いけいけ、たくしぃ~ 6

 矢倉から、声が返ってきたのか。

 アリサは、一つ大きな声を出すと。

 門の奥を指差し、二つ頷いて、車に体を向けた。


 パタリと、開いた扉に反応するように。

 アリサの翼や尻尾は、光になって消え。

 何事もなかったかのように、後部座席に座る。


「アリサさんは、すごいですね~」


「なんで最初から、それで弓矢を止めなかったんだよぉ~」


 アリサは、ほほを赤くし。

 頭を、ガードの下から潜り込ませ。

 琴誇の前に差し出した。


「頑張ったから誉めて。頭、なでて」


 グイグイと、ガードの下から差し出される頭は、カメのようだ。


「え?」


 アリサは、顔を引き抜き、上げると。

 怪訝な表情を、顔いっぱいにひろげ。


 そのまま、体を後部座席へ投げ出し、「じたばた」し始めた。


「疲れたのぉ~。ココ、誰も見てないでしょ?

 だから私を、誉めて誉めて誉めてぇええ~!」


「やめろ! 泥が車内に飛ぶから!

 あ、まっ白いカバーが、泥だらけに!」


「キャラが安定しない人ですねぇ~。アリサさんはぁ~」


 アリサは、人差し指をくわえ。

 まっすぐ、深いワインレッドの吸い込まれそうな目を、琴誇に向けた。


 ほほを赤らめ、少し涙目なのが、ポイントだ。


「か、かわいいじゃない…。なんだろう、この生き物は…」

「アリサさんです」


 車の外から見渡す、泥だらけの黒いボディ。

 ほんの数時間で、ここまで土ぼこりにまみれれば、車も本望だろう。


 ユルイと、覚悟していた地面は。

 思ったより、固く踏みならされていたようで。

 停車していても、タイヤが、地面に沈んでいかない。


 地面に突き出ている、タイヤの三分の一が沈むと、完全にアウト。

 デットラインだが。

 地面が、少しへこんだ程度で済んでいる。


 このまま、エンジンをかけても問題ない路面に、胸をなでおろしたい所だが。

 グイグイと、ガードの下から、右手を摘み上げてくる人物に、ため息を吐き出し。


 外の人たちが、何やら話しているが。

 翻訳機のない、車外で交わされている言葉が分からない状況に。

 琴誇は、目を細くした。


 こうしていても、ラチが明かないと。

 琴誇は、ドライバー席を出て、外の空気を胸いっぱいに吸い込む。


 町の入口、木製の門と言うには、丸太そのままの、しょっぱい作りの門を見上げ。

 街と言って良いのかを、真剣に悩み。


 二本の太い丸太を、両脇に、ドンドンと突き立て。

 その二本を、つなぐように。

 大きな木の板が、張り付けられているだけ門を、もう一度見上げ。


 木の板に、規則正しく並んだ模様が、大きく掘られているが。


 何も知らなければ。

 ミミズが、這いつくばったアトにしか、見えないコレは文字なのだろう。


 アルファベット、ハングル文字等々。

 国によって、いろいろな文字があるが、ドレともいえない。

 文法も、なにも読み取れない。


 絵を簡略化したような図形が、文字の周りに、いくつか並んでいるから。


 中央のに書かれる文字は「グリーンランド」と、書いてあるんだろう、と。

 感覚的に、琴誇は理解した、が。


 翻訳前の発音が「グリーンランド」で、あるわけもない。


 文字の周りにある絵のおかげで。

 来客を歓迎していること。

 ココが、街であることを読み取るまでが、精一杯だ。


 こんな看板を作るぐらいだ。

 識字率も、きっと低いのだろうと、ため息を吐き出し。


 門番と話すため。

 もう一度、車外に出たアリサが、いよいよ、ウザくなってくる。


「ねぇ。そろそろ、話ができないって、理解するときだと思うよ?」


 お互い、車外に出れば、翻訳機の効果範囲外だ。

 日本語と、この世界の言葉で会話するしかない。


 アリサは、琴誇の言葉に首をかしげ、訳のわからない、声を上げるが。


 これが果たして、滑舌が良いのか、悪いのか、判断がつかないどころか。

 どこまでが単語で、接続詞なのか、すらわからない。


 そんなやり取りが、続いたからだろう。

 アリサは、車外で、唯一、琴誇が、理解できる言葉を発する。


「たくしぃ」


 車を指さし、入れと言っているようで。

 言われるがまま、ドライバー席に座ると。

 アリサは、何も言わず、助手席のドアを開けて、乗り込んできた。


「お客様、乗る場所が違います」


「なんで? 良いでしょ、べつにぃ~」


「もう、何でもいいや…。

 なんで、そんなキャラになったのか、説明してもらって良い?」


 ワザとでは、ないだろう。

 作為的なモノを全く感じない。

 ナチュラルな、幼児退行キャラを押してくる、アリサは。


 人差し指をくわえ、首をかしげる。


「いや…うん。なんで、人が変わったように、なっちゃったの?」


「琴誇が、おねえちゃんのこと、言ってくれたからだよ?」


「ん、コノヤロウ。服、脱がされたいのか?」


「ち~が~う~よ~。これが、私の、恥ずかしいところだよぉ~」


 ナビィは、驚いた顔を隠さず、アリサを見上げた。


「自覚、あるんだ」


「あ~る~よ~。戻ったとき、おトイレに行くもん」


「ああ、この間の記憶が、なくなる系じゃないんだ」


 アリサは、人差し指を立て。


「しっかり、覚えてる!」


 最悪なパターンのようだった。


「えっと…。龍紋か、何かの副作用とか、そういうことなの?」


「う、うん。ねぇ、琴誇?

 とりあえず、頭、撫でて、私を褒めて?」


「なにが、とりあえずなのか、知りたいなぁ~」


 車内に広がる沈黙。

 真横から差し出される頭に、琴誇は、黙って手を差し出し。


 棒読みの「えらい、えらい」という言葉。

 「えへへ」と、顔を赤らめるアリサ。


「もう、結婚してしまえば、イイんじゃないんですか?」


「ナビィ、冗談にもならないから」


「う~ん。そう、ハッキリと言われると…」


「よし、えらいえらい」


「えへへぇ~」


「なにコレ!? 見ていて、イライラするんですが?」


「なんでだよ」


「天然記念物ともいえる、バカップルを見せつけられているようで。

 胸のあたりが、ムカムカします」


「よし、自重するね」

「え、自重しちゃうの…」


「よし、イイこだねぇ~」

「えへへぇ」


「死ねばイイのに」


 と、いうやり取りの中。

 事情を聴きだすことに、琴誇は成功する。

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