第10話 5月2日〜5月3日 妹の自撮りとデート

 授業を終え、俺は家に帰った。


「ただいま」


 いつも先に帰ってるはずの妹、千照ちあきの返事がない。

 出かけたのか? と思ってリビングに入ると……。


 カシャッ、カシャっ。


 そこには、ソファでポーズをとって自撮りする千照の姿があった。白いトレーナー一枚という姿。うん、それ俺のだよな。千照が着るには大きいため萌え袖状態で、生足が見える。

 なんでここで撮ってるんだ? 自分の部屋で撮ればいいのに。

 しかも何枚撮るんだよ。


「何やってんだ?」


 俺は呆れながら声をかける。

 すると、スマホを置いてこちらを向いた千照がニヤリと笑った。


「ねえ、もし私がvかyoutuberになったらお兄ちゃんフォローしてね」

「はぁ? どういうこと?」

「ふっふっふ、ひ、み、つ!」


 いや本当に何言ってんだ。俺はため息を一つついてソファに座った。


「お兄ちゃん、私の写真撮って。この前一緒に教科書を乾かしてあげたお礼で良いから」


 そう言って、ソファの上に足を揃えこっちを上目づかいで見る千照。教科書を一緒に乾かしてくれたのはとても助けられたけど、こんなことに使っても良いのか?

 そうだ、明日出かけるときに高橋さんに相談して千照にお土産でも買ってあげてもいいな。


 それは別として、しょうがないなあ、と思い俺はスマホを手に取る。

 俺の前で足を揃えて体育座りをし、上目づかいをする千照。あれだな、妹耐性ないやつだと簡単にコロッと逝きそうだ。


 スマホ越しに千照を見ると、足の付け根に目が吸い寄せられる。そこに俺は違和感を抱いた。

 あっ、ダメなやつ。


「おい、パンツ見え——っ、おいいいい千照、お前履いてないだろ!」

「あ、分かっちゃうんだ」


 なんつーもんを自撮りするんだ。見たのが俺だからいいものを。

 パンツを履いていないので、足と足の間にばっちり千照の大切なところが映っている。


 千照のどこを見ても特に何も思わないし、反応しない。

 俺は千照が中学生に上がる前まで一緒に風呂に入っていたからだ。というか、千照が一人で入ると寒いと言ってよく乱入してきた。

 俺にしてみれば、公園などにある裸婦像を見るのとそう変わりない。


「陰になっているけど見えるぞ」

「でも暗くて見えなくない?」

「甘い。コントラストをあげれば見えるぞ。ほら」


 俺は一枚撮り、コントラストを調整して千照に見せた。


「うわ、ほんとだ! お兄ちゃんすごい! でも……なんだか恥ずかしくなってきた」


 俺のスマホをのぞき込み興奮気味に話す千照。


「千照、もしかして他人にこんな画像送ってないよな?」

「えっ……えーっと」


 歯切れが悪いな。俺は不安を感じ、撮った写真を削除した後、手のひらを千照に向けた。


「ん」

「えっ何お兄ちゃん?」

「分かってるだろ。千照のスマホ貸して」

「えっ……うん」


 千照は素直にスマホを渡してきた。代わりに俺のスマホを渡す。


「終わるまで俺のでゲームでもしてて」

「うん」


 ロックを解除して貰い、写真アプリを開く。

 一面、千照の自撮り写真で埋まっている。どんだけ自撮りしてるんだ。


 それ以外は動画アプリのスクショが何枚かある程度。

 俺は一枚ずつ吟味して削除していく。すると、それに気付いたのか、千照は口を尖らせた。


「お兄ちゃんひどいー」


 そう言いつつも、諦めているのかそれほど強く言わない様子だ。

 タイムリープ前はこうはいかなかった。そもそも、こんなに自撮りしてるなんて知らなかったし。

 千照が引きこもりになったのは、ひょっとしたらこの大切なところが映ってしまっていたり、きわどい写真に関係があるかもしれない。


 千照は熱心に俺のスマホをタップしていた。

 一通り見てヤバそうなのは削除する。よし、これでとりあえず一安心だ。


「まったく。今後は気をつけてよ。まさか誰かに送ったりしてないよな?」

「えーっと、何枚か」

「まったく——それは大丈夫な奴か?」

「大丈夫だよお兄ちゃん。心配性だなぁ」


 さっき、俺が撮ったような過激なものは流石になかったが、心配だ。

 もし、タイムリープ前、無防備なものを誰かに送っていたら……?

 そう考えるとゾッとする。まあ危ないものは消したし、千照も分かってくれたようだから一旦は大丈夫だろう。


「ねえお兄ちゃん、この高橋優理って誰?」

「なっ……千照!」


 ゲームをしていたんじゃないのか?

 高橋さんの連絡先を見られたようだ。慌てていると、千照は呆れた様子で俺を見る。


「もう一人雪野さんって人が新しく友達になったみたいだけど、お気に入りに入ってる高橋さんが浮気相手?」

「だから、浮気とかそんなんじゃないって。ヒナとは付き合ってない」

「……ふーんまあいいけど。私ヒナちゃんと明日一緒に遊ぶんだよね。お兄ちゃん、もしかしてこの人とデート?」


 どうしてそんなに勘が鋭いんだか。なんとなく分かっちゃうものなのかな。


「ああそうだよ」

「ふうん。まあお兄ちゃんが決めることだし……そういうこともあるよね」


 しばらく沈黙が続く。やがて口を開いた千照の表情は真剣だった。


「あのね、お兄ちゃん」

「どうした?」

「私ね、昨日から思うんだけどね、無理してない?」


 無理、か。心当たりはある。

 確かに必死だと思う。……だって、今行動しなければ、タイムリープ前のようなことが起きる。


 っていうか、まあそっちはなるようになるとして……千照、お前のことが心配だ。

 タイムリープ前は誰かに弱みでも握られたんじゃないのか?


「まあ俺のことは良いよ。それより千照、もしかしてさっきの写真、誰かから欲しいって言われていない?」

「……っていうか私が送りたいの」

「まあ、普通の写真ならいいとは思うけど。さっきの見たいなヤベーのはダメだぞ。用心して欲しいし、悩みがあれば何でも相談して欲しい」

「う、うん。わかった。ありがとう」


 分かってくれたなら、それでいいかな。

 でも……タイムリープ前より距離が近いのは良いけど、その分言いにくいこともあるのだろうか? 引き続き気をつけていこう。


「でもね、私はね、お兄ちゃんに無理して欲しくないし、笑ってて欲しいな。だから、大丈夫だよ」


 そう言って微笑み、千照は自分の部屋に帰っていった。

 俺も千照にはいつも笑っていて欲しい。千照は絶対守ってやるからな——。


 ☆☆☆☆☆☆


5月3日(水・祝日)


 翌日。俺は気分を入れ替える。色々考えることはあるけど、徐々に上向きになっている実感がある。

 何より、せっかくの高橋さんとのデートだ。楽しもうと思う。いや、楽しまないとバチが当たるだろう。

 俺は高椅さんとの待ち合わせ場所……入り口でそわそわして待っていた。すると、


「あっ! 西峰君!」


 うおおおおおっ。

 俺に気付いた高橋さんがぱあっと笑顔になり、パタパタと小走りになって近づいてくる。

 初めて見る私服が可愛い。白のブラウスにカーキ色のロングスカートとスニーカーを合わせている。

 清楚な感じなのにどこか活発的で明るい印象を受ける服装だ。

 長い髪の毛はいつも通りハーフアップで、服装も相まって可愛らしさと綺麗さが同居していた。


「えと、西峰……君?」


 俺が見惚れていると、彼女は不思議そうに首を傾げる。その仕草もまた可愛らしい。


「あっ、ごめん。私服かわいいなって思って」

「あ、ありがとうございます……頑張りました」


 高橋さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 頑張ってくれたんだ。そう思うと嬉しさが込み上げてくる。


「じゃ、じゃあ、行こうか」


 俺が噛みながら言って向かおうとすると、急に左手のひらに柔からい、しっとりした肌が触れた。手を握られたのだ。

 驚いて振り向くと、真っ赤な顔のまま上目遣いで見てくる高橋さんの姿がある。


「はい、今日はお願いします……ね」


 くうう可愛い。ものすごい破壊力だ。俺はこれから一日中持つのか? いや、無理そうだ。いけるところまで精一杯頑張ろう。

 俺たちは手を繋いでモール内を歩き出す。

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