その血族×異端、大いなる一族(2)

 長居は出来ない。だって、やはり自分がいたらいけない場所なのだ。大切な家族だからこそ、あの穏やかで温かな日常に水を差してしまうような、分家や使用人達の反感だったり余計な騒ぎを、発生させてしまいたくない。


 どれくらいそうしていただろうか。

 一歩も動けず、ただ窓から吹き込む風を、ぼんやりと受けながら眺めていたら、扉の向こうから二組みの足音が近づいてまるのが聞こえてきた。


 雪弥が振り返った目の先で、ノックもなしにその扉が開かれる。


「話がある」


 目が合ってすぐ、この部屋の主である蒼慶が、相変わらず鋭い眼差しを向けてそう言った。その後ろで、宵月が静かに扉を閉めた。


             ※※※


 雪弥は、蒼慶に指されてソファに腰を落ち着けた。宵月が扉の前に控え立つ中、兄が向かい側に腰を下ろすのを見届けた。


「我々のように古くから続く家系の中には、『特殊筋』と呼ばれ、分類されている一族がある。一部の文献の中では、その呼び名については『遺伝的な奇病持ちの血族』であったとも記されている」


 組んだ足の上に手を置いてすぐ、蒼慶がそう切り出した。


 雪弥は、聞き覚えのある言葉だと気付いて、つい「特殊筋?」と訊き返すように口の中で反芻していた。先日の学園任務で遭遇した、恐らくは同一人物だろうと推測される、新聞で見た『夜蜘羅』という男の写真を思い返してしまう。


「説は様々あるが、そういった一族には、外的な奇形、もしくは言葉を理解しないといった者が生まれたとされている。実際はどうだったのかは知らん。私が注目しているのは、特殊筋と呼ばれている一部の武家の名家に残された文書によると、そんな者達が『戦場に駆り出されていた』という記述だ」

「それは穏やかな話じゃないですね。そこに『捨てて』きたわけですか?」

「勘違いしているようだが、彼らは決して弱者ではなかった、とされている。つまり『殺される側』の戦士ではなかったという事だ。何せ、『人間の形をした恐ろしい化け物が、戦場を暴れているように見えた』という一文も残されているくらいだからな」


 とはいえ詳細は分からん、と蒼慶は言う。


 雪弥は、手足が伸縮し『痛覚に異常のある』先日の異形の戦闘相手を思い返していたから、疑問に疑問を重ねるような問いは返さなかった。兄が語った『心身的に異常を持った戦闘能力の高い標的』には、少なからずエージェントの仕事で遭遇した事が思い出されて、集中がチラリとそれてしまう


 そもそも、戦闘能力が異常に高く『教育』された暗殺者や、肉体改造タイプの暗殺者も多くいる。殺す事に対して、自身の理由や辻褄を考えた事がない雪弥は、標的への関心を覚えず兄の話に意識を戻した。


「特殊筋という記述が登場するのは、三大大家、表十三家が確立した以降だ。戦争が絶えなかった時代背景のせいか、その言葉は、武家において天性の才を持った子がよく生まれる一族を示していた言葉ではないか、という説もある」

「それって、武家とか陰陽道とか、色々あったとかいう大貴族だった家々ですよね? 100年に一度の武才と言われるような人間が、その一族内にチラホラ出て有名だった家もあるって、兄さん昔言ってましたけど、それもまた特殊筋と一括りされていたと?」

「そうだと推測されるが、その言葉を正確に解説した書などは残されていない。だから、それゆえ定義は曖昧だ。西洋でいう魔術的な伝承が、そこから一気に増えるせいか、それとも意図的か。言い表しが曖昧なものが多く、事実なのかどうかも線引きが難しい」


 そう話しながら、蒼慶が思案顔で腕を組む。


「当時、特殊筋と呼ばれた不特定多数の一族によって、領土の奪い合いがなされていたという記録については、私が調べられた名家のもとには共通して残されている。ほとんどが『戦争の記録』で、そちらに関しては、ほぼ事実だろうと私は踏んでいる。――その光景を、地獄絵図と題して描いた男の画がある」


 そう告げた蒼慶が、顎を少しくいっと上げて指示する。その視線を受け取った宵月が、棚に用意していたらしい一冊の本を取って、テーブルの上に該当するページを広げて置いた。

 雪弥は、それを覗きこんだところで眉を寄せた。気のせいかな、と一度目を擦り、それでも確認せずにいられず蒼慶へと目を戻した。


「……兄さん、これ、どこかの教科書とか本で、見かけた覚えがあるんだけど」

「当時の絵の特徴、または画家の紹介などで、チラリと載ってもいる。これがその全貌画だ」


 その本のページいっぱいに印刷されていたのは、古い日本画だった。地獄を描いた創作絵画のように見え、中央では鼠のような顔をした男がいて、眉を寄せた虚ろな垂れ目で、こちらを恨めしそうに睨みつけている。


 それは横たわった馬の間に座り込み、伸びた厚い爪のある手で、人間の腕を掴んで喰らっていた。大きな耳は下に伸びており、首が見えないずんぐりとした図体に対して、手足はガリガリに痩せ細り、着物の腹部だけが大きかった。


 似たような姿の男達が、死骸を喰らっている絵の中で、長く太い腕を地面に引きずり歩く大男の姿も描かれていた。その手には人間の首があり、アンバランスなほど小さなその頭の後ろ上部には、血が噴き出すような赤黒い色が塗られてある。


「僕としては、これ、ちょっと見方を変えると、ホラーな創作絵になると思うんだけれど」

「残念ながら『事実を描いたもの』だ。それぞれの名家は戦いに巻き込まれ、そこで多くの家が滅びたとされている。村人達が、特殊筋から出たモノ達を妖怪や魔物として『死体を食い荒らし、生き肝を食ろうては人々を脅かす鬼』という言葉も残している」


 話しを聞きながら、雪弥は思わず、小さく顰め面を返してしまっていた。さっきから怪しげな話題が混じっているのだが、そもそも兄がそんな事を口にするのは珍しい。だって、幽霊も迷信も信じない男であるのだ。


 すると、こちらの表情から言いたい事でも察したのか、説明を続けようとしていた蒼慶が、不機嫌そうに秀麗な眉を顰めた。「なんだ」と短く問い掛けてくるので、雪弥も現時点までの感想を含めて、こう簡潔に答えた。


「情報量が多いし、分からない事も多くて正直苛々します」

「直球ですな、雪弥様は。相変わらず、その辺は素直でいらっしゃる」


 宵月が口を挟んだ。雪弥は、わざわざ腰背を屈めるようにして、こちらに耳を傾けてきた真顔の執事にイラッときて「離れろ」と、反射的に低い声を発していた。


「戦いで滅びに生き残った名家には、代々受け継がれている『自分達が見てきた戦いとその正しい歴史』が残されている。その詳細については当主のみに受け継がれ、決して表の世に出る事がないとか。そして、この絵も、その事実の『断片』にすぎない」


 宵月と睨み合っていた雪弥は、そう聞こえてきた兄の声と、テーブルの上の本のページをめくる音に気付いて視線を戻した。そこにあった絵を見て、黒いカラーコンタクトをした目を、小さく見開く。


「…………兄さん、これが多くあった名家が絶える前の、特殊筋と分類されていた家々が沢山あった戦乱時代に『本当にあった風景である』と、あなたはそう言いたいわけですか? そして、ここに描かれているモノが人間であると、そう言いたいのですか?」

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