いけいけ、たくしぃ~ 5


 車内上部から、かなり大きな音が響き、アリサを現実に引き戻す。


 こんなことを、している場合ではない。

 だが、アリサの背中を、ガッチリとつかむ琴誇は、それを許さなかった。


 早く、この会話を終わらせなければと、アリサは、先を急ぐ。


「そこまで努力して、買ったんでしょ、すごいじゃない!」

 強引に終わらせようと、話を区切るが、ナビィの口は、止まらないのだ。


「そうですね…」


 話は終わったと、体に力をいれるが。

 琴誇の腕に込められた力は、より、いっそう増していた。


「努力して、なし得たコトって。一時的に、人を変えるんですよね…」


「その先は、あとで聞くから!」


「舞い上がったまま、車に乗って。

 お姉さんの目の前で、運転操作をミスりまして」


「……」


「買ったその日に、車と自宅を破壊しました」


「……」


「ちなみに。お姉さんは、あまりの光景に、笑顔のまま卒倒しまして、入院沙汰に」


「……」


「働いているんだから、スマホと、交通機関の定期券。

 お昼は、自分で出しなさいと言った、お母さんは。

 そう言われた息子が。

 スマホを解約して、自転車で15キロ往復して。

 お昼は、飲み水で済ませる姿を、想像したでしょうか?」


「……」


「あまりの息子の働きぶりに。

 休日、自宅で休んでいるお父さんが、まさか。

 家族に背中を睨まれると、誰が思います?」


「……」


「アリサ、なにか言ったらどうなんだよ?」


 琴誇の光のない瞳。

 力が抜けきった表情に、アリサは、恐怖を覚え。

 ナビィの一言が、琴誇の感情を、さか撫でる。


「かわいそうでしょ?」


 人差し指を立てながら、笑顔で言い放つナビィ姿に。

 アリサは、我慢していた腹筋が痙攣し。

 口元を押さえた、アリサの鼻から、笑いが吹き出た。


「ぎゃぁああああああ!」


 ガクガクと、アリサを揺さぶる琴誇の後ろで。

 ナビィは、涼しく言い放つ。


「ちなみに、傷は癒えてないです」


「今、全力で味わってるわよ!」


「ボタンを、引きちぎってやるぅうううう!!」


「やめて、琴誇! って、ホントに、とれるからぁあああ!」


「アリサさん。納めてあげましょうか?」


「あなた、遊んでるでしょ!? 人で遊んでるでしょ!?」


「そんなこと、あるわけないじゃ、ないですかぁ~。

 お互い恥ずかしいことを、うち明けあえば。

 もっと仲良くなると思って、ですねぇ~?」


「私にも、告白しろって言ってるわけ!?」


「別に、しなくてもイイんですよ。ボタンが、なくなりますが」


「別に方法は、ないの!?」


「あります、が… 心に、深い闇を落とすことになりますが、よろしいですか?」


「もう、この際、仕方ないじゃない!

 その方法でイってよ! 服が、服がぁああ」


「わかりました!」

 ナビィは、大きく息を吸い。

 出るだろう最大の声量で、車内に声を張り上げる。


「琴誇! これ以上、家族に迷惑をかけるのをやめなさい!」


 ピタリと動きを止め。

 ダッシュボードに、琴誇の光のない目が向かい。


「散々、迷惑かけた挙げ句。

 家も壊して、しまいには、女性にひどいことですか!

 お姉さんが、泣いて土下座するしか、なくなってしまいますよ!」


「う、うう…」


「ほら、ボタンを外して、あげてください」


 琴誇の震えた手は、服のボタンを外し、真下にポトリと、落ちていく。


 アリサは、ようやく体を解放され。

 振り向いた先で。

 目の光を失い、死んだ魚のような目の端から、涙を流す琴誇の顔だった。


「ほら、琴誇。言うことがありますよね?」


 無表情を張り付けた顔が、アリサの前で下げられ。

 なんとも、弱々しい声で「ごめんなさい」と、素直に謝る琴誇の姿。


「む、むごい…」


「心に闇を落とすって、言ったじゃないですか」


「私が、やったみたいじゃない!」


「さ、速く仕事してきてください」


 パタリと、開くドア。

 アリサは、顔を上げた琴誇に顔を近づける。


「琴誇、今から、証明してくるわ。驚かないでね?」


「デキの悪い弟で、ごめんなさい…」 


「……」


 アリサの足が、地面を踏みしめ、背筋を伸ばす。


 バタンと閉まる扉をバックに。

 矢倉を、まっすぐ見据え。

 スグに飛んできた弓を、手でつかんで放り投げた。


 「え」なんて言う声を、車内で絞り出した、アホ顔を浮かべる二人を横目に。

 アリサの細い手は、胸元に向かう。


 胸の谷間を、見せつけるアリサから。

 幻想的な、光の丸い紋章が現れ。

 髪に隠れていた、竜の羽のような耳が、ピンと上を向く。


 見開いたワインレッドの瞳に、いくつもの黒い筋が入り。

 猛獣を彷彿とさせる、瞳へ変わっていく。


 胸の光に誘われるように。

 アリサの体のまわりに、浮かび上がる光が、アリサを包み込み、はじけた。


 天を貫くような。


 大地を揺るがす声。


 その振動は、車内二人の気持ちさえ、真っ白に染め上げる。


 天に、大きく口を開けた人影は、もう別物だった。


 背中に、人を何人も隠せるほど、大きなドラゴンの青翼がはえ。


 スカートの裾から伸びる、シャープな尻尾が、地面を打ち鳴らし。


 あれだけ、ふっていた矢の雨もやみ。


 矢倉の方々が。

 焦り、大きな声で話し出す姿が。

 車内から、ほうけて見ていた琴誇は、我にかえる。


「最初から、やってよ…」


 アリサと矢倉で、何やら口論になっているようで。

 英語とドイツ語を、足して割ったような発音が、次第に荒ぶり始めた。


「琴誇、これ、ヤバイんじゃない?」


 頭をかきむしる、アリサは、深く、ため息を吐きだし。


 一言、矢倉に叫び。

 右手のひらを、体の脇に引き、拳を作り。

 スカートが許す限り、足を大きく開き、腰を落とした。


 アリサ周りに、再度、あらわれた光が、右拳に消え。

 開いた、右手の平の中に、赤とオレンジの光の球体が現れる。


「すごい、嫌な予感がします」


「ヤバイぐらいの、異世界感」


 絶対に、あり得ないハズのソレを。


 息をするように、次々にやって見せるアリサの姿に。

 琴誇の胸は高鳴る。


 主に、悪い意味で。


「もう、嫌な予感しかしないなぁ~。ボク…」


 次にどうなるのか。

 説明する必要は、ないのかもしれない、が、続けよう。


 アリサは、矢倉に向かい、右手のひらを突き出し。

 光を、解き放った。


 強い、赤色の発光が、みるみる矢倉までのび。

 背後の空へ消えていく。


 赤い閃光は、青い空で四散し、オレンジ色に染め上げ。


 低い爆発音が、体に響き。

 空にある雲を、消失させる。


 手のひらから、光の結晶をこぼし。


 その反動で、体ごと押し返されたのだろう。


 奇麗だった靴が、泥にまみれ、地面をエグり。


 アリサに強く睨まれた、木製矢倉の側面は、黒く変色し、煙をあげている。


 矢倉の人も、あぜんとしているのだろう。


 空と、矢倉の側面を、何度も見ては。

 夢ではないことを、確認しているようだった。


「気とかで、撃ってるのかな?」

「魔法でしょうねぇ~」

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