第4話 5月1日 高橋優理と猫とお風呂(3)

 風呂に入って、高橋さんの隣で俺の男の部分が最大におっきくなるって……生理現象とはいえ、こんな状態を知られたくない。

 少し前屈みになりつつも、俺は鎮めるために話題を核心に向ける。


「高橋さん、須藤先輩のことだけど」

「あっ、須藤先輩?」


 明らかに何か知っている様子だ。まさか、もう付き合っているのか?


「高橋さん知ってる?」

「はい。知っています。先週、廊下を歩いていたら急に声をかけられました。それで、付き合って欲しいって言われて……返事を急かされているんですが、まだ考えていて」


 そうか。まだ今日時点では付き合ってなかったのか。

 やっぱり川に落ちたのは須藤先輩が問題じゃなかったんだな……たぶん。


「今日学校から家に帰ったら返事をするつもりだったのです」

「何て返事を?」

「OKしようかなって……」

「え、どうして?」


 思わず、責めるように強く聞いてしまった。だって、記憶の中の須藤先輩はろくでもない感じだったし。少なくとも高橋さんのような子が付き合う相手ではないような。

 俺が決めることじゃないけどさ……。

 高橋さんは困ったような顔で、それでも正直に答えてくれた。


「その、今まで男の人と付き合ったことがなくて。先輩から、じゃあお試しでって言われて、それならいいかなって思っていたので」


 やばい。チョロい。だからあんなことになるのか?

 でもどうして今までは平気だった? 何か理由があるのだろうけど、一旦後回しだ。


「もしさ、その男……先輩が悪い奴だったらどうするの? 例えばヤリ目とか」

「ヤリ目って何ですか? 時々聞きますけど分からなくて」

「好きだからとか関係なく、エッチするだけが目的のやつ」

「えっち……だけ……? あっ」


 高橋さんは開けた口を両手で抑え隠し、顔がさらに赤くなっていく。何かを想像したようで、恥ずかしくなったみたいだ。

 お湯で上気していたのに変化が分かるくらい赤くなっている。俺は構わず続ける。


「そうだよ。好きでもなくて、それだけする目的で付き合うの。付き合っていれば、エッチしても周りはそれほど気にしないから、無理矢理迫ったりする人がいる」

「えっ……? そんな男の人がいるの?」


 俺の言葉にショックを受けたように、高橋さんが目を見開く。

 今まで悪い奴と関わったことないのかな。想像がつかないようだ。


「そうだよ。もしそうだったらイヤでしょ?」

「う、うーん。嫌な気が……する……けど、イメージ沸かないかもしれません」


 少し首をかしげながら言う高橋さん。可愛い子ってどんなポーズでも様になるんだな。

 それに赤くなっていたのが少し引いていて、肌の色は薄い桜色になっている。


「ほら、西峰君を見ていると優しいからそういうことしなさそうですし、みんなそうかもって思ってしまいます」

「それって俺を見ていた時間が短かすぎない?」


 もしかして俺、やっちゃいました? 高橋さんの男に対するハードルが下げちゃった?

 まあ、風呂に入って隣にいる俺がどうこう言う立場じゃないのは分かるけど。なんか複雑だ。


「今日だけですけど……でもこうやってても怖くないですし。西峰君だったら……お付き合いしてもいいかなって思うかも」


 だあー。ダメだこりゃ。こんなにチョロいならあっという間に須藤先輩にヤられてしまう。

 記憶の中より酷いことになるかもしれない。だって、ほとんど話したことない俺と付き合っても良いとかハードル下げすぎだよ。

 このままだと復讐どころか、むしろ須藤先輩のアシストをしてしまう。


「じゃあ、まさか須藤先輩と付き合うっていうの?」

「えと…………あれっ……?」


 高橋さんは、少し俯き胸の辺りに手のひらを置いた。タオルから覗く胸の谷間の上に。俺はガン見しそうになったので視線を外す。


「どうしたの?」

「なぜか、一瞬イヤだなって……思って……しまいました……?」


 お? これは……いい感じかもしれない。

 ぜんぜん理由が分からないけど、学校から帰る時から今までに、高橋さんに変化があったみたいだ。

 もうこの際、理由はどうでも良い。須藤先輩を振ってくれるなら復讐の一つになる。

 本当に高橋さんが変わったのか、もう少し確かめよう。


「じゃあ、クラスの……アイツ、細川! バスケ部のさわやかイケメンは?」


 高橋さんは、胸元に両手のひらを当てたまま目をつぶった。

 そして、少し間を開けて考えた結果を俺に告げる。


「ダメ……かもしれません」


 おっ。悪くないのかな? 細川は良い奴だと分かってるから、よく分からないかもとか、悪くないかもと言うと思ったのだけど。


「じゃあ、アイツは?」


 俺は高橋さんが話したことがありそうな、それでいて悪い印象を受けない男子の名前を告げ、考えてもらった。


「つきあいたく……ないかも?」


 答えは全て「NO」だった。


 もしかして逆転勝利? よく分からないけど。

 じゃあ、もう一度……。


「須藤先輩とつきあうのは……?」

「イヤ……かも」


 よし。とてもいい。

 でも、なんだかすごく悪いことをしている気分になる。

 須藤先輩と付き合うかどうかなんて本当なら俺が口出すことじゃないのに。


 でも、その悪いことを妙に気持ちよく感じてしまう。

 俺、性格悪いかもなぁ。でも復讐できるならなんでもありだ。

 じゃあ最後の仕上げ。これもNOと答えてくれたら、高橋さんはチョロい女子から卒業だ。


「じゃあ、俺は?」


 高橋さんは、胸に手を当てたまま目をつぶって考えはじめた。

 ……長いな。随分長く感じる。

 NOだ。NOと言ってくれ……。


 しばらくしてようやく、高橋さんは答えを口にした。


「……えーっと……西峰君ならお付き合いしても……考えてみても良いかもしれませんっ」

「なんでだよっ!?」


 俺は言ってからうなだれてしまい、お湯の中に顔を沈めた。


 ぶくぶくぶく……。

 チョロい女子卒業……ならず……。

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