いけいけ、たくしぃ~ 8

 無意識に後ろに引こうとした琴誇の体は、扉の壁に押し返され。

 とっさに、アリサの手首をつかみ、押し返すことに成功する。


「ちょい、ちょい、ちょい。このバカちんが! 何がしたいんだよ!」

「えへへぇ」


「楽しくないからね! 本当に、楽しくないからね!」


 なのにさらに増すアリサの力を、琴誇は、必死に両手で押し返す。

 思ったよりも強い力に、琴誇は、かなり本気で押し返す。

 腕一本の力に、両腕でギリギリ。

 アリサの、ナチュラル・マンパワーを全力で受け止める。


「笑いながら、何するんだ、この子は!」

「よかったですねぇ。そのまま、間接キスしちゃえば、良いんじゃないんです?」


「……。 間接キス、か」


「琴誇。今、何を考えたのか、詳しく、説明してもらいましょうか?」


「やめてナビィ!

 これ以上、彼女いない歴、イコール年齢です、を、いじめないで!」


 ナビィは、目の前で繰り広げられる光景に頷き、琴誇に笑顔を向けた。


「頑張れ、むっつり!」

「うるさいよ! 余計な、お世話なんだよ!」


 無視をするなと、アリサは、無言で体重まで腕にかけ始めた。


「マジで、こういうの、やめようよぉ!」


 全力で突き出されていた腕が、アリサの体に帰っていき。


「ふぅ、分かってくれて、うれしいよ」

 アリサは、ナビィを見下ろし首をかしげた。


「力、使っていぃ?」

 「なんの?」とは、聞く必要もないだろう。

 琴誇の笑顔に亀裂が入り、口元がひきつっていく。


「ソコの童貞を、よろしくお願いします」


「はぃい!?」


「車、壊れるから、マジでやめてくれよ!」


 アリサ満面の笑顔の横で、ピクピクと動く耳。


「え。ちょっとまって。マジなの、え。ガチなのか!?」


 唐突に突き出されたアリサの腕を、再度、つかむことに成功する。


「そんなになっても、さすが、アリサさんです。

 車から降りるという選択肢を、すぐに琴誇から取り上げるなんて。

 いやぁ…。さすがです」


「見てないで、止めてよ!

 というか、なんなんだよ、この状況!?

 早く、グリーンランドに入ろうよ!」


「これ、終わったらねぇ~」


「ふざけるなぁ! なんで、こんな目に、あわなきゃいけないんだ!」


「琴誇。身から出たサビです」


「なんのサビだよ! 見も蓋もないこと、言わないでよ! 助けてよ!」


「嫌ですよ」


「なんで、助けてくれないの」


「なんだか、見ていると、心がスカっと、していくので」


「僕が、なにをしたんだぁああ!!」


「じゃあ。少し、力、使うねぇ~」


「え、その力って、加減がきいちゃうの!」


「いきまぁあ~す」


 琴誇の目を、まっすぐ見つめる、ワインレッドの目。

 その瞳に、少しずつ黒い筋が浮かんでくる光景が、琴誇の心をわしづかみにする。


 琴誇の手の平は、今まで押し返していた物の力が上がっていくのを琴誇に伝える。

 端から見ているナビィにも、分かるほど。


 プルプルと、腕を震えさせ、顔を真っ赤にする琴誇と対照的に。

 アリサの涼しい顔。

 微動だにしない腕。


 アリサの腕は、ニヤつく顔と、ともに、ゆっくりと琴誇へ進行し。

 必死に抵抗する琴誇は、大人に遊ばれている子供のようだ。


 アリサは、琴誇の、鼻先三寸で指先を制止させ。

 指先を回し、琴誇の目線を、自分の顔に向けさせる。


「琴誇、信じる気になった!?」


 ワインレッドの目に浮かんだ黒い筋は消え。

 かわりに琴誇の目の前に映ったのは。

 後部座席で、うるさくしていた、アリサの顔だった。


 リキみすぎて、まだ震えている琴誇の両手は、ゆっくりと下ろされ。

 琴誇の肩が震え始める。


「え。琴誇、どうしたの?」

 琴誇の、下に向かった顔は、静かに語り出す。


「幼児退行から、いつから戻ったの?」

 アリサは、得意げに語り出す。


「ああ。元に戻る方法はね、もう一度、龍紋を使うことなのよ」


 ナビィは、静かに笑い出し。


「アリサ、覚悟は良いよね」

 アリサを、真っすぐ見据えた、琴誇の瞳からは、光が消えていた。


「え。ちょ、え?」

 カチャリという、ドアをロックする音が車内に響き。

 とっさにアリサが引いた、ドアレバーは空を切る。


 琴誇のポケットに突っ込まれた右手が、15センチ角の白い箱を握りしめ。

 アリサの前に差し出された。


「えっ? ナニこれ?」

 パカリと開かれてる箱の口から見えたのは、銀色の針と、数色の糸。


「仕事着を、ほつれさせたときの相棒だよ?」

「ソ、ソーイングセット、ですか…」


 白・黒・茶色、仕事着で良くありがちな色が並び、琴誇の指が、糸を指差す。


「どれが良い?」

「これで、どうする気なのよ?」


「ボタンを引きちぎると、いろいろ問題があるから、逆に、縫い付けようと思って」


「は、はぁ…」

「さぁ、アリサ。背中を向けてごらん」

「琴誇、たぶん伝わってないですよ。何をするか」


「それは、好都合だね。よし、いってみよう、やってみよう」


「ボタンを縫い付けるって、どういうこと?」


「ボタンが、必要なくなるってことだよ」


「この服、高いのよ?

 靴も、今、着てるのも。

 全部、外行き用だから、結構しちゃうのよ?」


 まっすぐ真横に引かれた糸は、縫い針の穴を通り。

 琴誇の手元に、すぐ出来上がる裁縫道具。


「無駄に器用ですねぇ…」

「さぁ~て、いろいろなものを、縫い付けちゃうぞぉ!」

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