蒼緋蔵邸の三人(3)

          ◆◆◆


 二階の部屋で、蒼慶達と桃宮一家の交流会が行われている中。


 本館に戻った雪弥は、半円形状の大階段の途中で、宵月と並んで腰かけていた。どちらも膝を抱えるようして座り、階上の開かれた大扉の向こうから、時々こぼれてくる笑い声にぼんやりと耳を傾けている。


「兄さん達、結構話し込んでいるみたいですね」

「そのようですね」


 時々、廊下や大階段を通って行く使用人達が、驚いたように二人を見ては、そそくさとその場を去っていっていた。


 それがとうとう五組に達した時、雪弥は自分よりも座高のある宵月の横顔へ目を向けた。「唐突で申し訳ないんですけど」と前置きしながらも、勝手に自分の隣に座った彼からぎこちなく視線をそらして、この状況に対する思いを口にした。


「…………宵月さん、これ、なんかおかしくないですか?」

「何がでしょう?」


 さらりと返されて、雪弥はピキリと青筋を立てた。


 どこか変態的に兄を慕っている彼が、昔から悪目立ちするような状況を作ったり、こちらをドン引きさせるか怒らせるのはしょっちゅうあった。そして、今だって、わざとくっついて座っているという事にも気付いている。


「蒼緋蔵邸の使用人の中で、一番偉い仏頂面のおっさんが、こうして階段に直に腰を下ろして、僕と並んで座っている事がだよ」


 過去を思い返しながら、雪弥は忌々しげに指摘した。しかし、隣に座っている彼の方へ視線を戻して睨み付けてやる、という行動には出られなかった。何故なら、至近距離から彼に鋭い目を向けられているのを、横顔にひしひしと感じていたからだ。


 今度は見過ぎだよ、と言いたくなった。階段下を通過していった六組目の女性使用人が、何事なんですかソレ、と言わんばかりに二度見してきたのが見えて、この状況が心底嫌になった。


「……あのですね。僕の横顔を見ても、何も面白い事はないですよ、宵月さん」

「よくお気付きになられましたね」

「真横からガン見されていたら、誰でも気付くわ。というか、言っているそばから近づけてくるな」

「白髪でもお探してあげようと思いまして」

「どんだけ暇してんですか」


 雪弥は、少し尻の位置を横にずらしてから、宵月を見つめ返した。真顔のままでいる彼が目に留まって、思わず口から溜息がこぼれ落ちた。


「宵月さん、昔からずっと忠犬のごとく張りついているのに、兄さんのところに行かなくてもいいんですか? あんた、あの人の執事でしょう」

「必要とされていれば、気配で探知出来ます。あの方は今、わたくしを必要としておりません。それに、引き続きあなたのそばにいて監視せよ、というご意思を魂で感じ――」

「そうですか」


 雪弥は、続く宵月の台詞を遮って、強制的に会話を終わらせた。


 時刻は、既に昼前である。当初は、後で電話越しに怒られるのを覚悟で、宵月と取っ組み合ってでも帰ろうかなぁと思っていたのが、先程見付けた仔馬の変死体を見てから、帰るに帰れなくなってしまっていた。


 宵月が他の男性使用人に指示を出して、地下のどこかへ移動させていた仔馬の死に方は、明らかに普通ではないだろう。その不安要素を、残したままにしておけない。


 とはいえ、兄の方はやたら長話をしているらしい。


 報告するという宵月と待ちながら、雪弥はそれを思って膝の上に頬杖をついた。ここに待機状態を初めてから、結構時間が経っている気がする。


「ケーキばっかりで、腹って膨らむのかねぇ」

「蒼慶様は、甘い物を滅多に召し上がりませんから、こうなる事を見越して、前もって間食をなさっておりました。さすがは蒼慶様です」

「ふぅん? じゃあ兄さんは涼しい顔で、紅茶か珈琲だけを飲んでいるわけか」


 雪弥はそう呟いて、宵月が「普段は珈琲ですが、今は皆様に付き合って紅茶です」と教える言葉を聞き流し、少し考えてみた。


 先程の茶会でケーキを沢山食べていたが、腹は全然膨らんでいなかった。亜希子と緋菜には「あれだけ食べて苦しくないの」と、胃袋の容量を心配されたが、雪弥としては、彼女達が「ケーキでお腹いっぱい」とした感想が信じられないでいる。


「蒼慶様に比べて、雪弥様は恐ろしい量のケーキを食べておられましたね」


 ぼんやりと思い返すその横顔から、心情を察したように賢い執事がそう言った。


「見ているこちらが、気持ち悪くなるほどの清々しい食べっぷりで、全く貴方様にはいつも驚かされます。――甘い物がお好きですか?」

「なんか失礼な言い方されたような気がするけど、まぁ、そうですね。甘い物は嫌いじゃないですよ、美味しいし」


 それにしても、まだまだ待つのだろうか。


 雪弥はそう思って、答えながらスーツの内側のポケットから携帯電話を取り出した。人前で個人的にチェックするのも失礼になったりするのかな、と考えていたから、普段は人前でそれを手に取る事も少ない。ただ、ここには自分と執事しかいないのだし、ついでに連絡が入っているかも確認したかったのだ。


 すると、こちらに向けられていた宵月の顔面が、より真顔になった。


「雪弥様。なんですかその気持ち悪――あなた様と組み合わせると、更にビジュアルに違和感を覚えるストラップ人形は?」

「え? 『白豆』ですけど」


 雪弥は、きょとんと視線を返して、そう答えた。言い直す前の宵月の反応が気になったが、そういえば『飼う』のは初めてだったから、それで訊いてきているのかなと思った。


 説明してあげた方が優しいだろう。しかし、手短に伝えられるような言葉がすぐに浮かんでこない。どうまとめたものだろうかと考えていたら、しばしの停止状態でいた宵月が、どうしてかそっと顔をそらして、片手で押さえた。


「…………その頭髪もないマスコットを、どうお思いなのでしょうか」

「なんか、言い方が変じゃないですか? まぁ、ほら、じっと見ていたら結構可愛いでしょう」

「わたくしは、雪弥様の将来が心配です」

「なんで将来を心配されてるんだよ。それに、僕はもう立派な大人だからな」

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