その血族×異端、大いなる一族(1)

 兄からは『行け』と言われていたのだが、相手をしておくうちに一人で見て来いと言うニュアンスだったはずなのに、何故か当の蒼慶が席を外したらしく、桃宮前当主が加わった。

 そこで緋菜が、「皆で一緒にお母様達のところに行こう」と提案を出し、結局のところ抜け出せなくなってしまった。元気でいい馬を見せたいらしい。すぐそこだからと誘われて、まぁ見るくらいなら構わないか――と思っていたのだけれど。


 昔から、どうしてか動物が寄ってこないというか。ある意味では、自分が好かれないでいるらしい性質であるのは承知していたものの、使命感のようにリーダー馬に追い駆けられるとは思ってもみなかった。


 反射的に反撃してしまうわけにもいかず、そして、あまりスピードを上げて『地面を抉る』と、後で兄の蒼慶に説教されるだろう予感もあり……


 とにかく一言でいうと、かなり疲れた。


 亜希子にさんざん笑われた雪弥は、暴れ馬を宵月に確保してもらった後、緋菜とアリスの『花のネックレス作り』に付き合わされていた。慣れない手作業をぼんやりとやりながら、せっかくの休みに僕は何をしているんだろう、と思った。


 さっき、一旦本館に行っていたらしい蒼慶が戻ってきて、桃宮達を誘いがてら「まるで女子だな」と厭味ったらしく言ってきた。機嫌よくドSなところを向けてこないで欲しいな……と心から思ったし、宵月には「ご希望とあれば、あなた様のために可愛らしい花冠を作ってさしあげます」といった恐ろしい提案までされて、すかさず却下した。おかげで、余計に精神力がごっそり持っていかれた気がする。



 普通の休日を過ごす家族の中にいるのが、なんだか落ち着かない。


 蒼緋蔵家の広大な敷地内にある広々とした原で、妹の緋菜と訪問客のアリスが、楽しそうに花冠を作る様子を眺めながら、雪弥は引き続き乗馬を楽しんでいる亜希子達の賑やかさを耳にして、そう思った。



 大事な家族の、穏やかで楽しげな空気が周りに溢れているのに、すぐにでも離れたいような居心地の悪さを覚えてもいた。楽しげに触れあう両家の人間を前にすると、どうしてか自分だけが、場違いな場所にいるように思えて不安になるせいだろうか。

 緊迫もない時間ばかりが流れている場所に自分がいて、なぜ一本一本の花が千切れてしまわないよう、繋いでいっているのかも分からない。お互いの首に花飾りを掛けあった緋菜とアリスが、嬉しそうな顔で笑うのを見て戸惑う。


 なかなか力を調整出来なくて、雪弥の花飾りの作業はあまり進まなかった。茎が千切れ、繋ごうと結び目を作ろうとしても上手くいかない。


「お兄様って、意外と不器用なのねぇ……ちょっとびっくり」

「ごめん……。というかさ、男はあまりやらない事のような気がするんだけど」

「あら。蒼慶お兄様、とっても上手なのよ」

「!? ――げほっ」

「どうしたの? 大丈夫よ、ほら、私がやってあげるから」


 緋菜がそう言って、アリスと共同作業で、雪弥の『花のネックレス』もあっさりと作り上げてしまった。


 花飾りは、アリスが怖い夢を見ないように、という緋菜の提案で作る事になったものだった。それは蒼緋蔵邸の広大な庭先の一つである、広がった緑地帯の一部を覆い咲く白い花が使われた。


 小さな白い花だった。名前はあるが、雪弥はそれを知らなかった。幼い頃に初めて見た時、どこかで見た事がある風景だと、そんな事を感じたのを覚えている。


 雑草の一種だという良い香りがするその花で出来た飾りは、すべてアリスの小さな身体につけられた。一つだけ、いびつな繋ぎ目を作った花のネックレスを抱き寄せて、彼女は本当に嬉しそうな顔をして「雪弥様、ありがとう」と言った。



 その少しあとに、乗馬を終えた亜希子達がやってきて、蒼慶と桃宮も合流し、宵月がサンドイッチの入った大き目のバスケットを持って来た。


 全員が緋菜達に習うようにして腰を下ろし、蒼慶も敷物の有無も訊かず顰め面のまま、さも当たり前のようにサンドイッチを口にした。



 時間がゆっくりと流れている穏やかな空気の中、雪弥は落ち着かずに何度も身体の位置を変えた。ここに自分が居て、こうして彼らと一緒になって座っているのが慣れなかった。

 普段は自分がいないはずの場所だった。それなのに、亜樹子と緋菜が普通に笑い合っていて、宵月が当然のようにこちらにも気を配ってくる。蒼慶も一方的な嫌味も言ってこないまま、時々「食え」とサンドイッチを寄越して来て、桃宮一家を交えたお喋りに参加したりしていた。


 急きょ始まったピクニックのような時間が終わったのは、午後四時を回った頃だった。雪弥は、ぼんやり非日常な休日について考えていたから、誰が解散の一声を上げたのかは分からなかった。


「先に、書斎室へ行かれますか? これから、雪弥様に蒼慶様からお話しがあるようですが、まずは一旦、桃宮様と奥様達をご案内しなければなりません」


 そう宵月に声を掛けられて、ふっと我に返った。


 目を向けてみると、立ち上がる面々のそばで、宵月がこちらを覗きこむようにして背を屈めていた。そのまま共に移動するか、訪問客の対応をこのまま一旦蒼慶達に任せてしまうか、来客対応に不慣れなこちらの気を遣ってくれているらしい。


 兄にしては、珍しい計らいのような気もするが、雪弥はそれを有り難く思った。「そうさせてもらいます」と答えると、誰よりも早くその場から離れた。


 屋敷の本館に入った際、何人かの使用人達と擦れ違った。彼らが思わずと言った様子で立ち止まり、目を向けてくるのには気付いていた。けれど自分を見送ったその視線に、どんな感情が含まれているのか、幼い頃の記憶が蘇って確認する勇気は出なかった。


 ああ、きっと、迷惑がられているに違いない。愛人の子、私達が尊敬している蒼慶様の立ち場を危ぶませる子供……そんな過去を思い返しながら二階へと上がり、彼らから自分の姿を隠すように、蒼慶の書斎室に入った。


 雪弥は扉を後ろ手に閉めると、室内に少し入った場所で立ち尽くした。開かれている窓から覗く、木々の葉と青い空が、整然とした書斎室によく合っている。


 上質な革で作られた、応接席に設けられている黒いソファ。焦げ茶の滑らかな光沢を放つ、四つの足に支えられた重々しいガラスの長テーブル。正面にある窓の前には、立派な書斎机があって、廊下とは色の違う室内の床も、そこに立ちこめる匂いも自分の知らないものだった。


「…………そもそも、僕が大人になった兄さんの仕事部屋を『知らない』のも、当然だっけ」


 幼い頃にあった専用の部屋は、勉強部屋だった。そう思い返した雪弥は、佇んだまま室内の様子をぐるりと見渡した。これからどんな話を聞かされるのかよりも、事を済ませたら、速やかにここを出なければならない事を考えてしまう。

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