蒼緋蔵邸の三人(5)

「宵月から報告は受けた。実を言うと、『複数の刺し傷』『水分がすべて引き抜かれた』特徴を持った動物の死骸に関しては、年内にウチの当主・及び『各役職』が代変わりをする旨を発表してから、この地区でたびたび発見されている」


 つまり初見ではないのだ、と蒼慶は言った。


 一体どういう事だろうか。そう思った雪弥は、先程驚いていたのは『知っている謎の死に方』だったからかと察して、宵月へと目を向けた。今回の仔馬の死骸も確認している彼が「変死の状況は酷似しています」と、その説明を引き継いだ。


「はじめは村落の犬や猫が数匹、次の週にバスが通っている役場あたりで山羊が二頭。そのあと、じょじょにこちらへと向かうように、その不自然な動物の死骸が上がり出して調べていた矢先でした」

「家の名が知られているほど、敵も増える。当主や次期当主の私も、例外ではない。だから少し警戒してはいたが、まさか屋敷の敷地内で出るとは思わなかったな」


 宙を見やって、蒼慶が思案気に口にした。


 蒼緋蔵のように大きな財力と権力を有した一族や、社会的に高い地位にある場合、誘拐や暗殺などの危険性が少なからずある事は、雪弥も仕事がら理解している。けれど、よく知っているからこその疑問もあった。


「もし雇われの暗殺者がいたとして、普通は証拠になるような異変は残さないんですけどね。動物を使って殺し方を試す事はありますけど、その死骸も隠すと思うんだけどなぁ……」

「わたくしどもは、何かしらのメッセージではないかと勘ぐっているのです」

「挑発的な感じのな」


 宵月の意見に対して、蒼慶が間髪入れずに言うと、忌々しげに舌打ちする表情を浮かべた。美麗ながら元々愛想を感じさせない顔なので、凶悪な表情をされると、犯罪者も震えんばかりの怒気をまとう。


 昔から思っていたけど、兄さんって、嫌だと思った事を隠さない人だよなぁ……。


 雪弥は幼い頃、彼が亜希子によく足を踏まれて『教育指導』されていた事を思い出した。兄にそんな事が出来るのは、彼女くらいなものだった。まさか二十八歳になる今でも、それが続いているとは思わないけれど。


「まだ人の変死体は上がっておりませんが、蒼慶様は警戒すべきだと考えておりました。その矢先、こうして敷地内で起ってしまったわけです」


 集中力がそれてしまった雪弥に、宵月がそう話しを続けた。


「そもそも、そういった異常が蒼緋蔵邸(ここ)で確認された事は、これまでありませんでした。しかし出てしまった以上、原因を突き止めるまでは、亜希子様と緋菜様の安全もお約束出来ない状況でもある、という事です」

「早急に解決すべきだと、二人は考えているわけですね」


 雪弥は考えつつ、相槌を打った。敷地の外で見られた動物の変死体が、殺害予告として使われているのだとしたら悪質だろう。よほど腕に自信がある暗殺者の説も浮かぶが、この状況だと、狙われている対象が数人、もしくは数組になる。


 それを察したように、蒼慶がこちらを見てこう言った。


「私が次の当主として近々就任する事を公表した時期と、桃宮前当主から来訪の予定を告げられたタイミングは、ほぼ同時だ」


「知ろうと思えば、前もって日時を調べられる状況ではあったんですね?」

「その通りだ。それに、うちの情報が漏れていないという保証もないしな。――桃宮一族も、名を知られている名家の一つだ。当主を交代したのは今年の話で、彼が狙われる可能性もある」


 タイミングから推測するのなら、狙いがこちら側である可能性も高いという。みすみす桃宮家の客人に何か起こったら、三大大家の一つである蒼緋蔵の力が疑われるのだとか。

 当主と内部の『役職』も大きく交代するのも目前で、それを良く思わない者達も存在している。そう淡々と説いていた蒼慶が、独り言のようにこう続けた。


「外で動物の変死体が続けて発見された際、父上は動揺しているようだった。だが私が、何か心当たりでもあるのかと尋ねると、知らないと言う」


 そこで蒼慶は言葉を切って、難しい表情をした。

 兄が、このように眉間の皺を深めて考え込む様子は珍しい。雪弥は不思議になって、尋ねてみた。


「父さんが、何かしら隠し事をするとは思えないけどな。そういった事件とも無縁の土地だから、村落の人達を心配したんじゃないかと思いますよ」

「よく知っているな、こちらで何も起こっていないと」

「そりゃあ、まぁ気にかけてチェックはしていますからね」


 雪弥は、隠す事でもないかと思って、正直に答えた。この土地やその周辺、または父達に何かしら不利になる問題や兆候があるようだったら、すぐに『ナンバー4』に知らされるように手筈は整えてあった。


 宵月が見守る中、蒼慶は美麗な顔を顰めたものの「まぁいい」と、片手を振って話しを再開した。


「今回の仔馬の件からすると、その原因不明の死骸を作り出している何者かが、この屋敷の内部に入り込んだのではないかとは考えている」


 今朝から今にかけて、この短い間に六回、門扉は開かれた


 そう言って、彼は手の長い指を立てた。


「早朝一番に当主、次に分家の連中が分けて来訪。そして宵月が、お前を連れて戻って来て、その後――桃宮家がやって来た」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る