が露わになるのを見て俺はめちゃくちゃドキドキしてしまった。

 時折指先が触れると、優理はその度に小さく吐息を漏らすものだから、本当にいけない事をしてしまっているような気分になる。


 とりあえず、靴下を脱がし終わった。


「よし、じゃあ浴室にいこうか」

「は、はい……あの、たつやさん、もしよかったら今日も……一緒に……」


 一緒に? 何だろう?

 顔を真っ赤にして何かを言おうとしているけど、言葉が出て来ないようだ。


「ん? 一緒にクロを洗おうか」

「……は、はい」


 さっそく、買ってきた動物用シャンプーを使い、二人でクロを洗いっこしたのだった。



 猫グッズを一通り出して、簡易的に手作りしてあったものと二人で入れ替える。


「こうして二人で一緒に作業するの、すごく楽しいですね」

「そうだね、雪野さんとは一緒遊んだりしないの?」

「雪野さんは部活で忙しくって、時々は一緒に出かけることもあるんですけど。他の友達も同じで」

「そうなんだね。じゃあ、今日みたいな日は一人で過ごしてたんだ」

「はい。だから、今日は凄く楽しくて。たつやさん、ありがとうございます」


 優理は俺を見て微笑む。ドタバタしたけど、この笑顔を見れただけで良かったかもなぁと思った。


「それで、明日はお母さんと出かけるんですけど、明後日は……その……」


 さっきと同じように、何か口ごもる優理。

 俺は察して言うことにした。


「えっと、明後日もまた、お邪魔してもいい?」


 俺の言葉に一瞬キョトンとした後、嬉しそうに微笑んだ。


「はいっ!」



 午後三時を過ぎた。


 今日予定されていたミッションは全て終わり、次に一緒に遊ぶ約束をした。

 でも、まだ帰るのは早い。


「そういえば、優理って動画サイトを見ることある? youtuberとか」


 俺は、あのバカどもを調べるために優理に協力して欲しいと考えている。

 動画サイトを使って悪さをする奴もいる、と伝える意味もある。


「時々見ます。近くで活動しているyoutuberもいますよね。知っています」

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