その血族×異端、大いなる一族(3)
「先程から、私はずっとそう言っている。そして、異形だのといわれ続けたコレらは、人の腹から生まれた者達で、由緒正しきどこかの一族の人間だ」
雪弥と同じように、そのページを見つめたまま、蒼慶が囁くような声でそう答えた。
『生きたまま喰われる者あり。その光景、まさに地獄』
作品名なのか。それとも描いた人物が、絵と共に残した言葉なのか。見開きのページいっぱいに印刷された絵の片隅には、そんな一文が添えられていた。
描かれていたのは、大きな爪を持った巨大な『異形の生き物』だ。裂けた大きな口からは鋭い歯が飛び出し、衣切れと人間の皮が挟まっている。それは顔面の横に寄る小さな瞳を見開いて、嗤うような顔で、三本しかない指の長い爪を食いこませて人間の臓腑を喰らっている。その足元には、潜血を滴らせた子鬼の姿もあった。
それは青い子鬼で、逃げ惑う『着物の人間』と同じ背丈くらいだった。先の『鼠の顔をしたモノ』と同じく、腹だけが異様に膨れており、枯れ木に突き刺された裸の男が、苦痛の表情を凍りつかせたまま、四肢を彼らに削がれている。
岩肌が覗く地面には、血溜りが多く見られた。バラバラになった女の肉が散乱し、腕が三本ある巨人に老婆が捕食され、人間の口を持った蛇のようなモノが、枯れ木に獣の腕を突き立てて、その口にすくい上げた赤子を喰らっている。
「一部の特殊筋の家系では、『人の形をしていない赤子』が生まれた場合、葬るという決まりが存在していたらしい。とはいえ、やはりその言葉の定義は曖昧だ。三大大家では、そういった奇病については触れておらず、秀でた武才や才能を持つ人間が生まれる家系を『特殊筋』と呼んでいた、と書き残されているにすぎない」
もしかしたら、当主のみに継承される『歴史』の全貌が解ければ、明確な事も知り得る可能性はあるのかもしれない。しかし、今のところ、次期当主の身で調べられる範囲内を徹底的に洗い出しにかかっても、長年かけてようやくこの程度の情報だ――と蒼慶は言う。
雪弥は、独り言のような声を聞いて、視線を上げた。珍しく難しい表情をテーブルへ向けている兄に気付いた途端、彼にも分からない答えを、自分が一方的に求めるのは間違いだと感じ、頭の中にぐるぐると回っていた疑問の波が半ば鎮まった。
自分が、兄を困らせてはいけない。
その悩みを『自分こそ』が深くさせるわけにはいかない。
そんな本能的なストッパーのような思考が働いた。ひとまず、最低限の情報は整理したくて、気遣うような声で尋ねる。
「そもそも、兄さんがよく口にしている、今もなお力を持っている名家とは、一体なんなのですか?」
「私たち蒼緋蔵家を含む三大大家は、戦乱の世において屈強な戦士として名を馳せ、化け物を退治したという逸話を持つ一族だ。不思議な能力を持っていたとされる陰陽師もいた表十三家。そして裏二十一家は、それぞれ半分ずつの資質を持っていたといわれている」
とはいえ、と蒼慶は眉間の皺から、若干力を抜いて続ける。
「この地獄絵図のような光景の始まりや『特殊筋』について、はっきりとした事は何も分かっていない。けれど私としては、それが現代でもあり得るのではないだろうか、と警戒している」
まるで、先の先に起こる『何か』を心配しているようだった。そう感じて、雪弥は宙を睨みつける蒼慶の様子を、少し不思議に思って見つめていた。
「なんだか深刻そうですけれど、他に警戒を強めるような出来事でもあったんですか?」
「十五年前に、私はお爺様を看取った。その際に、一族の全員を一旦退出させて、私だけに残された言葉が、ずっと引っかかってもいる」
雪弥は、幼い頃に一度だけ見た、蒼緋蔵の先代当主を思い起こした。彼は杖をついた長身の老人で、階段の上から、訪れた自分達を長い間見下ろしていた。白い眉毛の下から、鋭い瞳で見つめてきたかと思ったら、何も言わずに歩き去ったのである。
寡黙で、少し気難しいところがある人なのだと、父は気遣うように言っていた。二人の妻に腹違いの兄弟、という現状を自身が持つ規律から全て受け入れられないだけで、雪弥や紗奈恵を嫌っているわけではないのだと、そう説かれたのは覚えている。
「先代は、十三歳だった私を引き寄せて、こう言った。『定められた約束の年が、お前の代で来てしまうのではないかと、私は恐れている。我々の戦いは、まだ終わっていない。言い伝え通りにいくのなら、再び特殊筋が関わるような大きな争いが起こるだろう』――と」
蒼慶が、口調を真似るように低く言葉を紡いだ。
「『いいか、蒼慶。お前には、あの碧眼を持った弟もいる。もしかしたら今の世だ。いずれお前が代を継ぐ事になったら、我ら蒼緋蔵家の歴史と記録を決して『奴ら』に奪われてはならんぞ。それは三大大家の中で、最大の禁忌と秘密でもあるからだ』」
「ウチの家が、禁忌……? 一体どんな秘密があるというんですか」
「そこは不明だ。相手方に知られたら不利になるような事とも受け取れるが、お爺様はあまり長々と話せる状況でもなかった。おかげで、疑問と謎が多い遺言になった。最後は意識も半ば朦朧とされていたが、私にこう言った」
そう続けた彼が、真面目な顔で静かにこちらを見据える。
「――『【契約】は、約束通り果たされなければならない。この繰り返され続いている戦争の歴史に幕を降ろす為にも。そのために禁忌に手を出した、おお、なんという呪いのような因果か。今度こそ、全てを終わらせなければならないのだ』」
そこで、蒼慶の言葉が途切れた。
先代当主から直に受けた伝言と、忠告の全てはそれだけであるらしい。ますます謎だ。
そう思って、雪弥は腕を組んで「うーん」と首を捻った。歴史と記録、という部分については、まるで今回の『開封の儀』とやらの事前忠告とも受け取れる。
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