軋む青(7)

 屋敷本館へと足を進めた蒼慶は、急くような足音を大理石に響かせた。


 そのまま廊下と階段を突き進み、自身の書斎に足を踏み入れると乱暴に扉を閉める。胸ポケットから携帯電話を取り出しながら、開いていた窓を片手で荒々しく閉めてから「おい」と、電話の向こうに苛々した声で言った。


「一体、お前達は何をやっている? 国家の機密機関だとは思えんほどに無能だな。もっと早く確認の連絡を寄越せなかったのか? おかげで、中途半端にスケジュールが崩れた」

『おいおい。開口一番で、マシンガントーク級の愚痴をぶつけてくるなよ……。うちのエージェントはどれも優秀で、私だって忙しい身なんだぞ』


 電話の向こうから聞こえてきた、腹に響くような太く低い声の人物は、特殊機関のトップであるナンバー1だ。彼は『弟と違いすぎて、ホント扱いにくいし、嫌味ったらしいところが実に嫌だ……』と小さく愚痴る。


 蒼慶は、その文句が聞こえていたにもかかわらず、そちらに関しては機嫌を損ねなかった。兄弟であるという部分の指摘で、若干眉間の皺と共に怒気を薄めてこう続ける。


「ふん、私は事実を述べたまでだ」

『数年前、突然連絡を取って来たのは、そっちだろうに……。我々は情報を交換し合う事を前提に、一部協力関係にあるというのであって、本来なら国家の組織としては、個人に応える事は出来な――』

「その台詞は聞き飽きた。まだあれから何も――ッ……何も進んではいない」


 話しを遮った蒼慶は、感情的に続けそうになった自分に気付くと、荒上げそうになった声を途中で意識的に抑えた。


 その苛立つ感情の経緯に思い至ったのか、電話の向こうでナンバー1は言葉を切った。しばし考えた後、子供を諭すように『あのな、蒼慶』と吐息混じりに言葉を切り出す。


『珍しく冷静でいられない部分があるようだが、ひとまずは落ち着け。焦りは時に判断を誤らせる』

「私は十分に落ち着いている。こんなにも必要としている情報だけが手に届かない事に、腹が立っているだけだ」

『まぁ、気持ちは分からんでもないが、だから今回、そちらの希望通りナンバー――おっほん! 雪弥を送っただろう』


 ナンバー1は、咳払いで誤魔化して言い直した。畜生、やりにくい相手だ、とつい口の中で小さく呟いてしまう。彼の前で、普段のように雪弥をコードネームで呼ぼうものなら、すっかり機嫌を損ねるのは目に見えていた。


『……とにかく、こちらでもちゃんと調べている。確かに、そちらからもらった情報にヒットするものが二、三件あった。どれもランクA以上の仕事で、最終的には全て雪弥が処理している』


 とはいえ、とナンバー1はそこで吐息をもらして、堅苦しい調子をやや和らげた。


『先に言っておくが、どれも偶然、雪弥が空いていたから現場に突入したという流れだ。だからお前が懸念しているらしい、血筋とやらに引かれての【暴走】の類でもない。何せ、うちのナンバーズを数人から数十人導入するより、彼が一人で片づけた方が早いからな』

「そうだな……――そうかもしれん」


 蒼慶は、部屋の中央で一度立ち止まり、独り言のように口の中で呟いた。己の大きな手を見下ろし、ぎゅっと握りしめると、声色変わらないまま言葉を続ける。


「それで、その該当した『処分された者達』は、裏二十一家に由来する者だったのか?」

『いいや、裏二十一家とは無縁だった。事実はもっと複雑なようでな。調べてみると、どれもお前さんが以前口にしていた【表十三家が制圧したはずの一族の末裔】とやらだった』


 その回答を聞いた瞬間、蒼慶は僅かに表情を強張らせた。けれど彼は、すぐ冷静に戻ると書斎机へと足を向け、「それで?」と動揺は見せないまま無愛想に催促の言葉を投げながら、革椅子に腰を下ろす。


『今のところ、それ以上は分かっていない。表十三家の全部を回る必要性を考えるが、お前から先に聞いた二件の家だけでも、かなり大変だったからな……。あの連中の、時代が一つ違うみたいな考え方は、どうにかならんのか? 一回目のアポで『我が一族は殿の意向なく動かん』とつっぱねられたんだぞ』


 殿ってなんだよ、とナンバー1が言う。


 蒼慶は、以前自分が教えた中の、とある一族が思い当たり「ああ、なるほど」と呟いて、ふっと薄い笑みを浮かべた。


「アレらは、元よりそういう一族だ。言っただろう、『忍者だ』と」

『まぁ、山奥にあった本家とかいう屋敷は、まさに忍者屋敷みたいな城だったが』

「先に『殿』の方の家をあたれば良かった、というだけの話だろう。私は、はじめに表十三家の中のその名を教えたはずだが?」


 途端に電話越しに、野太い『ぐぅ』という呻きが上がった。


『……言っておくが、家名と【異名】だとかいう云われの膨大な情報量を、ほぼ頭に詰めているお前が異常なんだ。電話越しで呪文のように一度きり名を並べられただけでは、私はそんな事まで覚えきれんし、都度メモらんと調べようもないんだからな』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る