水上国に祝福を

 祝福を与えて丸く収まるのなら、変に波風を立てるよりもいいと思う。

 それに、すでに玉座から立ち上がった王様は、やる気満々だ。


 私も立ち上がり……


「さようなら、普通の人生……」


 心の中でそう呟いて、無駄に派手な高位聖職者ハイプリーストの服と、宝玉付きの見栄えの良い祝福の杖を、ストレージを開いて装備する。

 これで、王様に祝福を与える聖職者プリーストとして恥ずかしくない姿のはず。


 背後でざわめきが起こる。

 だけど、もう、そんなことは気にしていられない。

 爺やに促され、素足のまま階段を上って、玉座の前で王様と向かい合う。


 杖を掲げ、宝玉を光らせると、王様がひざを折って頭を下げた。


「絶対にして至高なる御神に祈りを捧げます。その大いなる慈悲によって、この地を光で照らし賜え。この地に住まう敬虔にして善良なる人々、水上の王とその一族、水や炎、大地や大気に至るまで、全てのものに祝福を!」


 杖の宝玉から放たれた光は天井をすり抜け、遥か上空に達すると、この水上国の全域に光のシャワーを降らせた。


 この祝福は、人々や自然を活性化させ、病魔や影鬼シャドラに対する抵抗力を高めるもの。

 本来なら、無言で祈るだけで事足りるものだったりする。

 だけど、それではがないので、このような言葉や演出効果エフェクトを付け足したんだけど……

 私も初めてだったので、思わず張り切り過ぎてしまった。

 風もないのにゆらゆらとなびいていた私の服や髪が、宝玉の光が収まるにつれて落ち着きを取り戻す。


 終わったけど、次はどうすればいい?

 そう思って、爺やに視線を送るけど、完全に放心していた。

 ……仕方がない。


「王様、天に祈りが届き、儀式は成されました。どうぞ、お立ち上がり下さい」


 手を差し伸べて王様を玉座へと送り届けると、私は階段を下りて服を元に戻し、何事もなかったかのように畳の上で正座する。


「ヒトエ殿、水上を代表して感謝申し上げる。この世の災厄を祓う旅を続けていると聞いたが、何か必要なものはあるか?」

「そうですね……。それでしたら、影鬼シャドラの情報ですね」

「それはもちろん伝えるが……。ふむ、聞けば、ヒトエ殿は、そこな者から銃を借りて戦ったと聞く。であれば、そなた専用の銃というのはどうだろうか」

「えっ? いいんですか? あーでも、すごく強力でしたけど、弾を手に入れるのに苦労しそうですよね」

「やはり気付いておったか。まさに、念弾ジェムの供給が課題なのだが、それを考慮した新型を開発中でな。興味があるのであれば、工房へ立ち寄るが良い。許可を出しておく」

「はい、ぜひお願いします」


 私専用の銃。実際に使うかどうかは別にして、なんだかその言葉の響きだけでワクワクする。


「それと、この世の知識を所望されておるとか。それに、災厄を祓う旅を続けるには、手駒も必要であろう」

「手駒っていうのは少し違いますけど、仲間がいると助かりますね」

「であろう。ならば、きっと役立つであろう人材を控室に送ってある。連れ行くもよし、捨て置くもよし。遠慮は無用だ、そなたに任せる」

「ご配慮、感謝します」


 玉座に座り直した王様の雰囲気が変わる。

 これが王の威厳というものなのか、空気がピンと張りつめたように感じる。


「八代豪、水分時也、この世を救う覚悟はあるか?」


 この質問は……

 王様の意図に気付いたけど、口出しはできない。


「はっ、兵に志願した時より、とうに覚悟はできております!」


 全く気付いていない様子で、ゴウはそんなことを即答する。

 トキヤのほうは……


「畏れ多くも、ヒトエ殿とは友の誓いを交わした身。王の許しが頂けるのであれば、友の助けになりたいと存じます」


 こちらは分かっていて、話に乗るつもりのようだ。


「ふむ、よく言った」


 王様は言葉を切って立ち上がると、マントをバサッと広げ、手を前に突き出す。


「八代豪、水分時也、王国兵の任を解くと共に、救世主たるヒトエ殿の護衛を命ず。命を懸け、見事果たしてみせよ!」

「ははーっ!」


 救世主!? あの……私、神様なんですけど……


 二人が深く頭を下げる中、王様はそのまま奥へと引っ込み、いつの間にか復活していた爺やに促されて私たちは部屋から退出した。




 控室に戻ってくると、案内係がノックをして中に声を掛けた。


「失礼致します。ヒトエ様がお戻りになられました」

「キャッ、あっ、はいっ」

「一葉さま、落ち着いてください」


 なんだか、中が騒々しい。

 それに、ゴウの身体がビクッと強張る。


「まさか……」

「ゴウ、どうしたの?」


 中から扉が明けられた。

 現れた女性はメイド服を着ていた。

 メイド服といっても、伝統的クラシックなものでも、可愛さのみを追及したものでもなく、動きやすさを重視しつつも精錬された魅力を感じさせる……

 ひと言でいえば、とても落ち着いた雰囲気の可愛いメイドさんだった。


「お待たせしました。ヒトエさま、水分さま、そして、


 そう言うと、一点の曇りもない笑顔を浮かべた。

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