第3話 5月1日 高橋優理と猫とお風呂(2)

「西峰君、ここが私の家です」


 高橋さんに案内されたのは立派な門構えの一軒家だった。豪邸というわけではないが、普通の家庭で育った俺には十分大きいと感じるものだ。

 彼女の両親は共働きのうえ忙しいらしく夜遅くになったり、そもそも帰らないこともあるのだとか。

 こんな大きさの家に夜まで一人いると、寂しさが募りそうだ。

 案内された入り口から入ると、すぐ脱衣場に繋がっていた。


「濡れた服はこのカゴに入れておいて下さい。洗っておきますね。タオルはこれ使ってください。着替えはここに置いておきます」


 そう言って、高橋さんは脱衣所を出て行った。

 手渡されたタオルを持って風呂場に入ると、そこには大きな浴槽がある。

 しゃわぁぁ……と身体を流し始めると、ガリガリと風呂場のドアを引っかく音がする。どうやらさっきの黒猫だ。

 ドアを開けるとスッと入ってくる。


「風呂入りたいの?」

「にゃあ!」


 すり寄ってきたので、撫でようと手を伸ばした。撫でても逃げようとせず、俺の手のひらの感触を味わうようにスリスリと頬ずりをしている。


「身体洗うか?」


 猫は水が苦手って言うけど大丈夫か? と思いながらお湯をかけると気持ちよさそうに目を細めている。

 猫って可愛いな。飼ったことが無いけど。

 俺もシャワーを浴びつつ身体を洗う。お湯が温かくて気持ちいい。


「お前さ、風呂好きなの? 猫は風呂嫌いと聞いたような気がするけど」


 そう話しかけた時、ドアの向こうから声が聞こえた。高橋さんだ。


「……西峰く……猫……」

「ん? なんて?」


 声が聞こえにくいので、俺は風呂場のドアをガラッと開けた。


「高橋さん、もう一度言ってくれないかな?」

「西峰君……あっ!!」


 突然高橋さんが両手で顔を覆う。ん?

 よく見ると、高橋さんの顔を覆う指と指の隙間から瞳が見えた。その視線の先には……俺の股間がある。

 まるで鋭い針のような視線が俺の大事なところに突き刺さっていた。


「あっ! ごめん!」


 俺はドアを半分閉じて顔だけ出す。

 いかん。妹もいるし、前は風呂に一緒に入っていたわけで……女子であろうと裸を見られることに抵抗を感じなかった。そのため、どやあと思い切り見せた感じになってしまった。

 これは——逆ラッキースケベ。俺は嬉しくないけど。

 でもさ、俺も油断したけどさ、高橋さん顔を隠しつつもしっかり見てなかった?

 とはいえ、耳の先まで真っ赤になった高橋さんも可愛いかった。


「あ、あのね、クロちゃんの姿が見えなくて、もしかしてここにいるのかなって思ったの」


 クロちゃんってのはこの猫のことだな。


「ああ、今一緒にシャワー浴びてるよ」

「よかった。あの……えっと……じゃ、じゃあ西峰君はゆっくり暖まってください……くしゅん!」


 高橋さんが可愛いくしゃみをした。よく見ると、寒そうにして少し震えている。

 川の岸でびしょ濡れの俺を拭いたとき、高橋さんの服も濡れてしまっていた。

 俺のためにお湯を溜めてくれたり準備をしたので彼女はまだ着替えていない。濡れたブラウスで体が冷えてしまったのかもしれない。


「俺上がるからさ、高橋さん入りな。風邪引くよ」

「そ、そんな……悪いです。西峰君まだ入ったばかりなのに」


 確かにシャワーを軽く浴びただけだ。できれば湯船に浸かりたいけど高橋さん風邪引いちゃうよな。

 うーむ。断られるだろうけど試しに言ってみるか。


「ねえ、高橋さん。一緒に入るってのはどう?」


 冗談っぽく言うと、彼女がビクッと震えた気がした。そして、ゆっくりと手を顔から離すと上目遣いで俺を見る。その瞳は少し潤んでいた。


「はい……そうして貰えると助かります」


 えっ?

 俺は一瞬耳を疑ったけど、間違い無い。高橋さんは一緒に入ると言った。

 とはいえ、お互いに裸になるのはいくらなんでも無理だろう。

 実際、高橋さんは服を脱ごうとしているものの躊躇している。まあ、当たり前か。


「タオルを身体に巻いていれば少しは恥ずかしくないかも。俺も巻くから、一枚取って貰えるといいな」

「そうですね。私も今タオル巻けば良いかなって思いました。水着みたいなものですし」


 そうか? とも思ったけど高橋さんは俺にタオルを渡してくれた。

 腰を巻くのに十分な大きさだ。ドアを閉めてから俺はそれを腰に巻きつつ、髪の毛を洗う。

 そして、ざああとお湯でシャンプーを流し始めて、俺はなんとなく黒猫に話しかけた。


「なあ、クロ。お前が時を戻してくれたのか?」

「にゃあ?」


 はあ? と答えたような気がした。まあ、そんなわけないよなあ。

 俺は話題を変える。


「高橋さんチョロいって言うか……危なっかしくないか?」

「にゃあ」


 同意してくれたのかな?


「橋の欄干に上るのもそうだけど、俺を家に上げてそのまま一緒にお風呂に入るとか。男に免疫がないのか?」


 家には二人だけ。俺だって一応男だし、本気を出したら高橋さんに止めることはできないだろう。

 そもそも俺は高橋さんを傷付けるつもりはないし、もしそんなことをしたらあの先輩以下になってしまう。それだけは死んでもイヤだ。


「俺だからいいけどさあ、もし俺が悪い奴だったらどうするんだ?」

「にゃあああ! にゃあああ!」


 そうだ、そうだ、と今度は激しく同意してくれたように感じる。


「こんなに無防備だから……あんな先輩と付き合ったりするのかな」

「にゃあ……」


 あんな先輩、か。

 ヒナ……俺を選んでいれば絶対に幸せにしてあげらたのに。どうしてあんな先輩を選ぶんだ。しかも、これは免疫がないという問題じゃない。俺と比べてあっちを選んだのだ。

 そんな苦い感情を思い出した瞬間、


 ガチャ。

 

 ドアが開くと高橋さんが入ってきた。当然、タオルを巻いただけの姿で。

 湯船に垂れためだろう、編み込んでいた髪の毛を束ねてまとめている。いつもと雰囲気が違って新鮮だ。可愛い。

 それにモコモコしたタオルを巻いているのにスタイルの良さが分かる。胸も大きいし腰もくびれている。肌も白くて綺麗だ。


 ガン見してしまったので、慌てて視線を逸らした。


「じゃあ俺は湯船に浸かるね」

「あ、あの……私も一緒にはいっていいですか? ちょ、ちょっと寒くなってしまって」

「えっ。う、うん全然大丈夫」

「よかった」


 こうして俺たちは湯船に並んで入ることになった。

 湯船は二人並んで入ると丁度良い広さだ。

 だけど……あの高橋さんが俺の隣にいる。しかも、裸にタオルを巻いただけの姿で。

 これで興奮しない男はいるのか? いやいない!


「温かいですね、西峰君」

「う、うん」


 肩が触れ、肌と肌がくっつく。冷たかった高橋さんが次第に温かくなっていく。

 必死に平静を装う俺。しかし、目に入る高橋さんの姿に俺は頭がクラクラした。


 お湯に濡れたきめ細かい肌。タオルに包まれた胸の膨らみ。湯船に浸かった白い足。

 変な気分になる前に、高橋さんに話しかける。


「そういえばさ、この黒猫どうしたの?」

「クロちゃんはね、私のお友達です。外を歩いていたときたまたま橋の下にいるのを見つけて、餌をあげながら一緒に遊んでいたんです。今日は急に走り出したから追っかけていたんです」

「そっか。でも、それなら飼ってしまえばいいんじゃない?」

「そうしたいです。最近、この辺りで猫をいじめる人がいるみたいですし。でも、両親に相談しにくくて」


 沈黙が訪れると、改めて静かなのが分かる。

 こんな広い家で一人、夜まで待つのは確かに寂しいだろう。

 俺は風呂の縁に座っているクロを見る。


「そうなんだ……でもちゃんと言うべきだよ。クロもこの家に住みたいでしょ?」

「にゃあ!」


 うんそうだよ、とクロが答えたような気がした。


「ほら、クロもそう言ってることだし。頑張って言わないと」

「……うん。そうですね。クロちゃんがそう言うなら、父にお願いしてみます! ありがとう、西峰君。まるでクロちゃんの気持ちが分かるみたい」


 高橋さんがこっちを向いたので、俺も彼女の方を見た。

 その顔は少し綻んでいて、嬉しそうに見える。


「ううん。なんとなく思うだけ。俺は何もしてないよ」

「そうですか? クロちゃんも西峰君に懐いているみたいですし。これからもクロちゃんの気持ちを教えて欲しいです」

「まあ、俺でよければ」

「にゃあん」


 俺たちの様子に満足するようにクロが鳴き、高橋さんの首元を舐めた。


「キャッ……クロちゃん、くすぐったい……あんっ!」


 笑いながらクロとじゃれる高橋さん。

 上気した彼女の肌は艶があり、さらに視界の端に胸の膨らみが映る。

 その上、タオルに覆われた先端の突起の形まで見えてしまった。あ、アレって……まさか……?


 すごい状況だ。同級生の美少女が隣にいる。裸にタオル一枚だけという姿で同じお湯に浸かっている。パンツすら履いていない。

 しかも、胸の谷間が見えるだけじゃなく、タオル越しにその先端が隆起してて——。


 やばい。

 俺は身体の中心が存在の主張を始めたことに気付く。

 ムクムクとそれが起き上がっていく。意識すんなと思えば思うほど、力強くなっていく。

 お願いだ。静まれ、鎮まれー、静まりたまへー。


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