第5話 5月1日 高橋優理と猫とお風呂(4)

 人はそんなに速くチョロい女子を卒業できない。

 須藤先輩と付き合うのをイヤだと感じ始めているだけで、今日の成果としては十分だろう。


「そ、そろそろ上がるね」

「はい。着替えを用意しているので、制服の乾燥が終わるまではそれを着て、リビングで待っていて下さい。私は身体を洗ってから出ます」

「うん、わかった」


 ざばあ。

 俺は立ち上がる。

 さっきの会話で俺の中心部はしゅん——としていたため前屈みにならなくて済んだ。


 風呂のドアを開けて出ようとするとき、背中からお尻の辺りに視線を感じて振り返る。すると、俺を高橋さんがガン見していた。

 そういえば、さっきも俺の下半身を指の隙間から見ていたような。高橋さん、結構そういうことに興味津々なのかな。

 俺は気付かないふりをして風呂場を出た。


 ドアを閉めると、すぐに高橋さんが風呂から上がりしゃわわわーとシャワーの音がし始める。

 今はバスタオルなしの裸なんだ……と考えるとドキドキしてくる。

 シャワーの音を聞きながら身体を拭き、用意してあったものを着る。シャツとパンツ、それにジャージだ。どれも新しく見えるので、あまり使ってないものかも。来客用とか?


 言われたとおり、俺はリビングで待つ。

 リビングは広々としていて、20人くらい集めて宴会が出来そうだ。


 静かな室内。テレビを見る気にならないし、俺はソファーにごろんと横になった。

 クロは高橋さんと風呂か……いいなお前。タオルを取った高橋さんの姿を拝めるとは。などと思った途端、


「にゃあ!」

「うわあっ!」


 いつのまにか横にいたクロが抗議するように鳴き、俺の膝の上に寝転ぶ。

 水が滴るほど濡れていないので、高橋さんに拭いて貰ったのだろう。


「お前、先に上がったのか。まあ長湯になっちゃうしな」


 すると、ブー、ブーとスマホのバイブ音が聞こえた。誰からの着信だろうか?

 俺のものじゃない。見ると、テーブルに白色のスマホがある。

 近づいてみると……これ高橋さんのだ。誰かからメッセージが来ていた。


 ロックがかかっているものの、通知にメッセージが表示されている。


『須藤

 ね、そろそろ返事を聞かせて欲しい。付き合ってくれるよな?』


 須藤先輩から、付き合うかどうかの返事の催促が来ていた。

 タイムリープする前は高橋さんはOKしたのだろう。


 でも今は、高橋さんは断ってくれる。なんか不思議と安心感が心を包む。


「ふぁー」


 俺がもう一度ソファーに寝っ転がったタイミングで、高橋さんがやってきた。


「あ、西峰君、クロちゃん」


 俺とクロの様子を見て、ちょっと頬を膨らませる高橋さん。

 怒っても可愛いな。


「むううううー。クロちゃん、どうして西峰君にべったりなんですか?」

「どうしてだろうね? 俺子供の頃から猫に好かれるかも」

「にゃあん」


 クロは何も意に介さない様子で鳴く。それを見て、相変わらず頬を膨らませた高橋さん。


「むうぅー」


 慌てて起き上がった俺の膝の上に座るクロ。

 そういえば、高橋さんに聞いてみたいことがあった。


「ねえ、今まで男子に付き合ってとか言われてて断ってきたのどうして?」


 一年の頃から男子、特に先輩から告白されてきたらしい。中学でもモテたことだろう。


「あのね、お父さんがすっごく厳しくて……スマホのチェックされいたんです。メッセージとか通話履歴をチェックされて男子の名前があると、お父さんが電話かけたりして大変だった」

「マジか」


 なかなか大変だ。

 これじゃ、確かに男は近づかなくなるだろう。


「マンガとかラノベもダメって言われてて。だから私、男の人のことよく知らないんです。友達の恋バナは聞くけど、よくわからなくて」


 納得ではある。

 でも、高橋さんのお父さん。チャラい娘製造機になってますよ。

 そこまでするなら、いろいろと悪い男のことを教えるべきなんじゃないのかなあ。


「今は干渉がなくなったんだ?」

「そうなんです。四月になったら全くなくなりました。忙しいのもあるみたいですけど、お母さんの話だと、会社の人に何か言われたみたいなんですよね」


 そこから一ヶ月ほどして、あの須藤先輩が声をかけたってことね。

 最悪なタイミングだったんだな。

 なんとなく高橋さんのことが分かってきた。そういえば他にも聞いてみたいことがある。


「ちなみに、さっきお風呂で俺の身体をめちゃ見てたのは……?」


 あっという間に顔が真っ赤になり、目を逸らす高橋さん。


「見たことなかったから、その……興味があって、つい」

「お父さんとお風呂に入ったりしなかったの?」

「すっごく小さい頃一緒に入ってたみたいですけど、覚えてなくて……その……だから、ちゃんと見るのは西峰君が初めてです」


 高橋さんぶっちゃけすぎ。

 でもちゃんと見たんだ。どんな感想だったのかな。


「あっ、須藤先輩からメッセージが来ているよ、西峰君」


 高橋さんがスマホのメッセージに気付く。


「えっと、なんて?」

「…………西峰君なら……言っても……いいよね……」


 高橋さんは小さな声でつぶやいた。他人のメッセージを教えるのに抵抗があるみたいだ。だけど、俺は高橋さんの信頼を獲得したらしい。


「返事を聞かせて欲しいみたいです。私は断ろうと思いますけど」


 俺は少し考え、高橋さんに告げる。


「今返事をするの?」

「うーん。付き合うのはイヤなんですけど、私の目でどんな人かもう少し見てみたいから、少し考えてからでしょうか」


 高橋さんは、いつの間にかすごい目力で俺を見ている。なぜかやる気になったみたいだ。

 話しながら、高橋さんが俺の横に座る。ちょっと近いんですけど。

 お風呂上がりで、パジャマ姿の高橋さん。新鮮だし、その姿もなかなか可愛いな。

 俺と同じような香りがするのがちょっと不思議だ。


「そっか……じゃあ、5月10日まで待って下さいって言って欲しい」

「ゴールデンウイークの後?」


 少し先にすることで、須藤先輩を焦らせることができるかもしれない。

 高橋さんが須藤先輩とメッセージのやり取りをしていくうちにガバを出すかもしれない。それを使って復讐したい。

 何か怪しいことがあったら、高橋さんから俺に伝えてもらえればいい。


「私も須藤先輩がどんな人か知りたいです。西峰君、須藤先輩がヤリ目って言いたいんでしょう?」

「え、えーっと、うん」

「私の目で見て、ヤリ目だと分かるかどうか……確かめたいです。西峰君のこと信じてるので、間違いないと思っていますけど」


 相変わらず、俺のことあっさり信用しすぎだよ〜。

 でもまあ、高橋さんが前向きに考えてくれそうでよかった。俺が言ったわけでもないのに、チョロい女卒業にやる気を出したようだ。だったら、止めるのは野暮……なのかも。

 だけど注意もしないといけない。


「約束して欲しいことがある」


 そういうと、高橋さんは背筋を伸ばして俺を見た。


「な、何でしょう……?」

「まず須藤先輩と二人きりにならないで欲しい。学校でも……どこでも。悪い人だったら、高橋さんが危ない」

「分かりました」


 高橋さんは、真剣な表情でスマホにメモを始めた。

 いや、そこまでしなくていいんだけど。まあ、これくらい慎重な方がいいだろう。


「それと、何か変なこととかおかしいことに気付いたら、俺に教えて欲しい」

「はい。私もどんどん相談しちゃうかもしれません。西峰君聞きやすいし」

「うん。よろしくね」


 俺がそう答えると、さっそく返信をする高橋さん。


「待って欲しいって送りました。西峰君、私頑張ります」

「うん。俺もサポートする」


 チームみたいなものを俺と一緒に組んでくれた高橋さん。

 クロも祝福してくれたのか、俺たちの間でにゃあん! と鳴いてくれたのだった。



 ——復讐の糸口が、少し見えたような気がする。

 高橋さんの、ヤリ目かどうか分かるようになりたいという気持ちを利用している気がするけど、それは復讐の後に謝ろう。

 5月10日。俺が幼馴染みがNTRれた日だ。その日までに決着を付ける。


 高橋さんと俺ならきっとうまくいく。

 たった二、三時間一緒にいただけなのに、どういうわけか俺はそう感じていた。



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