第11話 5月3日 デートと敵(1)

 ゴールデンウイークということもあり人が多いけど、高橋さんのおかげであまり気にならない。

 手を繋ぐことに慣れてないけど、肌が触れあう感覚が気持ちよくてドキドキしてしまう。


「じゃあ、まずペットショップに行ってみようか」

「はいっ」


 高橋さんの声は弾んでいた。楽しそうな声で、俺も嬉しくなってくる。



「わっ、かわいい♡」


 ガラスの向こうでは猫や犬が自由に動き回っている。それを目を輝かせて見つめる高橋さんの姿はとても微笑ましい。


「可愛いね」


 俺は、高橋さんに言うつもりで言ってみる。


「そうですよねっ!」


 犬や猫に可愛いと言っているのだと疑わない高橋さん、自分がどれだけかわいいか、自覚無さそうだよな。


「あっ、西峰君このお店でも人気ですね」


 見ると、犬や猫が俺の方に寄っている気がする。


「どうしてだろうね? クロも懐いてたような」

「そうですよね。うーん……?」


 そう言って、高橋さんは俺に近づき、くんくんと顔の近くの匂いを嗅ぐようなそぶりをする。

 ふわっとシャンプーの香りが漂ってきたのでドキッとする。前一緒にお風呂には行ったときを思い出す。

 うう……あの時の高橋さんを思い出してしまうな。

 そんな俺に構わず、さらに顔を近づけて俺の目をじっと見つめてきた。ち、近い。


「……確かに西峰君の匂いがする気がします……」

「俺臭いかな? もしかしてけものくさい?」

「そうではなくてですね。やっぱりお茶の香りがします」

「お茶かあ。まあ、悪い香りじゃなくて安心したよ」

「はい。それに、この匂い好きです」


 ふにゃっと笑う高橋さんを見て、胸が苦しくなるくらいドキドキした。

 俺は鼓動の早まりを気付かれないように、話を逸らす。


「と、いうか、猫グッズでしょ?」

「そ、そうでした。どれが良いのでしょうか」


 俺は店内を見渡してみる。様々な種類の首輪があったり、猫のおやつなどもあるみたいだ。


「うーん、こういうときは……お店の人に聞いてみよう」

「そうですね!」


 ということで店員さんに聞くことにして、幾つか必要なものを聞いて買う。

 会計は高橋さんが行ったのだけど、それとは別にこっそりと猫のキーホルダーをペアで買っておいた。

 喜んでくれるといいなあと思いながら店を出る。もしいらないと言われたら千照にあげるかな。


 ゲットした猫グッズを俺が持って来た大きめの鞄に詰め込み背負った。


「西峰君、いいの?」

「ああ、これくらいどうってことないし、鞄はこのために持って来たから」

「ありがとうございます……。その……ごめんなさ——」

「うん?」

「じゃなくて、ありがとうございますっ!」


 言い直した高橋さんの頭を優しく撫でたい衝動に駆られるけど我慢した。代わりに——。

「俺さ、こうやって一緒に買いものして、めちゃめちゃ楽しいんだ。だからさ、高橋さんも遠慮無く楽しんでね」

「う……西峰君、ズルいです。でも、分かりました!」


 そう言って笑ってくれる高橋さんの笑顔はとても眩しかった。


 あっという間にお昼になってしまったので、俺たちは和食のお店に向かった。

俺はフードコートでもよかったのだけど、高橋さんから提案されたのだ。


「西峰君、荷物持ってくださったから、お昼は私がご馳走します!」


 そう言って高橋さんは胸を張った。微笑ましくて、俺は笑いながら頷く。


「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」


 俺たちは席に着き、注文をお願いする。しばらくすると料理が運ばれてきた。


「いただきます」


 二人で手を合わせ食べ始める。

 お吸い物、煮魚、小鉢と続いて、ご飯と漬物が運ばれて来た。どれも美味しくて箸が進む。

 ふと顔を上げると、高橋さんが幸せそうに食べている姿が目に入ってくる。それだけでお腹がいっぱいになりそうだ。

 会話も弾んだ。


「ね、西峰君。あの、私のこと、優理ゆりって呼んでもらえませんか?」

「えっ?」


 突然の申し出に驚くと、高橋さん改め優理ゆりさんは恥ずかしそうに視線を逸らしていた。耳が赤くなっているのが分かる。


「……だめですか?」


 ちらりとこちらを見てくる姿も可愛くて、思わず頷いてしまう。すると、彼女は嬉しそうに笑った。


「……えっと、ゆ……優理さん……!」

「はいっ! あ、違います。優理、でお願いします」

「あ……ああ……分かった……優理?」

「ふふっ、嬉しいです」


 満面の笑みを浮かべる彼女を見ていると、なんだかほっこりする。一回口に出してしまうと、不思議なものですぐ慣れてしまう。


「じゃあ、俺のことも名前で呼んでみて」

「はい、たつやさん」


 優理は俺のように戸惑ったりせずに、あっさりと名を呼んだ。

 こえは……ひょっとしたら練習してきたな!?

 でも、みるみるうちに、頬が赤らんでいく。その初々しい姿に俺も嬉しくなった。


「優理もさん付けしなくていいよ」

「わ、私は、これでいいのです」

「……ええ……わかった」

「はい」


 優理はそう言ってうつむく。確かに、その方があっている気もするな。

 心地よい沈黙が俺たちを包む。


「ねえ、ユ……」


 俺が声をかけようとすると優理は俯いたまま、うとうとしていた。

 頑張ったと言っていたし、早起きしたのだろう。時間もたくさんあるし、しばらくは寝かせてあげるかな。


 ☆☆☆☆☆☆


 可愛らしい寝顔を見ていると、仕切りを挟んだ横でしている会話が耳に飛び込んでくる。


「……で、あの中学生の女どうだった? えーっと、確かチアキだったか?」

「ああアイツか。いつもより遅い時間にメッセージが来てたっけな。命令通り、ノーパンで自撮りを送ってくれたと思うよ」


 聞き覚えのある名前に、俺はビクッとする。

 千照ちあき? 自撮り? まさかな。

 そう思うのだけど、俺は気になって仕切りの向こうにいる男をちらっと見る。

 大学生かそれくらいの年齢だ。黒髪でメガネをかけている。もう一人も男だが、こっちは少し太っていて、少し冴えない感じだ。


「これで何人目だっけ? 騙してるの」

「うーん、ちょうど10人切りくらいかな。高校生だとガードが堅いけど、どうして中学生はこんなにチョロいのだろうな? 有名なyoutuberの関係者と知り合いで紹介してやるから、動画デビューさせてやるって言えばホイホイ送ってきやがる」


 そういえば、千照も昨日vかyoutuberとかって言ってたような。

 まさかこいつらyoutuberで中学生を騙して遊んでるのか?


 怒りの感情が俺を支配する。しかし……目の前の優理を見て、不思議と冷静になれる。そうだ、優理が一緒にいるのだ。相手がどんなやつか分からないのに喧嘩を売ってもダメだろう。


「えーっと、西峰千照だな」


 俺の悪い予感が的中し、愕然とする。


「コイツ胸はそれど巨乳でもなくて中学生らしい体型なんだよな。だが、ルックスはマジでいいからなぁ。JKになったらマジで読モスカウトあるぞ」

「分かってねえなぁ。それくらいの体型が一番いいんだよ。あーこの女やりてぇ……。えーっと、写真は……ケッ、何だこれ?」


 こいつらは今まで調子に乗っているような舐めた声だったが、トーンが一段下がった。


「どれも当たり障りのない写真だな」

「見せてみ……。確かに、ノーパンで撮れって言ってるのに一枚もねーじゃねーか」


 写真を拡大縮小しているのだろうか。男して二人でスマホを弄っている。


「だーーー。なんか急にガード堅くなってね? マジか」

「クソッ、クソッ! これ親バレでもしたか、入れ知恵した奴がいるぞ。なーにがよろしくお願いしますだ」

「お前のミスじゃないか?」

「いや、お前だろ!」


 男はスマホを地面に叩きつけた。

 ガシャン! とガラスが割れたような音がする。


「おい、スマホ……」

「ああっ……クソっ! せっかく見つけた上玉だったのに、邪魔しやがって!」

「そんな、モノに当たるなって」

「はあ? お前なあ」


 あーあ。相当キレてるなあ。

 ざまーみろとしか思わない。昨日手を打って、千照と話ができてよかった。

 あのまま送っていたら? タイムリープ前は、あそこが映った自撮り写真で脅されていたんじゃないのか? 引きこもりの原因をもしかして潰せた?

 まだ油断はできないから監視はするとしても、ちょっといい気分だ。


「優理、優理?」

「ふにゃ……たつやさん……クロちゃ…んっ…そんなとこ舐めない……で」


 どんな夢を見ているんだ?

 名を呼ぶけどまだ起きない。どんだけ深い眠りなんだ?


「優理?」

「あ……んんっ……たつやさん……あっ……」


 吐息が漏れている。うーん、これって。

 すると、ふわあとあくびを飲み込んで、優理が目を開けた。


「優理、おはよう」

「お、おはようございま——」


 ぱっと目を開き、周囲を見渡す優理。

 くるくると表情が変わって、どこを切り取っても可愛いし見ていて飽きない。


「優理、そろそろお店を出ようか?」

「あっ、私、眠って……? は、はい」


 目を覚ました優理と歩き出す。


「あれ? たつやさん、とても嬉しそうです。何か良いことありましたか?」

「心配事の一つが片付いたかもしれない、かな」

「……えーっと……? ……そうなんですね! よかった」


 優理とそんなことを話しながら店を出た。

 後ろでは、さっきの男二人が何やら言い争いを始めている。

 俺は心の中で「残念! 千照を思い通りにさせないぞ」とニヤリとするのだった。



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