2012年12月28日金曜日

東京都M市にある小さなアパートの一室で僕にとって最も楽しみな夕食が始まった。僕は母が作ってくれたミックスフライに目を輝かせている。母は毎週金曜日に海老とサワラ、コロッケをわざわざ家で揚げてくれた。

僕はいつも午後六時になると条件反射的に台所に行っていた。母はその時間にフライを揚げるからだ。ふわふわなパン粉に包まれた海老が油の海にじゅわっと広がっていく姿はいつ見ても気持ちが良かった。


「まま!いつできる?」


「あともう少しよ」


急かす僕に母は優しく声をかけていた。


三人分が揚げ終わる頃に、父は玄関の扉から現れる。父はただいまと一言言うと着替えもせずテーブルの席に着く。母はおかえりと言いながらお皿を並べる。父がスーツのまま夕食を食べるのは金曜日だけなので、そういう意味でも、僕にとって金曜日とは特別な日だった。


全員が席に着くと、頂きますと声を合わせて言った。最初に食べるフライは皆いつも違っていた。僕は海老、母はサワラ、父はコロッケにかぶりつく。皆の口からサクっという音がする。僕はその音を聴くのが好きだった。


家族が、一つになった気がしたからだ。



母は金曜日以外、家に帰るのが遅かった。夕食の準備なんて出来ないくらいに。僕は学校から帰ると朝父が用意してくれた、塩と胡椒で味付けされた簡単な肉炒めをいつもレンジで温める。その後はご飯のパックだ。

母を恨む気持ちは無かった。母はアルバイトをしてお父さんの助けをしていると父から言われていたからだ。純粋無垢だった僕はそれを信じていた。


僕はミックスフライデーの母しか知らなかった。

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