軋む青(8)

「私達のような家柄の者は、生まれた頃から、それを『把握しておくよう』義務付けられて教育される。つまり貴様とは、元々の出来が違う。頭の構造も違えば、記憶するスペースも違うのだ」

『しれっと言ってくれるがな…………そうやって、いちいち毒舌をはさまんでもいいだろうに』


 そんな声を聞きながら、蒼慶はふぅっと息を吐いていた。前髪を後ろへと撫でつける。

 手短に考えをまとめている様子を電話越しに察したのか、ナンバー1がこう続けた。


『疲れているみたいだが、これまでは伝えておく。特殊機関(ウチ)に回って来た仕事ではないが、近年、警察が頭を抱えるような妙な事件が増えているらしい。ほれ、お前が以前言っていた【そういった一族の云われ】だとかを聞くのなら、宮橋財閥(みやはしざいばつ)の次男坊をあたれといっていただろう。彼がいるL事件特別捜査係の方にも、いくつか相談があったとか』

「あの次男坊の専門管轄からは、若干主軸がズレる話だ。『目に見える謎だ、人間が起こしているのなら人間がやれ』と、一蹴されてもおかしくはない」

『よく分かったな、まさにそんな返答だったそうだ。あの男は変わっている』

「物事が正確に見え過ぎるから、そう感じるだけであって、魔術師なんて大抵はそんなものだ」


 とくにおかしいところはないと言わんばかりに、蒼慶は涼しい表情で言い切った。

 現代の魔術師ねぇ……ナンバー1が、よく分からないという心境を漂わせて呟く。


『私も何度か『表』で接触した事はあるが、あの強烈なタイプの兄と、温厚な癖に突然精神的DVを発動してくる弟を見る限り、魔術師だとか、そういう話とは無縁な気もするんだが……むしろ、あの兄の方、お前に似ている気がしてならない』

「あいつと私を一緒にするな。前にも言ったが、宮橋一族自体は、魔術やら特殊筋とは一切関係ない」

『その台詞、宮橋雅兎(みやはしまさと)の兄とほぼ同じだぞ……お前ら、本当に学友だったのか?』


 ナンバー1は、友人らしい仲を匂わせる場面に覚えがない、と疑わしそうに本音をこぼした。それを電話越しに聞いていたが、蒼慶は無視した。


『まあ、こちらからの情報は以上だ。予定通り、そちらは今夜【例の本】を手に入れ、今後それについて何か分かれば知らせくれ。――まぁ雪弥がいるとはいえ、私にとっても、お前からの話は想定の範囲を超えすぎて現状の予測もつかん。だから、こちらも念のため、予定外の事態に備えていつでも動けるよう待機はしておく。それでいいな?』


 そう確認のため問い掛けて、ナンバー1は返事を待つように黙りこんだ。


 葉巻の煙を吐き出す豪快な音が、電話越しに聞こえてくる。蒼慶は、社交パーティーの会場で初めて対面した際に、『別の名』を名乗っていた彼の大きな彼の姿を思い浮かべながら、窓の方を見やってゆっくり立ち上がった。


「分かっている。その際には、敷地内に踏み込む事を許可する」


 そう答えた蒼慶は、そっと手を持ち上げると、窓を遠慮がちに開けた。電話の向こうでは、吐息まじりの返答の声を聞いたナンバー1が、言葉もなく煙を吐き出し続けている。

 太陽の眩い光りが直接差しているわけでもないのに、蒼慶は外を見やった拍子に目を細めた。頭上は青い空が広がり、眼前には見慣れた風景が佇んでいる。


 その光景を静かに眺めつつも耳を澄ませると、どこからか緋菜の笑い声が聞こえてきた。聞き慣れた妹の声は、久しぶりに聞くようにも思える嬉しさと、喜びに弾ける昔の無垢さがあった。


 蒼慶は、目を閉じてもっと耳を澄ませた。頬に当たる風が、ひどく柔らかい。外で広げられている光景が、耳を通じて彼の瞼の裏にありありと想像出来た。


 妹の緋菜が「お母様の馬は、とても優しい気性だから大丈夫よ」と可笑しそうに言っている。そのそばで、柔らかな声色を持った弟の雪弥が答える。


「だから、僕は遠目で見るくらいでいいんだって。元々、ちょっとその辺を歩いてこようと思っていたわけで――わぁッ」


 短い叫び声がして、馬の嘶きが上がった。母の「蒼緋蔵家の男子が馬に乗れないなんて」と、普段以上に元気がある豪快な笑い声が上がった後、またしても、電話越しではない透き通るような心地の良い雪弥の声が聞こえてきた。


「いやいやいや、この馬どう見ても気性が荒いとかしか思えない。というか、僕のこと嫌ってますよね? ほら、すっげぇ鼻息荒く地面を蹴っ……うわぁ!?」

「あっ。コラ雪弥君、逃げたら駄目よっ」

「他の馬、どうしてかお兄様に近づいてくれないのよねぇ……宵月さん、雪弥お兄様と馬を、迎えにいってもらってもいい?」

「――承知致しました」

「てめっ、宵月さん、今笑ってたな!?」


 身体がクツクツ揺れてんぞッ、と雪弥が怒ったように言う。結局はあの後、合流する事になったようで、そこからは桃宮一家の声も上がっていた。


 それは懐かしく感じるほど、ずいぶんと長く聞いていなかったようにも思える声だった。追い駆け出した宵月の「お任せ下さいませ」という呼び掛けと、「変な風に迫ってくるなよ!?」と言う雪弥の短い悲鳴が響き渡って、それに続くようにしてたくさんの笑い声が溢れている。


 その様子を、蒼慶は静かに耳にしていた。ややあってから、眩しそうに青い空を見上げると、ゆっくりと噛みしめるようにして目を閉じて、形のいい唇を開く。


「……貴様がアレを連れ去ってから、アレは毎日毎日、貴様らの事ばかりだ」

『…………』


 ナンバー1は、下手に慰めるような返事はしなかった。

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