いけいけ、たくしぃ~ 9


 ガタガタと、ドアレバーを、数回引いて諦めたアリサの煮え切らない危機感に。

 琴誇の言葉が、熱をあたえた。


「とりあえず、座席と縫い付けるね」


 再度、空を切るドアレバー音が、アリサの心情、全てを語ってくれる。


「やっぱり、琴誇は、ぶっ飛んでますねぇ~」


「そんなこと言ってないで、助けなさいよ!」


「どっちも、どっちですしぃ~。

 早く、折り合いつけたほうが良いですよ、アリサさん。

 見てる私は、楽しいから良いですけど」


 タクシーは、密室。


 当たり前に、デキ上がってしまう空間を。

 町行く人たちは「一対一の接客は、大変だ」と、言う。


 お客さんを怒らせたら大変。

 クレーマーがいたら、めんどくさい。

 酔っぱらいも、対応しなければならないからだ、と。


 だからだろう、タクシーを利用するとき、みんな、忘れている。


 お客さんを怒らせてはいけないのは、ドライバーの鉄則だが。


 では、お客として座る、私たちの鉄則は、なんなのか。


 お客だから、ある程度のわがままは、許してもらえるだろう。


 だが、ドライバーが、運転する気をなくした時点で、車は走らない。


 ドライバーも、仕事をしている人間だ。

 アルバイトをしている、隣のアノ人と変わらない。


 私達が、ドライバーに対して、やってはならないこと。


 絶対に、ドライバーを、仕事を忘れさせるほど、怒らせてはいけない。

 ドライブレコーダーに、映っているのだから。

 どこまで我慢するかは、ドライバー次第。


 ドライブレコーダーに映っているのは、利用者も一緒だ。

 なら、ヒドすぎる場合は、ドライバーも、対処しても構わない。


 警察を呼び、下ろすことができる。

 ギャーギャー言うなら、被害届を出して、黙らせることも可能だ。

 項目は、営業妨害及び…

 と、なる。

 ドラレコに映っているのだから、言い逃れはデキない。

 

 利用者として、そんなことはないと、思ってしまうが。


 サービス業なのだから我慢して。

 ホテルのベルさんのように、対応してくれると思ったら大間違いだ。


 利用者は、勘違いしている。

 ソレは、数万払って、借り上げているハイヤー車両だ。

 

 下位互換のタクシーに、そこまでする義理はない。

 そんなことをしなきゃイケないほど、料金もらってない。

 そう、言われてしまうだろう。


 我慢し続け。

 下手に出なければならないのが。

 タクシードライバーとしての接客か?


 断じて違う。


 【お客様】ではない【利用者】に、ソコまでする必要性はない。


 ソコまでヒドい【利用者】に。

 「二度と、乗らない!」とか、言われたら。

 正直なドライバーは「ありがとうございます」と、答えるだろう。


 メーター料金が、一万円で。

 ドライバーの手取りは多くても、ざっくり4割だ。

 大概は、三割強で見た方が良いだろう。


 一番多い勤務体系。

 一ヶ月、21時間 13日勤務と考えれば。

 一日の売り上げを、最低、4万と消費税を稼げないなら。

 アルバイトしていた方が、よほどマシだ。


 タクシーは時間を売る仕事だ。

 物販ではないのだから、一日デキる営業回数。

 時間と、最高売り上げの天井は決まっている。

 

 子供の小遣いか、お年玉か。

 そんな単価で、許容できるほど、大人は安くない。


 だから。

 タクシー業界は、常に、ドライバー不足で苦しんでいる。


 だから、こそ。

 今の会社の待遇や空気がいやなら。

 いくらでもドライバーは、タクシー会社を動き回れる。


 だから、クレームもなにも怖くない。

 上司もへったくれもない。

 タクシードライバーは、サラリーマンのように見える。

 ただの、個人事業主、アルバイトである。


 二種免許を自分で取得した人を、業界用語で【妖精さん】と呼ぶぐらいだ。


 経営者として、会社員として失敗し。

 セカンドワーク・サードワークとしてやっている人が多い。

 クセが強すぎる人たちが集まる業界で。


 タクシードライバーは。

 運悪く、とんでもない客に当たり、会社にいずらくなっても。

 ナニも、困らない。


 二種免許さえあれば。

 どんなドライバーであっても、運良くドライバー席に選ばれ。

 営業し続けられられるのなら。

 命を失わない限り、仕事に困ることはないだろう。


 だから、アリサが、こうなってもしかたない。


「あやまる、あやまるから!」

 アリサの両手の平が、琴誇の前に置かれるが。

 両手の壁を払いのけ、琴誇の体は、銀色の針を掲げる。


 そう、怒ってはいけないと思っている人間を怒らせると。

 道理の話など、通用しない。


 もう、マジで怒っているのだから。

 言葉で、なにを言ったところで、意味はない。


 オコ? そうアナタが、ドライバーさんオコすると、取り返しがつかなくなる。


 犯罪者は、犯罪を、犯してから捕まる。


 捕まることをリスクと考えず。

 善人ぶった、犯罪者なることをいとわない人は危険だが。

 犯罪を犯さない限り、捕まらない。


 この時点での、ドライバーの心境は簡単だ。


「もう、どうなってもいいから、とりあえず、縫い付けさせてもらうね」


 激オコ!

 言葉で、かわいく言ったところで。


 会社に言いつける。

 警察を呼ぶ。

 相手にブレーキをかける言葉をかけようと無駄だ。


 気づかないだろうか?

 全部、事が起こったアトの対処だからだ。


 まず事件が起きなければ。

 被害を被らなければ。

 脅し文句に登場する者達は、なにもしてくれない。


 たとえ、その場で電話をしてもだ。


 それまでに殴られようが、蹴られようが。

 誰も助けには来ない。


 タクシーは、密室で、道を走っているのだから。


 保険があるから、事故を起こしても大丈夫!


 そもそも、事故を起こした時点で、大丈夫なわけがない。

 お金で黙らせているだけの話を。

 ライトな日本語が、錯覚させてしまう。


 さて、この区切りに、書くべき文章は、一行で十分だろう。


 アリサ、御愁傷様、と。


「きゃぁああ!」


 もう一文付け加えるなら、きっとこうだ。


 これが、交通事故ではなく、逆・接客事故である。


「だまって、縫われてしまえ!」

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