次のターゲットを決めた

 情けない話だけど、旅の準備も、情報収集も、全てチームの仲間に頼りっきりで、私はすることが無かった。

 なので、宿の人にお願いして、お料理を教わっていたりする。


 その結果、分かったのは、私には料理の才能はあるものの、味覚が少し人と違うらしい。

 料理人さんのアドバイス通り、自分で思っている調味料の量より、入れる量を半分にしてみると、すごく美味しいと褒められた。

 それを昼食にしたんだけど、自分としては、すごく薄味でなんだか物足りない。

 だから、お料理をする時は薄味で作り、自分の分には後で調味料を加えればいい……ってことが学べた。


 お菓子のほうはレシピ通りに作るので、好評だったし、なぜか私も美味しく頂けた。

 甘いものが好きなのは、この世界の人たちも同じなのかも知れない。


「ヒトエちゃん。みんなが戻ってきたよ」


 親切に、宿の人が教えてくれた。


「はい、ありがとうございます。間に合ってよかった」


 料理はまたいつか機会があれば振る舞うとして、今は焼き上がったクッキーを紙に包む。


「ワガママに付き合ってもらって、本当にありがとうございました。これ、少しですけど、お裾分けです。よかったら食べて下さい」

「こうして作ってもらえるのって、滅多にないから嬉しいよ。遠慮なくもらうね。みんなも喜んでくれるといいね」

「そうですね」


 外したエプロンを折りたたんで返し、お辞儀をしてキッチンを出る。


 じつは私、お遊びや手伝いならともかく、本格的な料理やお菓子作りなんてしたことがなかった。

 だけど、神様効果なのか、コツさえつかめば簡単に習得できた。

 もちろん、微妙な匙加減や、温度管理……なんてものは本職の人には及ばないけど、手際がいいって褒められた。

 それが、すごく嬉しかった。




 部屋は何だか騒がしかった。

 ノックをして中に入ると……


「あっ、ヒトエ。情報、もらってきたですよ」


 嬉々とした表情で、カズハがそう報告した。


「その様子だと、いい報せかな?」

「ええ、そうなんですけど……。なんだかいい匂いが。もしかして、その包みは……」


 テーブルに置いて、包みを広げると、カズハとゴウが目を輝かせる。


「わぁ、とても美味しそうです。随分と変わった形ですけど、どうしたのですか?」

「ちょっと、キッチンを借りて作ってみたんだけど……」

「お姉さ……ヒトエが作ったのですか?」


 コクリとうなずいて、エッヘンと胸を張る。


「おやつにどうかなって。それと、紅茶を頂いてきたから、淹れてもらってもいいかな?」


 未だに使用人のように扱うっていうのに抵抗があるけど、茶葉の入った小さな包みを受け取ったサエさん──せめて、心の中だけでも「さん」を付けよう──は、「かしこまりました」と答え、用意を始める。

 器が湯呑のままだけど、贅沢は言えない。

 甘いのが好きな人はこれをと、砂糖も用意しておく。


 えっと、ティータイムって、おしゃべりをしながら楽しくって感じだったと思うんだけど……

 みんな、無言のまま、夢中になって食べて飲んでいる。

 まっ、美味しいってことの証明なんだから、それはそれで嬉しいんだけど、何か思ってたのと違う……って、心の中で苦笑する。


「このままだと全部なくなっちゃいますから、サエさんも遠慮なく食べてね」

「そのようですね。せっかくなので、失礼して頂きますね」


 心の中で「サエさん」って呼ぶようにしたら、つい言葉にも出てしまった。だけど、別に訂正されなかったので、まっいいかって思うことにする。


 ちなみに、クッキーの形は、イヌ、ネコ、ウサギ、クマなどの、定番の動物たちなんだけど……頑張って作ったんだけど、全く伝わらなかった。

 料理人さんも分からなかったみたいだから、ここでは馴染みがないのだろう。

 決して、私の造形が下手だったわけではない……はず。


「驚いたよ。ヒトエに料理人の才能があるなんてね」

「……だな。夢中で食っちまった。意外な特技、持ってんだな」

「意外って、それ、どういう意味?」


 失礼なゴウを睨みつけると、サエさんが無言でゴウの背後に立つ。


「いや、そういう意味じゃねぇよ。料理人でもねぇのに、料理ができるってすげぇなって思っただけだ」

「料理って……お菓子なんだけど」

「……? お菓子を作んのも、料理人だろ?」


 どうやら、お菓子職人っていう区別はないらしい。

 それに、おやつは和菓子が定番ってだけで、別に洋菓子や紅茶も普通にあるし、別に抵抗も無いらしい。




 それで、肝心の情報は……


「そうでした。もらってきた情報なんですけど……」


 カズハの説明では、確認されている情報は全部で五件。

 そのうち、詳細まで分かっているのが二件で、残りはかなりあやふやだった。


 ひとつは、南に二、三日ほど行った場所にある滝ヶ原たきがわらっていう都市の近く。

 これも地竜だけど、今のところ、近付いた者を食べるぐらいで、向こうから攻めて来たことはないらしい。

 だけど、滝ヶ原の住人たちは、いつ襲って来るかと不安な日々を過ごしている。


 もうひとつは王都のずっと東、三、四日ほど行った佐間さまっていう都市の近く。

 こちらは細長い水竜で、トリフォンボネアという種類らしい。


「それはまあ、なんというか……」

「とてもじゃねぇが、どちらも五人で挑むのは無謀だよな……」

「ああ、普通ならな……」


 男性陣が難しい顔をする。

 前の地竜戦では、全国から集められた三千人の精鋭で挑み、足止めする事には成功したものの、ほぼ壊滅した。

 私も命の危険があった百人近くを回復キュアしたけど、当たり前と言えば当たり前だけど死者を蘇らせるのは禁忌だったようで、千人以上が帰らぬ人となった。

 生き残った者も、半数でも現場復帰できればいいほう……らしい。


 私がいるから大丈夫って言いたいところだけど……

 数人ぐらいなら酷い怪我でも治してあげられる自身はある。だけど、即死したり、精神に傷を負ったら、今の私では手に負えない。

 それに討伐も、毎回そう上手くいくとも限らない。

 前の地竜だって、あっさりと倒せたのは私の力だけじゃなくて、先にみんなが疲れさせてくれたから……ってことも、十分に考えられる。


 残りの情報は、かなり前に見かけたっていう猿妖怪マシラらしきものと、南部のほうで見かけたっていう人喰鬼オーガ小悪鬼ゴブリンのことだった。


「へぇ……、この世界って、ゴブリンやオーガがいるんだ。もしかして、オークとかトロールとかもいるの?」

「あまり見かけないけど、いるよ」

「そっか……」


 猿妖怪マシラは分からないけど、それ以外は、全てファンタジーの定番モンスターたちだ。

 モンスターも重要な要素かも知れないけど、別にいなくてもいいって思ったものに限って、ちゃんといたりするんだ……と嘆息する。


「旅の準備も、ほぼ終わってるよ。保存食もあるし、後は数日分の食料と水だね。出発の日が決まれば、いつでも用意するよ」


 このやりとりで、旅の準備は、主にトキヤがやってくれているって分かった。

 もちろん、ゴウも手伝ってくれてるんだろうけど……


「で、どうする、リーダー?」

「…………えっ?」


 みんなが私を見ているのに気付いて、思わず驚きの声を上げてしまう。

 ……って、そっか。私が決めなきゃ……なんだよね。


「だったら、詳しく分かってて近い、南の地竜からかな……。同じ相手だったら、戦いやすいしね」

「いえ、お姉……ヒトエ。地竜には違いないですけど、小振りでジャンプをしたって話なので、大型地竜エルミキャニオンではないようですよ。私の推測ですけど、たぶん甲殻地竜クーデルゴンだと思うのです」

「そっか……。だったら、その竜のこと、あとで詳しく教えてもらっていいかな?」

「はいっ、お任せください、です」


 不安だらけだけど、いざって時は、みんなには安全な場所に避難してもらって、私一人で戦うのもいいかも知れない。

 誰も見てなかったら、制限を解除して思いっきり戦うことができる。

 まあ、みんなになら、見せてもいいような気もするけど……


 さてと……

 どうしようかって悩んでいたけど、チラッとカズハを見て決心する。

 なんだかカズハは、私のことを呼び捨てにするのを、まだためらってるようだった。なので……


「カズハ、その……」

「なんですか、ヒトエ?」

「あのね、もし『ヒトエ』って呼びにくかったら、そうね……『お姉ちゃん』だったら、呼んでもいいよ。でも、その代わり私も……『カズハちゃん』って、呼ばせてもらっても、いいかな?」


 呼び方だけで、そこまで喜ぶんだ……って、こっちが驚くほど、カズハ……ちゃんは、ぴょんぴょん跳ねまわって喜び、私の手を握って振り回す。


「お姉ちゃん。お姉ちゃん……」

「それでいいかな、カズハちゃん?」

「はいっ、ぜひお願いするのです。ヒトエお姉ちゃん❤」


 お姉様だと、なんだか禁断のって言葉が付きそうで嫌だけど……

 まあ、これなら仲良し姉妹って感じに見える……かな?

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