その血族×異端、秘密は夜に隠されて(2)

「ああ、そういえば原始的な仕掛けって、意外と今の殺傷能力に勝る速度と、どんぴしゃに死角を狙ってくる物も多いですよね。エジプトの遺跡で、追っている賊の首か飛んで、面倒だからウチの部隊を外で待機させて僕が追っ――あ。いや、なんでもないです」


 つい思い返して口にしてしまった雪弥は、仕事での体験だったと気付いて口をつぐんだ。蒼慶が、途端にむつつりとした表情を浮かべて、前を見つめたまま「お前の『仕事内容』くらい知っている」と愚痴り、何を今更と呟く。


 なんとなく察せられているだろうな、とはずっと思っていた。けれど今だって、互いの口から明確な名称や単語は出していない。そのちょっと不思議な気もする状況を考えていたら、宵月が「それで?」となんでもないように尋ねてきた。


「その仕掛けとやらが発動した際、雪弥様はどう対処されたのですか?」

「え? ああ、僕はアレですよ。数メートルの大斧がスライドしてくるだけの仕掛けだったので、ひとまず普通に指で掴まえて、砕きました。ただ、せっかく現地の『仲間』に新調してもらったスーツだったのに、風圧でスーツの袖口が少し擦り切れてしまったんですよねぇ」

「…………なるほど、『普通に』……。それは、実に原始的な方法ですな」


 しみじみと口にする雪弥と、普通、という一般常識的な値について思案する宵月。そんな緊張感もない二人のやりとりを、背中の向こうで聞いていた蒼慶が「馬鹿か」と思わずこぼして、本題に戻すようにこう言った。


「閉じ込められる事はないが、父上が言うには、立ち入り禁止となっている場所も多く存在しているらしい。他の一部の場所については、当主の地位継承を受けた後に段階を踏んで『情報を継承』する決まりにもなっている。一度迷い込んだら、へたをすると本当に帰って来られなくなるかもしれん」

「兄さんって、そもそも迷子になるイメージがないんですが……」

「同行している貴様に、代々守られて受け継がれている地下空間の『壁』を、強行突破で破壊されるのを、私は懸念しているんだ」


 何故か、ギロリと睨まれてしまった。雪弥は反射的に降参のポーズを取って「なんか、すみません」と、謝った。半ば話を聞いていなかったので、なんで怒られているのだろう、と思っていた。


 いつまで階段が続くのか分からない。まだしばらくは到着しないのか、こちらを見ていた蒼慶が「ふんっ、まぁいい」と、少し眉間の皺を浅くしてこう続けた。


「日中にも話し聞かせてやったが、途中だったし、お前はよく分かっていないだろう。我が三大大家について、もう少し掘り下げて教えてやる」

「えぇと、でも僕は蒼緋蔵家とは直接関わりがない身ですし、その、遠慮しておきます」


 まるで蒼緋蔵家の一員として、その情報を叩きこまれているようにも感じて、雪弥はそう答えた。そもそも面倒である。


 しかし、蒼慶が勝手に話し始めてしまっていた。


「三大大家は、一番古い歴史を持つ一族だ。陰陽師として神事を行っていた者もある表十三家と共にあり、貴族にして戦士だったと聞いている。他の一族や各名家もそうだが、それぞれ語り継がれている秘密があり、代表的に知られている伝承とキーワードがある。それを、私達のような一族は、幼い頃に教育される」


 つまり緋菜もそうなのだ、というようなニュアンスで彼が言う。


「たとえば三大大家の一つで、闇より来たる邪神を倒した、という聖剣伝説が残る架鵞宮(かがみや)家は、代々その剣を受け継ぎ、当主は血ではなく剣に選ばれるという風習が続いている。代々の当主には、その聖剣に刻まれている『神印』があるとされ、『聖剣』と『神印』という言葉が出た場合、私達はこの大家の事を指しているのだと分かるわけだ」

「それ、貴族的な社交みたいな感じで、必須だったりするんですか?」

「緋菜の場合は、後継ぎではないためそこまで厳しくはないが、大抵は全ての名家について教わり、言い伝えを頭に叩き込まれる」


 つまり、兄さんの頭の中には、富裕層の家々の情報が、全部詰まっているのか……。


 自分なりにざっくりと解釈して、思わず心の中で呟いた。すると、何故かジロリと流し目を向けられてしまった。

 本能的に察知するような異能でも備わっているのだろうか、と本気で思いかけた雪弥の後ろで、明かりを持っている宵月が「口から出ておりました」と冷静に指摘した。緋菜と似通った部分を見た蒼慶が、「その癖、昔から直らんな」と忌々しげに言って、視線を前に戻す。


「まぁいい。時間もまだある――そうだな。三大大家で、最も肉弾戦に優れていたといわれているのが、龍神伝説の残る燕龍(えんりゅう)一族だ。彼らは竜神と共に邪神と戦ったとされ、『その身に龍を纏(まと)いて戦場を駆ける』という言葉が文献に残されている。聖剣伝説の架鵞宮一族が剣を用いて敵を貫き、燕龍一族はその身で敵を打ち滅ばした」

「ふうん? 三大大家の二つが、『架鵞宮(かがみや)』と『燕龍(えんりゅう)』なんですね。そういえば、どっかの大富豪の名前だったような気がしないでもないというか」

「燕龍(えんりゅう)家は、一族全員に守護龍がついていると云われ、生まれつき鱗型の痣があるともいう話もある。今でも『守獣』という言葉が使われており、それは当主直属のボディーガードにあたる『役職』の、副当主補佐を示す言葉だ」


 雪弥は、ふと、夜蜘羅が口にしていた『番犬』というキーワードを思い出した。

 蒼慶の話からすると、それぞれ一族内で独特の立ち位置や、役職といったものがあるようだ。そうであるとしたら、蒼緋蔵家内でも独自に使われている言葉があって、それも何かしらの役職を示すものであったりするのだろうか?


「ウチで、『番犬』という言葉が使われている何かがあったりしますか?」


 雪弥は、そう考えながら尋ねてみた。蒼慶の肩がぴくりと揺れて、その足が止まる。


「『番犬』……?」


 同じように立ち止まった宵月の明かりが、小さく振れて、三人分の影が狭い空間に大きく揺らいだ。

 唐突に静かになってしまったのが不思議で、雪弥は動かなくなった背中に向かって「兄さん?」と声を掛けた。すると、蒼慶が再び階段を下り始めながら「どこでソレを聞いた?」と、チラリと肩越しに目を向けて確認してくる。


「まぁ、ちょっと僕もあまり事情は分からないんですけど、まるで蒼緋蔵家に関わるキーワードみたいに『番犬』と、口にしていた人がいたものですから」


 雪弥は、詳細をぼかしつつ答えた。追求される前に「それで、どうなんですか?」と、続けて回答を催促する。


「実際のところ、蒼緋蔵家(ウチ)と『番犬』というキーワードには、関わりがあったりするんですか?」


 すると、蒼慶が探るように顰め面を強めた。けれど、思案顔で「――まぁ、今のうちに少し話しておくか」と独り言のように言ってから、言葉を続けた。


「蒼緋蔵家は、馬に乗って戦場を駆けた武人としても知られている一族だ。お前も知っての通り、本家の男子には『蒼』、女子には『緋』の文字が与えられる」

「僕の場合は、母さんが父さんに相談して、わざと『蒼』の字は入れなかったとは聞いてます」

「紗奈恵さんは、元々『蒼』の字を入れたがらなかったそうだ。権利関係以上に、彼女の中で何かしら強い理由があったようだが、それについては語ってもらえなかったみたいでな。父上はそれでも、どうにか説得しようとはしたらしい」


 愛する二番目の我が子にも、自分の名にも入っている『蒼』の字を与えたい。まるで兄弟の中でたった一人だけ、子供として認められていないみたいにも感じて悲しいじゃないか、と。

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