5話 グリーンランド 1


 後部座席で、ブツブツと、つぶやくアリサに向かい。

 遠慮も躊躇もなく、進行方向を聞く琴誇。


 いつ、パワーバランスの崩壊が起きたのかは、皆の知る通りだ。


 ナビィは、そんな車内で、道案内するわけでもなく。

 二人が織り成す、茶番を眺めながら、クスクスと静かに笑っていた。


 町の入り口を見れば。

 馬車が三台は通るほど広い道が、町の中央をを突っ切るように伸び。

 道の先には、人と空しか見えない。


 この道を、公道として認めさせた人物、アリサは、不満の声をあげる。


「もうちょっとぐらい、敬ってもらっても、良いと思うのよ」


 寂しい老人みたいな発言を、軽く聞き流し。

 琴誇、フロントガラスの向こう側に見える景色を堪能していた。


 道の真ん中を転がるタクシーに驚き。

 道を空けてくれるのは、ありがたいことだ。


 木製の商店、奥には住居が見え。

 大自然を抜けてきた琴誇は、肩の力を抜く。

 

 コレだけの人が、地面を踏みならしてくれているからだろう。

 雨が降れば分からないが、茶色い地面に車が沈むこともない。

 不幸中の幸いとは、このことかもしれない。


 店だと思われる建物の前。

 大きく木製の看板に掘られた模様は、文字なのだろう。


 だが、読めない文字は、ただの模様でしかない。


 木製の建物の奥には、当然のように森が見え。

 東京都内を知っている人が、札幌に行ったときに感じる。

 違和感が、ここにある。


 違和感がなんだと思えば。

 山に囲まれた都会は、空気がきれいで。

 吹き抜ける風は、ビル風のくせに重たくなく。

 抜ける景色の向こうには、山が見えるのだから。

 不思議な気持ちに、させられるものだ。


 大森林の中央にある街、グリーンランド。

 町中でも、やたら空が開けて見えるのは。

 あまり背の高い建造物が、なく。

 次の建物との距離が、離れているからだろう。


 人口密集地で、密集するのは当たり前だと思うが。

 アリサに聞けば、それをグリーンランドの住人が嫌い。

 土地がないなら、伐採を進めると言い始めたかららしい。


 人口増加に伴い、畑・放牧地が必要になるから。

 言わずともグリーンランドは、今でも拡大を続け。

 アリサの望む方向、産業成長は今でも続けているそうだ。


 

 メインである公道は、街の真ん中を無遠慮に貫通しており。

 障害物など、ドコにもない。

 左右を見れば、農家や牧場といった、「田舎臭さ」を感じられ。

 グリーンランドは、首都ではなく。


 住宅と牧場、畑が多くより集まった。

 村と言うには、大きすぎるから、街と言っているだけなのかと思えば。


 一次産業である畑や、ヌーブラ牧場の規模が遠くから見ても大きく。

 売るほどあり。

 売れるほどあるのなら。

 その先の畜産物、加工品、食用品、屋台などの出店も多く。


 木こりも多いからだろう。

 建築材として丸太が積まれている横で、彫刻なども売り出されている。


 木材は、用途ごとの、木の種類を間違えなければ、万能材料なのだ。

 建材にも、燃料にも、道具にも、家具にもなる。

 他の街から買い付けにきて、荷馬車で引いていく姿にも、納得がいく。


 グリーンランドは、入ってみればスグに分かる。

 この町の産業、生活は、森と畑とヌーブラで、できている。


 モノが、お金を出せば、いつでも買えるほど。

 溢れかえっているワケじゃない世界で。


 売るほどモノが、食料がなければ。

 自分個人でつかう、必要以上の物量がなければ。

 経済発展は、あり得ない。


 マンモスの肉を独り占めする人は、いないのと同じだ。

 食べきれず、保管もできないなら、さっさとみんなで食べるに限る。


 自分の成果で余った分を通貨に置き換え。

 保管すれば、腐ることなく、少ないスペースで保管可能。

 通貨が存在する合理性を目に訴えられる光景だ。


 商店や、人の様子が。

 その町の特色や生活感、すべてを語るのだと、琴誇は肌で感じた。


 アリサに言われるがまま、公道を前進し。

 大きな通りを、一つ右に曲がれば。

 この辺りで、一番大きな建物の前で、停車するように言われる。


「一日と、半日かかる道を、こんなに早くきたから、今日は、ココに泊まるわよ。

 行かなきゃいけない場所も、できちゃったし」


「ココは、なんなの?」


「目の前に、大きく書いてあるでしょ?」

 と、車の外を指差すアリサ。


 指先を見れば。

 太い木を二つに割り、文字と思われるモノが掘られただけの。

 色気もない、看板が置かれている。


「風情が、あるでしょう?」


「これを風情って言ったら、僕の国の人たちは、激怒するからね。

 こんなのあったら、悪い意味で話題になるよ」


「なによソレ? 立派でしょ? この町にある中で、一番なんだから」


 一番の基準が、低すぎると言わないのは、優しさだ。


 「立派すぎて、みんなが、夏に肝試しに来ると思う」 

「きもだめしぃ?」

「カタコトが出たら、アウトって言うルールが、でき上がってきましたねぇ~」


「うるさいわね」

「でさ、ココはなんなの?」


「だから、書いてあるじゃない」


「読めないし」

「あなた、字も読めないの」


 国立大学、学費免除の、借金ではない奨学制度を掴んだ琴誇としては。

 アリサの言葉に、一矢報いたい。


 琴誇は、しばらく黙りこみ。


 急に「ああ」と、ダッシュボードのレバーを引き。

 メモ帳と、ペンを取り出した。


 すぐに紙に、一筆書いて、アリサの眼前に掲げる。


「これ、読める?」

「読めない」


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