第12話 5月3日 デートと敵(2)
「じゃあ、ここは私が支払います」
「ありがとう。ごちそうさまでした」
俺は遠慮無く甘えることにした。ここで意地を張っても仕方ない。
会計を済ませて外に出る。まだ昼過ぎで、モールに差し込む太陽の光はまだ高い位置から降り注ぐ。
「これから
「そうですねっ。クロちゃんも喜ぶと思います」
「クロはお留守番できるの?」
「出来るみたいです。でも、いつの間にか家から出ているみたいで……どうやって出入りしているのか分からないのですが」
クロ、なんか不思議なんだよな。優理を助けて川に落ちたとき、意味ありげに鳴いていたし。
そんな話をしながらモールから出ようとしたところ、
「あっ」
思わず俺は声を上げる。見覚えのある姿が前からこっちに歩いてくる。
妹の
「あっ! お兄ちゃん!」
隠れる間もなく見つかってしまった。千照もここに来ていたのか。
まあ、田舎だと遊ぶ場所があまりないからこういうことがある。
「この人が高橋
「あの、えと、こちらはたつやさんの妹さん?」
「うん、妹の千照。それと——」
流れとはいえ、後から千照に追いついてきたヒナを優理に紹介する。
「こっちは俺の幼馴染みのヒナ——園田陽菜美。で、こっちは高橋優理さん」
すると、千照の猛攻が始まった。
「いつもお兄ちゃんがお世話になっています」
「い、いえ、お世話なんて……私の方がいつもご迷惑をおかけしていて、お世話になりっぱなしです」
「そうなの? いつもお兄ちゃんって家では、ぼーーーっとしているので意外」
「たつやさん、色々考えているから……とても頼りがいがあって、私は尊敬しています」
「ふうん。そっかぁ〜」
初めはまるで警戒するような、少しキツめの口調だった千照だが、優理の「尊敬」という言葉で一気に顔がデレる。そこからはなんだか嬉しそうに話し始める。
俺の話に花が咲き、俺はぽつんと取り残された。二人とも楽しそうだけど、俺の話をするのは恥ずかしいのでやめて欲しい。
取り残された俺に、ヒナが話しかけてくる。
「タツヤ……へえ、噂通りめっちゃ可愛いね、高橋さんって。友達?」
ヒナが何か意味深な様子で俺に言った。ヒナはミディアムロングの髪を靡かせながら、こちらをじっと見ている。
俺はヒナと幼馴染みだからかピンとこないけど、ヒナは快活で明るく、しかも可愛いということで男女ともに人気がある。
そんな美少女とも言える子が俺の幼馴染みというのも今思えば不思議だ。
しかし、タイムリープ前では、ヒナに二股されていた上に寝取られる。それを知っていても、今のヒナからはとても想像できない。
「うん、友達。とても優しくて、頑張り屋さんでいい子だよ」
「そっか。タツヤがそう言うのなら、そうなんだろうね。それに、千照ちゃんと話しているのを見ても、裏表の無いまっすぐな性格なのが伝わってくる。しかもどことなく品があって、これはモテそうですねぇ」
「めちゃモテると思う」
強力な父親ガードがあったけどね、と心の中で付け足した。
「ふうーん。そんな人とデートとはタツヤもやりますなあ」
ニヤッと笑いながら俺をからかうように肘を当ててくる。くっつきすぎだろ? と思うけど前からこんな距離感だった気もする。
「そんなんじゃないよ。ところでヒナ、相談があるんだけど」
「何? 長くなるなら、また後で話す?」
「いや、そんなに長くならない——」
俺は簡単にさっきいたyoutuberの話を伝えた。
「千照ちゃんから聞いたことがある。凄く嬉しそうに話してたよ。でも、そんな悪い人だなんて信じられない」
「会話を聞いただけで証拠があるわけじゃ無いし、急だったから録音できたわけじゃない。なりすましや人違いの可能性もある。でも、もし事実だとしたら千照に被害が出るかも知れない。それは絶対に避けたい」
俺もしっかり調べてみようと思う。タイムリープ前はこんな話に全然気付かなかった。これだけでは終わらない可能性もある。
「そうだね。私も気をつけなって言ったけど、やっぱりうまく伝わらなかっみたい。私からも言うけど、タツヤからもしっかり伝えた方がいいと思う。家族だからできることもあるよ、きっと」
確かに、昨日バッサリ写真を俺が削除したけどヒナには無理だろう。怒って千照を責めるのも、ピンとこない。
俺がしっかりしないといけないな。
千照のことを言ったのは、ヒナを試す意味もあった。もしヒナが、俺の知らない二股をするような人間なら、千照に対しても何か危害を加える可能性はあった。でも、現時点では俺が知るヒナだ。用心深く千照を心配してくれるし、これは演技ではない。
もう少しツッコむか。
「分かった。それと、須藤先輩と話したことある? まさか、付き合ってるとか?」
「須藤先輩って、あの女たらしでしょう? いい噂聞かないしどうして私が付き合うの? 話すらしたことないよ」
ヒナは間髪入れずに否定した。心なしか、「なんでそんなこと言うのよ? タツヤ変じゃない?」とでも抗議するような調子だ。
この時点ではまだ須藤先輩は接触してないみたいだし、やっぱり俺の良く知るヒナだ。俺に対しても、誰が嫌いだとか心の内をハッキリ示してくれるし、心の距離が近い。だから、変なことを聞いた俺にムッとしてくれた。
そんな彼女の内面にタイムリープ前の俺が惚れるのも分かる。今だって、気を許すと好きになりそうだ。
というか、幼馴染みとしての付き合いの長さはがある。彼女のさっぱりとした正確や優しさを魅力的に思わない方がおかしいとさえ思う。
でも、タイムリープ前の記憶が俺の心を縛る。好きになりかける気持ちにブレーキをかけてしまう。
「そうだよね。ごめん、変なこと聞いて」
「いいよ別に。それよりさ、明日どうする?」
「ん? ああ、約束のことか」
明日のデートのことを言っているのだろう。
ヒナは、優理の方をちらちら見ている。
遠慮してんのかな? さっぱりした性格のハズなのに、俺のことを妙に気にしてくれるところがある。
根本的に優しいんだよな、ヒナは。
「だって、ゴールデンウィークだよ? 明日も休みだし、タツヤが高橋さんを好きなら会いたくなるでしょ……?」
やっぱ遠慮してんのか。そうだよな。ヒナはいつも俺の気持ちを察して、優先してくれる。
俺もそういう所があって、だから会わない日も意外と多い。でも、会うといつもの幼馴染みという関係にすぐ戻る。
今日だってそうだ。今だって。
だからなおさら……目の前のヒナが、二股したり、あんなことを言うなんて信じられない。
「うーん。先に約束したのはヒナだし。約束は守らないとな」
「なーんか、義理とかそういうので会うのなら楽しくないでしょ? だったら、会いたい方を優先したら?」
「俺がそんなに優理を想っているように見えるか?」
「え……」
ヒナは目を見開いた後、視線を落とした。それからゆっくりと首を横に振る。
「んー分かんない。楽しそうだし、嫌いじゃないしそれ以上の感情を持っているのは分かる。でも——ごめん、変なこと言った」
「ううん。ヒナが俺のことを考えてくれるのは分かるから。じゃあ、明日はよろしく」
そういうと、口元を緩めて微笑むヒナ。俺は免疫があるけど、それでも可愛いと思う。そんな笑顔だ。
「うん……おっけ、分かった! どうせ遊ぶなら、楽しくいこ? それに悩みがあったら何でも言ってよ。高橋さんのこととかさ?」
タイムリープ前は明日俺から告白したあと、会ったり連絡する機会が減っていた。その日に変化があったか、いや、あるいはその前から……?
だけど、今は俺の知っているヒナで間違いない。須藤先輩も知らないと言った。
嘘を付いていないとすると、色々と周囲に変化があったのだろうか?
油断大敵だな。
「はあ……だからさ、俺のこと考えすぎだよヒナは。俺は明日、ヒナと遊びたいの!」
「えっ……ちょっと……わ、わかった」
どうしたんだろう、急にヒナは顔を赤く染め、口元がニヤけている。
うーん? こんな姿は見たことないな。まあ、可愛らしいとは思う。
「それと、今日この後だけど。できれば千照とは、このモール以外で遊んでくれるかな? 例の奴がまだいるかもしれない」
「おっけー。千照ちゃんのことは任せてね! なんか明日楽しみになったなあ〜」
いつもより顔が赤いと思うけど、俺の良く知るヒナの笑顔に肩の荷が少し下りたような気がした。
なんだろう? 不思議とうまく行くような気がしてきた。
そうやって話を終えると、ちょうど優理と千照も話が一段落したようだ。
「じゃあいこ、ヒナちゃん」
「うん。じゃあねタツヤ。高橋さんもまたね」
ヒナと千照は手を振って、
「じゃあ、これから優理の家に行こうか?」
振り向くと、優理は頬をぷくっと膨らませている。ぶぅ、という声が聞こえてきそうな様子で。
「さっきの可愛い人、たつやさんの幼馴染みさんなんですね。とっても仲よさそうでしたっ」
あれ? もしかして、俺とヒナのこと妬いてる? だとするとジワジワと嬉しい気分になる。
でも、まさかね。優理が俺を好きになるなんてことあるのか?
「あ、う、うん……そう見えた?」
「あんな可愛い幼馴染みさんに勝てる気がしないけど、頑張ります」
頑張ります?
タイムリープ前だと確かに告白しヒナと付き合うことになるけど、今はいろいろ変化があった。優理の内面も知った。勝てる気がしないって——優理は自分のこと過小評価しすぎじゃないのかな。
「私も、同じ距離になりたいです」
そう言って、俺に一歩近づく優理。
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