その血族×異端、二家と早い夕食会(1)
「扉に仕掛けられた施錠が外れるのは、午前零時だ。その時に、私達は当主である父上しか知らない、蒼緋蔵家の秘密の一つ踏み込む事になるわけだが――」
母の亜希子に素直に従う事にした蒼慶が、仕方なくといった様子で立ち上がったところで、顰め面でこちらを振り返る。
「その前に、一つ訊いておきたい」
続けて腰を上げた矢先、真っ直ぐ目を向けられた雪弥は「何?」と返した。
「お前は殺すと言ったが、もし、それが『普段からお前が対峙しているような類ではない一般の者』だとしたら? 意思の疎通も出来、こちらに害がないとしても、そうするのか」
「へ? えぇっと、それなら多分、そのまま捕えて話を聞き出すかな。兄さんが知りたがっている事を、聞けるかもしれないし……?」
思ってもみなかった問い掛けだったので、スムーズな返答が出来なかった。彼が一体どんなところまで把握していて、何をどう知りたがっているのかは分からないが、恐らく指示されるだろう可能性をそのまま口にした。
すると、蒼慶が「ならばいい」と言って歩き出した。扉を開けた宵月のもとへと向かう彼に気付いて、雪弥は置いていかれないよう足早に隣に並んだ。
「私としては、話し合いの余地があるのなら、出来るだけ物騒な事は避けたいと考えてもいる」
「出来るだけ、という事は、それは低い推測の域なんですね」
「おい、残念そうな視線を向けてくるな。お前の緊張感のなさをそこからひしひしと感じて、苛々する」
雪弥は、少し近い位置にある横顔を見ただけだったのに、ひどい言われようだと思った。二人の先頭を案内する宵月が「視線だけで表情が察せるようです」と、主人に同意した。
一階へと向かいながら、蒼慶は何が起こるか分からないので、警戒するようにと二人に言った。宵月同様、雪弥も指示には絶対に従う事を要求されたが、元より兄の足を引っ張る気は微塵にもなかったので、時と場合によっては、という部分を意図的に省いてしっかりと約束した。
「こんな事は言いたくないが、桃宮家が来たタイミングも気になる」
近づいてくる階段の方を見ながら、そう口にして、蒼慶が思案気に眉を寄せる。
雪弥は、そういえば何かを勘ぐっているようでもあったな、と彼が桃宮と話していた様子を思い返した。
「桃宮勝昭とウチの当主は、確かに交流はあったが、分家の中でも低い地位だった彼が、ここ十年で本家に足を運んだのは、二、三回ほどだ」
「そうなの? 結構、趣味となんとか話していませんでしたっけ?」
「貴様、碌に話しも聞いてなかったな?」
ジロリと横目に睨み下ろされて、雪弥は「うげっ」と反射的に声を上げた。思わず口を手で塞いだものの、先頭を歩く宵月も肩越しに振り返って、「元より、当初から察知しておりました」と、いかつい顔に、ちょっと困ったような表情を浮かべる。
がたいのいい屈強なおっさんが、そんな表情をしても、ちっとも可愛くない。雪弥は苦手意識もあって、つい手を小さく払ってこう言っていた。
「前向いて下さい宵月さん」
「相変わらず、ストレートに失礼な事を申されますな。大変結構でございます」
「やめろ、僕にまでそんな目を向けるな」
「おや、本気のドン引きでございますな。その表情、幼い頃と変わりませんね」
そう言いながら、前に向き直った宵月の身体がクツクツと揺れる。顔面に感情が表れていないせいで、後ろから見てもシュールな光景である。
雪弥は、ついゴクリと息を呑み込むと、彼の後ろ姿を見つめたまま、隣の兄の方へ両手を伸ばしつつ尋ねた。
「…………兄さん、あのさ。それで桃宮さんの事だけれど」
「話をそらすのが下手だな。話題を戻すにしても、幽霊を見るみたいな目を宵月に向けたまま切り出すな。そして、こちらに助けを求める手を伸ばす癖も、直した方がいいぞ」
全く情けない、と蒼慶が言う。彼は、眉間にそんなに深くない皺を刻みつつ、自身の執事へと視線を投げた。
「お前も、あまりコレをからかうな」
「失礼致しました。あまりにもお変わりがないもので、成長が見られないお方だなぁと面白――残念に思いまして」
「おい、今のなんで言い直した? どっちも失礼極まりない感想ではないでしょうかッ」
チクショーこいつ、昔から兄さん以外、全部下に見ているところがあるんだよな!
しかもどうしてか、よくこちらにちょっかいを出してくる。幼い頃、驚かされた拍子や、嫌悪感覚える迫りっぷりに耐えきれず、力を加減しつつも何度もぶっ飛ばしてしまっていた。
そんな二人の様子を無視して、蒼慶が「桃宮の件だったな」と思い出すように、先程あった質問に答える。
「そんなの簡単な事だ。何しろ、来る前にプロフィールをチェックするからな、趣味くらい知っていて当然だろう。――それに、訪問の予定を聞かされてからずっと、私としては少し気になっている事もある」
「気になっていること? それは、なんというか珍しいですね」
事前に訪問のある人間の調査書に目を通し、個人情報を頭に叩き込んだうえで面会する、という流れも、突っ込みたいところではあったが、社交界ではまぁまぁある事だとはぼんやり知っている。
雪弥としては、普段は迷いもせず思考をさくっと終える兄が、今回はどちらともつかない様子で、思案する表情を見せているのが物珍しくもあった。ここ数年は電話越しだったから、そう強く感じてしまっているだけだろうか?
けれど、その疑問を本人に問い掛ける時間はなかった。
話している間に階段を降り、夜には夕食が用意される大部屋に到着してしまっていた。そこにあった長テーブルには亜希子達が腰かけていて、こちらに気付くなり、にこやかに手を振ってきた。
※※※
二家による和やかなお喋りが続いた後、夕刻には夕食の用意が整えられた。
蒼緋蔵家の夜のテーブルの上も、一流ホテルのディナーのように随分と豪華だった。やはり、人数分以上の料理が山のように並べられている。
本家の専属シェフ達が、給仕と共に行き交う様子は、普段の家庭の食卓にはない光景だ。おかげで食事が始まってしばらくの間、雪弥はつい遅く咀嚼しながら、テキパキと仕事をこなす彼らの姿を目で追ってしまっていた。
紗江子とすっかり親しくなったらしい亜希子は、隣同士の席に腰かけて、料理を楽しみながらどんどんワインを口にしていた。桃宮勝昭が苦笑で見守る向かいには、アリスと楽しげに話す緋菜がおり、時々心配そうな表情で母の様子を窺っている。
「お母様、少し飲みすぎじゃない?」
「何言ってるのよ、まだ飲んだうちに入らないわよ」
食事が始まって二十分足らず、何本目のボトルかも分からないワインが注がれたグラスを、そう言いながら亜希子が口にした。
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