君には、タクシーをしてもらいます 3

 ガタリと、教卓の下から音が聞こえ。

 プロジェクターの、光だけを頼りに、歩き出そうとした琴誇の目に。

 映像が訴える。


 一部始終だ。


 CGでも、ここまで精巧に作ることは、できないだろう。


 白い車から手を振る琴誇が、自宅の壁を突き破り。


 ちょうど、真上。


 柱を失った二階部分が。

 壁をうち貫いた衝撃に負け、崩れ落ちる。


 そのまま、下敷きになっていく車。

 画面は、そこに駆け寄る姉の姿が写し出され。

 必死の形相で、ガレキに、手を伸ばしていた。


 家を正面から写し続け。

 人物によっていかないカメラワークが、より現実味を演出している。


 作り物かもしれない映像が。

 作り物などではないと。


 琴誇には、確信できてしまった。


 ただ、家が崩れる映像なら、別の家を壊せば良い。


 車を潰すだけなら、同じ形の。


 乗る琴誇は、合成で。


 だが、コレだけは、作ることができないモノが、ハッキリと映し出されている。


 姉が、直前まで見ていた姿で、ガレキに駆け寄る姿。


 演技なんてデキる人じゃない。

 姉を見続けたからこそ。

 深く知っているからこそ。


 持ち上がるわけがない、コンクリートの塊に手を入れ。

 手を汚し、傷つけ。

 それでも、諦めない姉は、肩で息をしながら、両手を赤く染めていく。


 身の回りに、あれだけ気を使っていた姉が。

 汚れ・傷つくことすら気にかけない、必死な姿。


 突き出た鉄骨で、服が破れ。

 鋭利なベニヤが、スカートを裂き。

 キレイに、そろえられていた、茶色のロングヘアーが。

 砕けたコンクリートの粉で汚れ。

 まとまりがなくなっていき、ボサボサに、なっていく映像。


 見たことがない、姉の乱れかた。

 錯乱する姿から、琴誇は目を、はなす事ができない。


「やめてくれ…」


 もれてしまった、つぶやきが。

 見ている映像を、変えることも、止まることもない。


 記憶から、スッポリと抜けている。

 バックアクセルを踏んでしまったアトの、後日談。


 覆い隠さない、あるがまま、を、見せつける。


 琴誇は、奥歯をかみ締め。


 何度も「やめろ」と、となえ続けた心に。

 答えるように姉は、映像の中で、動きを止めた。


 安堵のため息で、クリアになった思考は。

 姉が動きを止めた理由を、はじき出す。


 ひらめきのように、確信をなでた、答えは。


 安心した琴誇の顔を、青く染めるには十分だった。


 答え合わせなど、必要ない。


 スグに、再生されるだろう展開が、分かってしまっているのに。


 目は、逃げようとはしてくれず。


 姉が必死に、自ら、堀当ててしまった光景に、固まっていく姿は、生々しく。


 ずっと固定されていたカメラは、姉の肩越しに、すり寄っていき。


 ソコには、割れたフロントガラスの向こう側で、目をつぶる琴誇の姿が見え。


 その、ありさまは。

 一目見れば。

 誰もが、とても生きているわけがない。

 即死と、断言できる。


 まだ、作り物だと、思おうとしている心に。

 避けようのない、一撃が振り落とされた。


「あ…。ああぁぁああ」


 画像ならば、いくらでも作れる。

 役者も、本人を連れてくれば、何とかなる。


 だが、こんなに悲しい叫びが、大根役者に、できるわけがない。


 こんなにも、感情に響く声を、姿を。


 言葉ではない、声ですらない叫びを。

 マジマジと、見せつけることが、できるわけがない。


 賢い姉は、叫びながら、髪に血がつくことも忘れ。

 そのまま、ガレキから転がり落ちた。


 落ちた拍子に、転げ落ちたスマホを拾い上げ。

 一心不乱に、画面上の数字を押そうとするが。

 液晶に、ついた血が、まともな操作を困難にさせる。


 ただ、泣き崩れ。

 琴誇の涙で、ゆがんだ画面は、暗転した。


 体中から、力と毒気を抜かれた琴誇は。

 再度、浮かび上がる映像に、足の力さえ失う。


 自分の遺影を見せられれば。

 写った葬式には、棺おけも、遺体も存在せず。

 寂しく、白い瓶が中央に置かれ。

 その背後で、写真で琴誇が笑っている。


 両親の泣く姿。


 職場仲間、友人。

 がむしゃらに、お金を稼ぐために、関わってきた全ての人々が。


 家族葬と、用意された小さなホールに、ところ狭しと、行き交う。


 そんな人混みの、端のハジで。


 真顔だけを貼り付けた、姉の顔が写され、画面は制止した。


 画面に「こうして、あなたは死にました」と、文字がうかび。


 カラカラと、耳をなでる音だけを残し。

 プロジェクター幕は、上がる。


 再度、ライトアップされた教壇に手をつき。

 真顔をかえす、自称神様は。


「これで、分かったでしょ? あなたは、死にました」



 放心したままの、本人をおいて。

 話は、勝手に、進み。


「これから、どうなるんですか?

 僕、成仏できなかったんですか?」


「えっと、成仏できなかった訳じゃ、ないんだお?」


「じゃあ、なんで!」


「かわいそうだから」


「え、えっと…」


「いやぁ~。暇で、たまたま、ソッチの世界を見てたらさぁ~。

 君の大惨事、見ちゃってさぁ~。

 何かの縁だと思って、ゴットパワーでね?

 君のプライベート、個人情報、全部、見せてもらったらさぁ~。

 もう、かわいそうで、かわいそうで」


「僕は、かわいそうだから、こんなところに、呼ばれたんですか?」


「うん、そうなるね」


「えっと、どうなるんですか?」


「生き返ります」


 頭がついてこない琴誇は、ずいぶんと長い間を開け、口を開いた。


「……。マジで?」


「マジで!」


 カラカラと、自称神は。

 表れた黒板を、手のひらで叩きつけ。

 ココからが本題だと、チョークを、黒板に突きつける。


「琴誇君には、僕の世界で生き返ってもらって、タクシーをやってもらいます」


 わざわざ、黒板に文字を書くのは、恐らくやりたいだけだろう。


「なんで、アナタの世界で生きなきゃいけないの? 帰してよ」


「残念ですが、管轄が違うので無理です」


「なんで、急に役所みたいになったの?」


「だから、君には、俺の世界で、転生してもらうぜ!」


「アナタ、役立たずですね」


「ムカつくなぁ~。

 弱りきってるクセに、突っかかるんだもんなぁ~。

 「アナタ」って言われるのは、もっと、ムカつくんよなぁ~。

 俺には、後藤 博文(ごとう ひろぶみ)って言う名前があるから。

 博文ちゃんと、呼びなさい。まずは、ソコからだな」


「後藤……。博文?」


「そうだ。それが、俺の名前だ」


「男の名前なんですが?」


「当たり前じゃん。元、男だもん」


「……。マジで!?」


「マジだから! 俺も、琴誇君と、同じ世界にいたから!

 ちなみに、当時の写真ね」


 中年、バーコード、メガネ、デブ、チビ。


 おおよそ、中年オヤジの悪いところを寄せ集めた人物が。

 一人カラオケで、ノリノリに歌っている姿が、写されていた。


「この恥ずかしい自撮りをした、この人、誰ですか」


「俺だけども」


「聞き方が、悪かったです。

 この、絵にかいたような、童貞中年オヤジは、誰ですか?」


「分からないフリして、ディスったよねぇ?」


「え、同一人物なんですか!?」

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